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山谷さんはモンスター  作者: 浦島草(池田不眠不)
第一章・境界特区の魔物達
3/3

黒き胎盤

学園を舞台にした恋愛ものなので、入学式を開いて新キャラをぶわーって出します

まだ頭のネジ外れてない

「えっなによあれ」

「おいおいすげーのが出てきたぞ」

「特殊メイクでしょ」

「演劇部のドッキリとかじゃね?」

「まばたきリアルすぎんだろ」


 教室内がザワついていた。

 新東京境界特区しんとうきょうきょうかいとっく・第二前線基地付属高等学校。入学式を終えた通常クラスの生徒達が、教壇の上で自らの名前を背に立つ人物を、まるで珍獣を見るかのような目で見ている。

 これから高校生活を始めようという十五歳前後の少年少女達の目線の先には、彼等と同じ規定の男子用制服を着た人間が立っていた。


「人間じゃねーじゃん」


 誰からともなくそんな言葉が漏れる。黒板には『河上三郎太かわかみさぶろうた』と書かれているが、日本人男子である事が容易に伺える名前と、それを書いた人物の印象が一致しないのだ。

 そこに立っていたのは、首から上がドラゴンの男子高校生だった。


「え〜、諸君。こちらはクソ教員会議で『こいつが体育館にいたらオリエンテーションが頭に入らないだろう』って話になったせいで、何も悪くないのに一人だけ式への出席が認められなかった不遇のクラスメイトだ」


 では河上、自己紹介。

 などと、口の悪い投げやりな態度の担任に促され、特撮の怪人みたいな外見の男子……背格好と名前と制服が男子なので、きっと男子に違いあるまい。ドラゴン頭の男子生徒は、困ったように担任とクラスメイトを交互に見遣る。全員の視線が釘付けになり、しんとクラスが静まり返る中、河上三郎太は緊張した面持ちで口を開いた。


「ァー……」

「すっげ、喋った!!」「口でけえ!」「牙こわっ!」「ひえっ」「やべーよ……」「えっマジなんこれ?」


 何事かを喋ろうとした怪人の出鼻を、にわかに湧き上がったクラスメイト達の声が挫く。ただ母音を発声するだけでこんなにも教室を沸騰させる新入生がいるとは、新手のなろう系主人公だろうか。

 三郎太は開きかけた口を閉じて、助けを求めるように担任に視線を投げる。担任はそれを受けて鷹揚に頷くと、地の底から響くような静かな声で、一言だけ告げた。


「次に遮った者を一ヶ月間の停学処分とする」


 餌を求めるツバメのヒナの如く騒いでいた少年少女達が一瞬で静まった。突然始まった恐怖政治の中、担任はとてもいい顔で生徒達に微笑んだ。


「自己紹介っつってんだろう。な? はしゃぐのは聞き終わってからにしろよチルドレン」


 何を隠そうこの担任、学年主任なのである。知らないのは入学式に参加させてもらえなかった三郎太だけだった。

 羊飼いが獰猛な狼である以上、賢明な新入生達は、自らの好奇心よりも己が明日のディナーに並べられることのない良き羊であることを選ばざるを得ないのだ。


「悪いな河上、続けてくれ」


 担任の言葉に背中を押され、皆と同じように震え上がっていたドラゴン頭の男子生徒がハッと我に返った。


「ァ、アー……の、えと、河上三郎太ぁ、っす。あの、なんていうか、こんな見た目っすけど、雑食です。サバ味噌とか、きんぴらごぼうなんか結構好きで。あとは、火ぃ吹けるとか、そういうのも特になくて、まあ普通っす。……じゃあその、よろしくって事で。あっ先生、終わりです」

「おっそうか、じゃあそこ空いてるから座って」

「っす」

(((((えぇ〜〜……?)))))


 無難すぎて高校デビュー失敗のお手本のような自己紹介だった。しかし、内容の薄さがかえって見た目のインパクトを助長していた。


「んじゃ、順番に名前呼ぶから、前に出て自己紹介していってもらいます。如月ぃ〜」

「あっはい……」

(えっ続行? 質問タイムとか無し?)

(担任怖くて何も言えねえ)

(ていうか、あ行の苗字いねーのかこのクラス)

(ドラゴン、あのインパクトで出席番号一番かよ……)

(まさか担任、ドラゴン頭は特別枠だからじゃなくて出席番号一番だから最初に紹介させたのか?)


 戦々恐々とする空気の中、粛々と自己紹介は進んでいく。


「しゅ、出席番号二番、如月玄常きさらぎげんじょう……。以後お見知りおきを願います」


 ドラゴンヘッド河上の存在感に気圧されたのか、二番の男子はちらちらと河上の方を気にしながら、まばらな拍手に隠れるようにそそくさと席に戻った。

 ほぼ全員が三郎太の事で頭がいっぱいになっていたので、見た目が人間である他の生徒の自己紹介など耳に入るわけがない。残りは全て消化試合のようなものであった……かのように思われた。


「って、なんか今の人しれっと帯刀してたんですけど!?」


 ドラゴンヘッド河上の衝撃に紛れても見逃すには大きすぎる違和感に、一人の男子が元気よく机から立ち上がって叫んだ。


「え、ちょ、それまさかモノホンじゃないよね? 説明は!? なに『自分は一般高校生です〜』みたいな顔で河上にビビってんの!? お前もわりとそっち側だよ!?」


 人外のクリーチャーが出現したことに比べれば些細な事ではある。

 しかし河上を除いた全員が人間の見た目をしており、武器の類いも所持していない中で、まさかの出席番号二番の男が帯刀である。出席番号十番の男、田村はクラスメイト達の心情を代表したと言っていいだろう。

 この学校は決して妖怪退治屋を育成するようなトンチキ高校ではない。ましてやカリキュラムに戦闘訓練だの軍事演習だのといった、学園バトルもののライトノベルのような要素が組み込まれているわけでもないし、治外法権で帯刀が認められる学校というわけでもないのだ。

 そこんとこどうなの? という視線が如月に突き刺さる中、帯刀している以外は特段目立った特長のない少年は、苦笑いをしながら抜刀した。


「これ、竹光です……」

「なんだぁ竹光かぁ……抜くところが見えないくらい早かったんだけど!? 安心できる要素がプラマイゼロで元通りだよお前! むしろお前自身の異常性が際立ったよ!!」

「いやぁ、そんな見えないくらいだなんて、俺なんてまだまだ……」

「褒めてないんだよぉ! 凄いけどね!?」


 急に漫才を始めた非日常とは無縁の一般高校生代表、田村蓮十郎たむられんじゅうろう

 少々やかましいが、通常クラスの生徒達はむしろそのツッコミ気質が頼もしかった。彼のツッコミがある限り、これ以上おかしな奴が出てきてもこっち側は自分だけじゃないと安心できるのである。

 いいぞ田村、みんなの平穏な高校生活はお前のツッコミにかかっていると言っても過言じゃない。


「元気いいなぁ田村、順番飛ばして次お前が行っとくか」

「滅相もございません!」


 内申点が削れる音でも聞こえたのだろうか、担任の一言で田村は素早く着席し、玄常も竹光を納めた。


「次、熊谷」

「はっ、はい! 出席番号三番、熊谷猟子くまがやりょうこです。えっと、特技は射的です。あっ、これはちゃんとおもちゃです。三年間よろしくお願いします」


 努めてさりげなく自然に自己紹介を済ませた三番の女が席に戻るのを確認してから、田村は叫んだ。


「なんで学校におもちゃのライフル持ってきてんの!!!!!!?」


 よせ田村、この調子だと喉が枯れるぞ。通常クラスの生徒達の心が一つになった瞬間だった。


「あの、弾も入ってないし、私、これ持ってないと不安定で。学校側の許可も出たので……」

「じゃあ仕方ないかぁ……おかしいよこの学校!! どいつもこいつも狂ってやがる!」


 そばかすの似合う三つ編みの可憐な少女、熊谷猟子はテンションの高い田村に若干引きつつ、玩具というには妙にリアルなライフルを抱きしめるように抱え込んだ。

 田村は自分の頭を抱え込んだ。


(えっ、なに? 学校に玩具の武器持ってきてるクラスメイトが二人もいるんだけど……こわ…………)


 二十一番の女、山谷風雅はまるでこの事態に動揺していないかのような無表情の裏で、至極真っ当な感想を頭に浮かべていた。

 彼女はこの二週間後より三年間、実銃を隠し持った状態で学校生活を送る事になるのだが、本人はまだ知る由もない。


「次、駒」

「どっ、どうも。出席番号四番、駒小夜子こまさよこです。陸上やってます、よろしくですっ!」


 四番の駒小夜子には、短髪なのにやたら長い前髪と入学式の時点からジャージである事以外は、特に目立った異常性はない。緊張しているのか、田村に怯えているのか、手短に自己紹介を済ませると若干ぎくしゃくした足取りで席に戻るジャージ女子、小夜子。

 教室の視線が田村に集中する。判定やいかに。


「…………」

「ん、なんか言わんのか田村」


 担任は個々人の自己紹介を中断しない分には構わないという方針らしい。

 水を向けられた田村は両肘を机の上に置いて手を重ね合わせると、腕で作った人の字の鋭角の下でニヤリと笑った。


「先生、ジャージ短髪メカクレは正義の象徴なんです。それにツッコミを入れるってのはね……野暮のすることなんですよ」

「気持ち悪いなお前」


 前髪の長いジャージ女子がストライクゾーンど真ん中のツッコミ男、田村蓮十郎。クラスの全員がこいつの自己紹介は飛ばしても構わないと思った瞬間だった。

 その後に特筆すべき変わったイベントはなかった。精々が、女顔で制服が女子の自称男子が彼女持ちを公言し、その彼女と名指しされたピアス女が急に怪談めいた都市伝説を語り始め、右足が義足の自称「若様のメイド」&左腕が義手の自称「お嬢様の執事」の双子兄妹がお互いを自分の主人だと言って主張を譲らず、あわや取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになった程度である。

 幾らかの異常事態はあったものの、田村センサーに引っかかるようなアクの濃い生徒は両手の指で数え切れる程度に収まっている。クラス人数は二十一人なので、つまりはほぼ半数が変人という事になる。

 ドラゴン頭の男を越えるインパクトなど、見た目が人間である以上そうそう出せるものではないが、非常に個性豊かな面々の揃ったクラスだと言わざるを得ない。残すところあと一人となった時点で、喉が枯れた田村は机に突っ伏していた。


「じゃあ最後、山谷。長引いてっから巻きで頼む」

「はい」


 担任の投げやりな声に応えて、最後のクラスメイトが教壇の前に立つ。

 女子だ、という以外は何の印象も抱かない声。挙動にも服装にも何ら異常性は見当たらず、外見も只人。

 にも関わらず、その容姿は人目を集めるのに十分過ぎた。


「出席番号二十一番、山谷風雅やまたにふうが。これから三年間、よろしくお願いします」


 透明な、青い視線が教室を横切って宙に溶ける。白磁を思わせる細い手足はどこか現実感が無く、お辞儀と共に色素の薄い金髪がさらりと揺れる。

 絵画から出てきたかのような美少女は、来た時のようにすたすたと黒板の前から去ると、静かに着席した。彼女が担任に呼ばれて席を立ち、そして戻るまでの間、誰も何も言わなかった。

 椅子の音と共に、時が動き出したかのようににわかに教室が呼吸を取り戻す。


「やべえ、やべえしか言えねえ」

「すっげぇ正統派……」

「ラストでお人形さんみたいなの出てきた」

「妖精さんじゃね?」

「エルフって言われたら信じるわ」

「お近づきになりてえけど河上がこええ」

「それな」


 自分達の濃さを棚上げにしてモブごっこに勤しむ男子共のヒソヒソ声をよそに、当の山谷風雅は波の立たない水面のような無表情。その微動だにしない顔の裏で、思考を明後日の方向に向けていた。


(ひええ、緊張したぁ。クラスメイトめっちゃ濃いし、私かなり没個性な筈なのに、なんで注目度高め? ……いやいや、大丈夫、みんな濃いから溶け込める、大丈夫。ていうか前の席が河上くんだよ? そっち見てればいいじゃん!)


 人間は見た目で判断する生き物だ、山谷風雅には自分の容姿というものに自覚がある。気のない異性からの視線には慣れているが、慣れる事と不愉快さとは別の問題だ。

 小学生の頃から、可愛い、綺麗、お人形さんみたい。耳にタコができるほど聞いたし、それに慣れている自分も、ときどき優越感を感じそうになる自分も好きじゃない。

 そんなものに慣れて、そんなものを誇れてしまう人間にはなりたくないのだ。容姿くらいしか取り柄のない、空っぽな人間には。

 ドラゴン頭、結構じゃないか。河上三郎太の存在は都合が良い。丁度クラスの注目を一身に浴びる大木が目の前に生えているのだ、自分は木陰に隠れるように静かに過ごせそうではないか。

 この頃の風雅は、三郎太の事をそんな風に、その程度に考えていた。その程度にしか、考えていなかった。


「(当たり障りのない程度に)よろしくね、河上くん」

「うぇっ? あ、え、うん……。よろしく、山谷」


 こうして新東京境界特区・第二前線基地付属高等学校、二十一人の通常クラス新入生達の自己紹介はつつがなく進んでいった。


 河上三郎太と山谷風雅、二人はただの同級生だ。今は、まだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「よっす、山谷……風雅ちゃんだっけ。なあ、その髪って地毛?」


 最初のホームルームが終わった直後の休み時間、クラスメイトに囲まれて質問攻めに会う三郎太を他所に真っ直ぐ風雅の元へと歩いてきた人物は、開口一番にそう言った。


「そうだけど」

「ひゃあぱねえわ。つーか目ぇマジで青いね、めちゃ綺麗くない?」

「目のことなら、日隈さんも青だけど」

「あっちは自分でカラコンっつってたじゃん、黒髪だし。てかすげえのな、近くで見るとお人形さんみたいってよく言われん?」


 人の容姿をよくもこうずけずけと。小柄な風雅からすれば見上げるほどの身長がどこか威圧的で、仲良くなれないタイプだと風雅は思った。

 出席番号六番、蛇ヶ崎寧々子(じゃがさきねねこ)はパーソナルスペースが狭い人種らしい。風雅の隣に椅子を持ってきて、我が物顔で距離を詰めてきた。

 彼女は艶のある長い黒髪をピアスをした方の耳に引っかけていて、瞳は光を反射していないかのような底なしの黒。制服の上からうっすらと見えている腹部の刺青は本物なのだろうか?

 というか今、自分は絡まれているのだろうか。このどう見てもカタギではなさそうな女生徒に。


(えっなに、なんだこの人。みんな河上君に興味津々なのに、ガン無視で私に向かってきたように見えたけど!?)


 恐る恐るではあるが、風雅は率直に尋ねる事にした。


「あの、どうして、私?」

「あ、その前に風雅ちゃんって呼ぶけど良い?」


 良いわけないだろう距離感バグってんのか、ヤンキーの星に帰れヤンキー星人。という腹の内をおくびにも出さず、風雅はよそ行きの顔で対応する。


「良いけど……」

「自己紹介んトキ、三郎太になんか話しかけてたじゃん。オレぁあいつにビビらず話しかける人類とか初めて見たワケよ、そんなん気になんでしょ」


 しかも一人称がオレの女なんだよなぁ。若干引きつつ、風雅は何となく事情が見えてきた。


「蛇ヶ崎さんは」

「寧々子でいーよ」

(喋りかけたところで遮らないでよ、初対面の相手をそんな距離感で呼べないよ、目が笑ってないんだよ、なんなんだよ怖いよ!?)


 胃が重たい。風雅は諸々を飲み込んで、決してこの女とは相容れない事を確信しながら再び口を開く。


「蛇ヶ崎さんは、河上君とは前からの知り合いなのかな」

「そそ、自己紹介では省いたけどおな中よ。オレと三郎太ともう一人な、後で紹介すっけど」


 しなくていいし、なんなら今すぐに会話を打ち切って金輪際関わり合いになりたくないぐらいだったが、風雅は黙して続きを促した。


「風雅ちゃんさぁ」


 寧々子は手の甲を壁にして口に衝立を立てながら、風雅の方に身を寄せてきた。

 風雅はその芝居がかった仕草に少しドキッとした。ふざけた口調に相応しくふざけた態度だったが、彼女がやると不思議と絵になるのだ。

 艶めかしく、気づかぬうちに足元に絡みついているかのような色香。これからどんな毒を風雅の耳に流し込もうというのか。蛇ヶ崎寧々子は見た目以上に危ない女だと、脳裏で警鐘が鳴り響いた。

 ……のだが、直後の言葉で風雅の警戒心は全て疑問符に変わった。


「自覚ないだろうけど、あんがとな」


 何を言われたのか、風雅はよく分からなかった。

 感謝? 蛇ヶ崎さんが、初対面の自分に? 率直に言って意味が分からないが、寧々子が何について礼を言っているのか説明をしてくれる気配は微塵も無かった。

 風雅の面食らった顔というのは、他人から見れば僅かに目が見開かれたかも知れないという程度のものでしかない。わけが分からないと顔に書いても誰も読み取れないのなら、疑問を口に出す必要がある。


「ええと、何が?」

「何がってそりゃ、さっきの事以外何があんだよ」


 どうしよう、情報が増えない。とりあえず風雅は調子を合わせる事にした。


「ああ、さっきの事」

「風雅ちゃんに話しかけられてさ、三郎太のやつめっちゃうろたえてたっしょ。あれのおかげよ、いまこうなってんのは」


 なるほど、また河上三郎太だ。どうやらこれが最初から寧々子の本題であったらしい。

 寧々子が顎で示す先には、クラスメイトに囲まれ、鱗を触らせてくれとせがまれて困惑しているドラゴン頭の少年の姿があった。容姿を度外視すれば、まるで転校初日に質問攻めに合う普通の高校生男子だ。


(あ、そういう事?)


 何となく、風雅の中で点と点が線になった。この怪談ピアス女とドラゴン頭の少年は、単に中学が同じというわけではないのだ。でなければ、三郎太なんて呼び方はしない。


「あいつすげー普通の奴なの、もうギャグだろってくらい。でも見た目あんなんだからよく誤解されんのな。風雅ちゃんみたく、初見でも自然体で接してくれんのはもう奇跡なんよ」


 相変わらず目が笑っていないけれど、内緒話をするような仕草で人差し指を唇の端に添える寧々子の声は、仄かに暖かかった。


「だから、あんがとね」


 風雅はそう囁かれて、こそばゆく思うと同時に、自分を恥じた。

 河上三郎太は中学時代まで、その容姿について「普通の人間達」から、無遠慮で心の無い関心を向けられてきたのだろう。

 姿形というものは、人と少し違うだけでどれほど注目を浴びるものなのか。風雅はそれを、身をもって知っている。ましてや三郎太の顔は、人間とあまりにもかけ離れすぎている。彼の人となりを知らない距離の人間からすれば、彼は人間社会に紛れ込んだ異形の怪物そのものだ。

 ならば彼の外野ではなく、隣にいたような人間は。蛇ヶ崎寧々子はそれをどう思うだろうか。


(何が大木だ、木陰だ、ピアス女だ。自分が容姿のことをとやかく言われたくないのに、自分こそ人の外面しか見ようとしてないじゃないか)


 きっと彼女は、風雅が三郎太に話しかけなければ、自分が誤解を解いて回るために立ち回る算段でいたのだろう。

 だが風雅の取るに足らない一言で、その予定がめでたくおじゃんになった。

 嬉しい誤算というやつだ。思いがけず暇になってしまったので、寧々子は風雅の隣に来ているのだ。


「友達思いなんだね、蛇ヶ崎さん」

「っあーうぁー、背中かっゆ。寧々子でいーっての! もしくは『さん』抜き!」


 居心地悪そうに視線を外す寧々子の耳は薄く桃色に染まっている。あまりにも第一印象と噛み合わないので、風雅は少し面食らった。

 ふざけた態度で馴れ馴れしい、いけ好かないオレ女だ。でも、友達がクラスに馴染むきっかけを作ったからと、それだけの理由で、わざわざこうして椅子まで持ってきて感謝を伝えに来る。

 彼女は、そんな人間だった。だからふと、風雅は一つ気がかりを思い出したのだ。


「自己紹介……」

「あん?」

「自己紹介のときのあれも、河上君のため?」


 寧々子はそれを聞くとぱちくりとまばたきをして、あーとかうーとかいった声を漏らしながら、ばつの悪そうな顔をして頭の裏を掻き始めた。


「まあ、そーだよ」


 何かと濃いニキ高一年通常クラスの面々でも、三郎太に引けを取らない個性の持ち主は少なくない。寧々子も当然その一人で、風雅にとっての彼女の第一印象は『怪談ピアス女』だ。

 彼女は自己紹介の際、特技を披露すると宣って教壇に乗り、奇妙な話を始めたのである。


『とりあえず確認なんだけど、この中にSNS使ってないやつって居たら手ェ上げてくんない?

 んー、居ない!

 まぁそーな、現代人にゃ必須のツールよな。

 で、心当たりあるやつもいるたあ思うんだが、そこで人の噂を書き込んだ呟いたってな事、ままあると思う。

 あぃや、いい! 降ろせ! そこは手ェ上げなくていーの!

 ここまでぁ枕なんで。眉唾ものの都市伝説なんだが……ま、聞いておくんなまし。


 今日話すのは電々蟲(でんでんむし)ってやつのお話。

 いやいや、カタツムリじゃあない。漢字がな、電気の電に、虫が三つの蟲なんだわ。

 見た目はむしろトンボの羽が生えたムカデって感じで、このっくらいの小ちゃいやつ。もう新種の蚊かなってくらいよ。

 こいつがどこで見つかったかというと、なんと死体の耳から出てきたんだと。うへぇ〜、気持ちわりぃ!

 検死のトキに出てきたやつを検死官がこう、ピンセットでもってシャーレん中に入れるわけだ。したら、ふっ……と。プラスチックの蓋をユーレイみたいにすり抜けて、どっか行っちゃった。影も形もない。


 一度なら疲れ目、幻覚、白昼夢……かも知れねえよな。でもこういうことが度々あったんで、警察ん中ではその虫はちょっと話題になった。

 なんせその虫、決まって不審死でしか出てこない。

 ホトケさんに性別年齢職業の区別はほぼ無く、共通点はその虫が耳ん中にいて、脳みそが穴だらけになってるって事と、死亡推定時刻にスマホやPCを見てたっぽいって事ぐらいだ。


 つーことは、通信機器が怪しいんじゃねえのって話が出るわな?

 これが大正解よ。

 分解したら出るわ出るわ、黒いツブツブみてーのが液晶の裏にびっしり。生物学の研究所に持っていって見てもらうこと数ヶ月、今度はそこの職員からホトケが出ちまった。今までのと同じ状況での不審死だ。

 ただ、おかげでこの虫の正体が分かって来た。死んだ職員は同僚の話だと、しょっちゅうSNSに仕事の愚痴を流してたんだと。死体の第一発見者がその同僚で、事情聴取ん時に自分が疑われたくないってんで、包み隠さず喋ってくれた。

 なんでも、ホトケさんの持ってたスマホが自分の悪口をSNSに書き込む画面だったのを見たけど、そんな事で殺しなんかやらねえぞってな。それでこの虫をずっと追ってた担当の刑事がピーンと来た。

 刑事が今まで虫の出たホトケさんのSNSアカウントを洗い直せっつってサイバー犯罪対策課に駆け込む。すると案の定、面白い共通点が出てきた。


 みんな推定死亡時刻にSNSに書き込みをしてて、誹謗中傷・炎上加担・有名人へのアンチ発言・悪質なクレーム・晒し行為……まー、なんてーの? お行儀のよろしくない情報を発信してたわけだ。

 電々蟲の名前がついたのはこんときよ。こいつは液晶の裏に卵を産んで、人間の「悪意」を栄養にして孵化すると、丁度そこにいたエサを食い殺す。毒を食らわば皿までってわけだ。

 と、あくまで仮説、推論よ? 実証しようにも、じゃどうやんだよ、生きた人間食わせんのかって話になんだろ?

 対策を練ろうにも、殉職者が出ちまった以上迂闊な実験はできねえ。「実証はできねーけど多分虫に脳みそ食われるからみんなSNS止めましょう」なんて言って、誰が信じるよ?

 困った困った、どうしよう。なんつってる間に、研究所で保管した卵はどっかにスルリと消えちまったんだと。


 孵化したやつが壁をすり抜けたのか、それとも誰かが持ち去ったのかは分からずじまい。不審死の話もパタリと止んだ。


 それっきりよ。どこぞのネット掲示板で読んだんだが、オチのないまま終わっててな。オレもその先の話は知らねんだわ。


 ところで、最近になって毎日ニュースでSNSが心の健康に悪いだの、誹謗中傷は止めましょうだの、自殺者がどうのって聞くようになったけどよ。

 なーんか今更だと思わねえか? 陰口叩いちゃいけませんだなんて小学生の道徳で習うだろが、なあ?


 ホントにそれだけが理由かね?』


 フッ、と。

 蝋燭を吹き消すジェスチャーで自己紹介を終わらせた寧々子の姿を、風雅は思い出していた。回想終わり。


「河上君の事をSNSで知ってるって人が出てこないのは、ああやって寧々子……さん、が遠回しに脅かして回ってたから?」


 呼び方を迷う風雅の様子に苦笑しながら、寧々子は左耳のピアスを弄んでいた。


「脅かすってほどじゃねーだろ? あんなもん、ただの子供だましだろうがよ。ま、オレも三郎太の顔をネットで見たことねーし、意外と効果はあったって事じゃねーの? 知らんけど」


 どうしてそんな遠回しな方法を取っているのかは、甚だ疑問ではある。けれどそんな事より、わざとぶっきらぼうに言う怪談ピアス女がなんだか可愛くて、風雅は三郎太が羨ましくなった。

 羨ましい、という感情を他人に向けられる事の理不尽さを風雅は知っている。きっと三郎太は知らないだろう。

 羨ましがられる事に辟易とした風雅に、同情してくれる人間は居ない。その一方で、好奇の目線に晒され、気味悪がられてきた三郎太には明確な味方が居るのだ。


「愛されキャラなんだね、河上君」

「お前、真顔ですげー恥ずかしいコト言うのな」


 寧々子は風雅が漏らした棘に気づいた様子もなく、呆れたような顔をしていた。その余裕綽々とした顔を歪めてみたくなって、風雅は小首を傾げてとぼけるように言った。


「愛してるんじゃないの?」

「ばっ、お前真顔ですげー恥ずかしいコト言うのな!?」


 バカと言いかけるほど分かりやすく狼狽える寧々子は、明らかにすぐそこでクラスメイトに囲まれる三郎太を意識していた。

 このネタで三年間弄り倒せるなと思いながら、風雅は訳知り顔を作ってみせる。もっとも、寧々子から見たそれは、先ほどまでと寸分違わぬ無表情なのだが。


「内緒にしておくね」

「バカアホ、ちげーよそんなんじゃねーよ、マジお前、オレがアレにホの字って体で進めんなってマジで」


 嘘だあ。とは思ったが、風雅はその辺の事情は本当にどうでも良いので、幼馴染片想い尊いですご馳走様です、と手を合わせて拝むに留める事にした。


「助走つきのグーで風雅ちゃんをぶん殴る、今すぐに」


 コキリ。と寧々子の右手がアイアンクローの形で音を立て、ゆっくりと握られる。それはそれは、輝かしい満面の笑顔だった。


「寧々子さんと河上君はただの友達です」

「よろしい」


 おのれ暴君寧々子、風雅は圧政に屈した。しかし、本当にただの友達ということは無いだろう、と思った風雅の脳裏にひとつの疑念が生じる。喉に小骨が引っかかったような、何かを見逃しているような……。


『出席番号五番、猿楽さるがくあやめです。男ですけど、女子制服を着せてもらってます。寧々子とは付き合ってますので、手を出したら敵と見なしますね』


 そう、いたのだ。こんな自己紹介をした奴が。


(そうだ、忘れかけてた。五番の王子様系女子! ……王子様の前に「喋らなければ」がつくけど)


 間伸びした口調で物騒な事を口走ったのは、サイドテールを肩に乗せた、優しげな眼差しの女子だった。女子にしか見えなかった。絶対女子だった。女子に違いない。

 自己紹介のときに自分で「男です」とか言ってたけど、脱いだら多分細めの男子なんだろうなって体型に見えなくもなかったけど。あんなにスカートが似合う男子というのがこの世にいて良いのだろうか? きっと自分を男子と思い込んでいる女子なのだ。

 というのが風雅の認識である。ツッコミの田村も『なんで女子制服なのかとか、本当に男子なのかとか、自己紹介まだの人と付き合ってるって言われてもわかんねーよとかあるけど、まずはツッコミどころをひとつに絞れよぉ!!』と言っていた。

 それほどの濃さでありながら、風雅が猿楽あやめの存在を今の今まで忘れていたのは何故か。


「? おーい、どったん風雅ちゃん。風雅ちゃーん?」


 どう考えても、目の前で手をひらひらさせているピアス女が原因だった。

 出席番号六番と五番。蛇ヶ崎寧々子は猿楽あやめに「彼女です手出しは許さん」と紹介された直後の順番で自己紹介を始めたというのに、教室の「マジでカップルなんかお前ら」という視線を完全スルーして怪談を始めたので、諸々の疑念は有耶無耶にされたのだ。このクラスではキャラの濃さを競う大会でもやっているのだろうか?


「おい無視すんなや」

「むぎゅ」


 思考が明後日の方向に向いていた風雅の頬を、寧々子の細長い指がガッシと鷲掴みにした。あまりにも無造作で、避ける暇もなかった。

 というか他人の顔に触れることにここまで躊躇のない人間は初めてだ、やはり仲良くなれないタイプであると風雅は確信した。


「無視は良くねえなあ風雅ちゃんなあ、人が話しかけてんだろうがなあ? ……え、つーか、すっげーすべすべなんだけど、なんかコツとかあんの?」

「ほめぅ、ほろほろはまひへ(ごめん、そろそろ離して)」

「あ、わりー。つい」

「ふう……ごめん、寧々子さん。考えごとしてた」

「おう、それで?」


 いちいち男前な相槌を打ちながら、寧々子は自分に関係のある事だろうと察した顔で、続きを促す。頬をさすりながら、風雅は目の前の人物に聞くべきか聞かざるべきかを少し迷って、結局聞くことにした。

 寧々子さんと猿楽さん、二人はどういう関係なのか、もしかして河上君を挟んで三角関係なのか。その場合は川上君が百合に挟まる男(しぬさだめ)なのか、猿楽さんが相手にされてない哀しい自称男子なのか。

 などと、そこまで下世話になる気もないが、とりあえず当たり障りのない程度に、オブラートに包んで聞いてみることにした。


「猿楽さん、寧々子さんとはどういう関係なのかなって、気になったの」

「ああ、オレの彼氏な」

「???」

「いや、解せぬって顔? されても……彼氏だよ彼氏」

「猿楽さんは穏やか王子様系の女子だよね?」

「いや男だよ、何だよ穏やか王子様系って。自己紹介んときに男だって言ってたろうがよ」

「そんな馬鹿な……」

「風雅ちゃんて、もしかして残念美人なん?」


 風雅が直面した現実との折り合いに苦しむ姿を横目に、寧々子は教室の窓際に佇む人物にちょいちょいと手招きをする。

 穏やかな笑みを浮かべてゆったりと歩いてきたのは、件の猿楽あやめだった。


「やあ寧々子。女の子に浮気だなんて、随分と大胆な宗旨替えだね」


 やっぱり王子様系女子じゃん、そう思わずにはいられない艶やかなアルトで紡がれるコテコテの王子様ボイスは、どこか舞台役者を思わせる。

 出席番号五番、柔和な笑みを浮かべる猿楽あやめは、やはりどう見ても女子としか思えなかった。


「さぶいぼの出そうな演技してんじゃねーよ気持ち悪りい、蹴るぞ」

「あいたぁー」


 柔和な笑みが若干渋顔になる。向こう脛を強く蹴られた王子様は寧々子キックの射程外へジリジリと退避しつつ、風雅を流し見た。


「僕の話をしてたみたいだから、お呼びかと思ってね。寧々子の彼氏の猿楽あやめです。よろしく、山谷さん」

「あ、うん。こちらこそよろしく、猿楽さん」


 王子様スマイルに物怖じする風雅に、寧々子が呆れたような声を挟み込む。


「あやめでいーっての、もしくは「さん」抜き」

「寧々子、それ僕の台詞。山谷さん、寧々子は態度はこんなだから誤解されやすいけど、意外と誠実な子だから安心して欲しい」

「おい今『意外と』を強調したよなあ、脛にもう一発いっとくか?」

「やれやれ、そういうとこだよ」


 この二人本当に付き合ってるんだろうか。その良くも悪くも遠慮のないやりとりは付き合いの深さを伺えるが、なんというか、恋人という温度感には見えない。けれど……


「じゃあはい寧々子、今度は僕の株を上げる番」

「こいつは顔が良いだけのムッツリスケベ野郎だ、信用すんなよ」

「ひどくない?」


 羨ましいと思った。そういう間柄の友人というものが居ない風雅には、寧々子とあやめの関係性が、少し眩しい。


「……私のことも、風雅でいいよ」


 長年の付き合いを思わせる間髪のなさだったので、風雅は思わず笑みがこぼれた。どうやらあやめがボケで寧々子がツッコミというわけではないらしい。

 三郎太と中学が同じだというもう一人が誰なのか、もう聞くまでもない。この二人は風雅の知らない沢山の時間を共有していて、これからもきっと、二人でいる事が自然なのだ。そんな気さえした。

 ふと見ると、その二人が揃って目を丸くしていた。


「へえ……」

「わあ、笑うとますます可愛いね」


 待って、人の顔で勝手に感動しないで欲しい。不意打ちだったので、風雅はひどく顔が熱くなるのを感じて、顔を逸らした。そんな褒められ方をするのは慣れていない。

 慣れていないのだ。


「あ、ごめん、なんか見惚れちゃって。寧々子が声を掛けるのも頷けるよ」

「バカヤロ、オレを面食いみてーに言うんじゃねーよ、蹴るぞ」

「おっと危ない」


 二度目のキックを避けられた寧々子は舌打ちをすると、風雅を流し見てニヤリと笑った。


「笑顔がイイってのはオレも同意だけどな。風雅ちゃんもっと笑っとけよ、勿体ねーぞ」

「その、ありがと。でも、私さ、あんまり顔に出ないんだ。下手で」


 まだ顔が熱い。風雅は自分の舌がうまく回っている自信が無かった。

 いつからこうなってしまったのかは思い出せないので、多分生まれつきなのだろう。感情を表に出すというのがどうにも苦手だった。だから今、自然に笑えた事が純粋に嬉しかったけど、あまりに急だったので。


「……私、笑えてた?」


 そう、口に出してしまった。


(うわああああああ何言ってるんだ私はああああああああ!!)


 風雅はどこか深い穴にでも入りたかったが、この学校はそもそも地下施設なので最初から穴には入っている。いやそういう問題ではなくて、側から見れば変な人である、というか普通に痛い発言すぎる。さすがの二人組もドン引きしたに違いない。

 気まずい思いで頭が一杯になった風雅は、どうにか話題を逸らそうとした。『ごめん、なんでもない、今のなしで』そう言おうとした言葉は、実際「ご」から先が声にならなかった。寧々子に背中を叩かれたからだ。


「ご……っほ、ぇほっ!?」

「ははははは、おもしれーな風雅ちゃん!」

「ちょ、やめ、痛い」

「寧々子、加減」

「あ、わり……大丈夫か?」

「う、うん」


 一息をついて呼吸を整え、改めて風雅は二人を見た。寧々子は力強く不敵に、あやめは優しげにニッコリと笑った。


「笑いの沸点が高えってか、上等だっての」

「僕達がそれを引き出せたって事なら、光栄だね」


 だから、そんな事は気にしなくていいのだと。


「オレとあやめの漫才なんかでいいってんなら、これからいくらでも笑わせてやるよ。三年間よろしくやってこうや、風雅ちゃん」

「ニキ高にクラス替えは無いんだよね。嫌でも腐れ縁になるのだから、どうせなら良い関係でいようよ、ね?」


 勝手に決められてしまいそうだが、どうやら寧々子とあやめは、風雅にとって高校生活最初の友達という事になるらしい。


「えっと、あやめ……さん。ニキ高って?」

「気にするとこそこかよ。まあ、オレも気になるけど」

「確か、新東京境界特区・第二前線基地付属高等学校だったよね、ここ。長いから地元の子はニキ高って呼ぶらしいよ」

「ふぅん」


 仲良くなれるだろうか? 風雅は二人組のどちらにも、別世界の住人のような近寄りがたさを感じている。寧々子もあやめも、まだ馴れ馴れしい他人でしかない。

 けれど、そう遠くないうちに、この距離感に慣れてしまう予感もしていた。


「あやめよお、それどこで聞いた?」

「君達が話してる間、熊谷さんに教えてもらったんだ。このクラスは女の子がみんな可愛くて、気持ちが華やぐね」

「いいか風雅ちゃん、こいつとは二人きりになるなよ」

「分かった、気をつける」

「ひどくない?」


 なんだろう、楽しい。学校なんてやり過ごすだけの場所だと、風雅はそう思っていた。家族以外の人間の前で笑えたのは、何年ぶりだろうか。これからの三年間、この二人と一緒ならいくらでも笑わせてもらえそうだ。そうなったら良いなと、風雅は思った。


「あっ、そうだ、山谷さん」

「ついでって言っちゃ何だけどよ」


 そう、思ったのだが。




「「三郎太とも、仲良くしてやって欲しい」」




 一瞬、風雅には目の前の二人組が別の人間に見えた。

 重なった二人の声はあまりにも静かで、どこか昏く、深い奈落の底から響いている。


「普通の男の子なんだよ、すごく」

「オレらなんかと比べもんになんねーくらい誤解されっけどな」

「怖くないんだよ、見た目だけさ」

「むしろアイツの方がビビりだしな」


 一段下がった声のトーンは軽い言葉の体裁すら保てていない。何か得体の知れない重さを孕んだ二人の視線が、風雅を射抜く。

 期待とも諦めとも取れるが、その両方を上回る、祈りとしか形容のできない不気味な視線だった。有無を言わせぬ重圧を込めておきながら沈黙による返答が許されない。ならば、その祈りは呪いと何が違うのだろうか。

 知らず、風雅は唾を飲んでいた。河上三郎太、あのドラゴン頭の男子と、この二人は、中学が同じ。

 同じ中学を出た、友達……なのだろうか?


「……え、と、うん」


 どうにかこわばった喉を動かして、風雅は弱々しく肯定の意志を示した。

 数秒間、痛みを感じるような沈黙が三人の間に流れる。すると、寧々子が急にハッとしたような顔をして、あやめの顔を見て、あやめが同じ顔で寧々子を見返して、二人揃って風雅を見たと思ったら、今度は二人して気まずそうにお互いの顔を見た。

 それから二人組は、何故だか「やってしまった」という感じで、深いため息をついた。


「あーわり、風雅ちゃん……やっぱ今の、聞かなかった事にしてくれや」

「うん、なんか……ごめんね、山谷さん。僕も寧々子も、三郎太の事になると冷静さを欠くというか」

「あ、えっと。別に私は、いいけど」


 本人の意思は? という基本的なところを押さえていないのは、おかしくないか。そう口にしていいものなのか、風雅は分からなかった。

 でも、分かることもある。この二人と友達になるのならば、今感じた気持ちの悪さは許容ができない。


「本当なら僕達が口を出す事ではないのかも知れない。山谷さんが、自分の目で判断するべき事だよね」

「んにゃ、オレはハッキリ言っとくぞ。例えば遊びに行くとき『三郎太抜きで』って言うような奴だったら誘えねえんだわ。風雅ちゃん、あいつをどう思うよ」


 いや、違う、そうじゃない。そういう事じゃない。風雅はやはり、言う事にした。


「寧々子さん、あやめさん。ちょっとだけ黙って、聞いて」


 神妙な顔をして二人は黙った。二人の顔は見定める裁判官のようでもあり、沙汰を待つ罪人のようでもある。今その顔を見ていると、風雅はなんだか無性に腹が立ってくるのだ。


「あやめさんが言った通りだと思う。そういうのを決めるのは二人じゃなくて、私と河上君だよね。二人は河上君の何なの?」


 口にしてみれば、馬鹿みたいな確認だった。お互い入学したての高校生だというのに、何をやっているんだろう。


「……んなもん。ダチだよ、中坊ん時からの」

「僕達にとって、一番大事な、ね」

「だったら、そんなに深刻そうにしないで良くない?」


 単純な話である。自慢の友達なら、さっきお互いを紹介したみたいにすれば良いのだ。

 二人が三郎太の事をどれだけ大事に思っているのかを風雅は知らない。だが、『仲良くしてやって欲しい』と口にする二人の様子はまるで、風雅の事も、三郎太の事も信じていないみたいだ。それが少し、いや、すごく。


「不愉快だよ。そんな紹介のされ方したら」


 声は静かであり、鉄のように冷ややかだった。三郎太のあの外見を気味が悪いと言って避ける人間がいたのだろう、心無い言葉をぶつける人間もいたのだろう。そしてきっと、あやめと寧々子には味方が少なかったか、全く居なかったのだろう。


(それって、私を、値踏みしてるってことじゃん)


 仕方がないのかもしれない。この二人にとって、周りの人間は全て三郎太の敵か味方でしかなかった。その程度を計り知る事は出来ずとも、想像くらいは出来る。だとしても、風雅にとってそんな事は知った事ではないのだ。


「友達を紹介したいなら、そんな風に敵か味方か選べっていう態度で、関係を押し付けてこないで」


 本当に馬鹿みたいだ。小学生を相手に説教をしているみたいで、情けなくて腹が立つ。山谷風雅は人を軽蔑するのが嫌いだ。だから友達になりたいと思った二人を、軽蔑したくなかった。

 あやめは眉根を寄せて俯き、寧々子は一息だけ呆然としたあと、言葉を探すように口を曖昧に動かして、意を決した風雅を見た。

 

「……マジすまん、無礼たマネしてたわ」

「叱られちゃったね」


 両の手を合わせる寧々子と、ばつが悪そうに苦笑するあやめ。

 風雅はその先を促した。頼まれなくたって、誰と仲良くするかは私が見て私が決める。特別扱いなどしてやるものか。


「紹介してもらっていい?」

「おうよ」

「もちろんさ」


 二人組は胸を張って、風雅の前の席にいる男子生徒に目線を送る。


「改めて紹介するよ、彼は河上三郎太」

「オレとあやめの自慢のダチだ」


 そこには、クラスメイト達の視線を一身に受けながら机の裏にしゃがみ込んで、こちらを伺う、ドラゴン頭の男がいた。ガタイの良い彼の身体を隠すには学習机は小さすぎて、隠れ蓑の用途を成していない。

 出席番号一番、河上三郎太は涙目だった。彼を囲んでいたクラスメイト達から生暖かい視線と「ほれ、お呼びだぞ河上くん」「出ておいでー」と野次が飛ぶ中、三郎太のやけくそみたいな叫び声が教室に響き渡った。


「お、お、お前らなあ!! そんな壮大に前振りされると超絶出にくいんだが!!!!?」


 クラスメイトの数人から、堪えきれなくなったというような笑い声が上がる。すぐ後ろの席で交わされる剣呑な雰囲気の会話を無視するには、ドラゴン頭の男子生徒という隠れ蓑は少々大きさが足りなかったというわけだ。


「あー……わりい三郎太、つい」

「あはは、さっきから教室が静かだと思ったら」

「じゃあ改めて、山谷風雅です。よろしくね、河上君」

「そんなあっさり……!? え、っと。河上、三郎太っす。よろしく、山谷」


 「なんかお見合いみたいでウケるね」「呼び捨てかよ河上ー」「さんをつけねえのかよデコ助ー」「山谷さーん、俺ともよろしくしてー」「私も私も」とクラスメイトから野次が飛ぶ。「な、なんだよ、いいだろ別にー」と言い返す三郎太は、すっかりいじられキャラとして確たるポジションを獲得しつつあった。


(なんだ、随分と馴染んでるじゃん)


 というのが、風雅の浮かべた感想だった。

 何故かどさくさに紛れて話しかけてきたクラスメイトを適当に受け流ししつつ、風雅は横目で教室を見渡した。遠巻きに三郎太を異物を見る目で見たり、昏い表情でひそひそ話をしているような人間はこのクラスには一人もいない。寧々子とあやめの警戒心をあざ笑うかのように、教室の空気には刺々しさが感じられなかった。

 寧々子の言うように、本当に風雅との会話とも言えない短いやりとりが、クラスメイト達の三郎太への隔意を取り払ったとでもいうのだろうか?

 ドラゴン頭の少年は今、ツノだか触手だか分からない頭部の器官を触りたがる数名の女子から必死で逃げ回っている。その姿はまるで、遊園地のマスコットのようだ。


「……きっと、私が話しかけなくてもこうなってたよ」

「山谷さん、それ本気で言ってる?」

「謙虚かよ」

「そんなんじゃないよ。私の、ただの感想」


(……いや、願望かな)


 寧々子とあやめの見せた危うさや、三郎太の親しみやすさを見て、山谷風雅は願わずには居られないのだ。

 これから三年間、学び舎を同じくする同年代の人間達。このクラスメイト達が、平気な顔で偏見と差別を振りかざす類の人間ではありませんように。

 こうして、新東京境界特区・第二前線基地付属高等学校の通常クラスは和気藹々とした空気と共に、初日を終えたのである。

 そう、表向きは。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ーーさて、何匹生まれるかね」


 放課後、人気のないビルとビルの隙間。

 日光の届かない空間の中で、少女の腹部を毒々しく彩る刺青から、黒い液状の何かが滲み出ようとしていた。

 不定形の影はやがて形を得て、五つの実体を持つ小さな怪物へと変わる。

 寧々子の身体にその刺青が浮かんだのは、中学生の時だった。恐怖を媒介にして怪物を創り出すそれを、寧々子は『黒き胎盤』と名付けている。


 羽音はしない。

 浮かぶそれは、足も羽も飾りに等しい。

 その命すら仮初めのもので、厳密には生物とさえ言えない。

 実体までもが不確かだ。

 だがそれは確かに、五匹の羽虫だった。


 細長いシルエットの体躯には無数の足、蜻蛉のような羽を優雅に揺らして、蟲達は路地裏の暗がりを回遊していた。

 電々蟲だ。

 地下の教室で寧々子が即興で語っていた、怪談めいた都市伝説の主役。人の悪意、それを産む脳髄さえ餌にする、貪欲で穢らわしい蛇蝎磨羯だかつまかつ

 あり得ない存在であり、空想上の怪物だ。事実としてこの蟲共は今日という日まで、世界に存在してなどいなかった。


「五人ビビっちゃったか。あらあらまぁまぁ、な〜んて感受性豊かですこと! それとも何かな、心当たりがありやがったってところかなァ?」


 皮肉と嘲笑を隠そうともしない寧々子の声が、暗がりに溶ける。寧々子は電々蟲の誕生を祝福するように、芝居がかった仕草で両手を持ち上げながら、つかつかと蟲が作る輪の中心に歩いて来た。

 生まれたばかりの怪物達はカチカチと牙を鳴らして、生みの親を迎え入れる。返事は舌打ちだった。


「キモいからやめろや蟲共。潰すぞ」


 有言実行とばかり、一匹の電々蟲が長い脚に捉えられ、叩きつけられる不快な水音と共にビルの壁の染みになった。

 空手の有段者と見紛う見事な回し蹴り。艶やかな黒髪が波打ち、耳のピアスが暗がりの中で毒々しい光を放つ。

 女王然というよりは暴君という表現の相応しい振る舞いをする、寧々子の黒く底の見えない瞳は、闇の中では爛々と輝いているようだった。


「餌は?」


 短い問いに、四匹に減ってしまった電々蟲達は黙したままで路地裏を泳ぎ続ける。それを答えと受け取ったのか、寧々子は鼻を鳴らして悪態をつく。


「んだよ語り損かよ、クソつまんねえ」

「良いことじゃないか、被害者ゼロ。つまり、クラスに僕達の敵は居ないという事なんだろう?」


 悪態をつく寧々子の背中に、舞台役者を思わせる艶やかなアルトが楽観的な台詞を投げかける。

 もしもの話、クラスの誰かが悪意を持って河上三郎太の存在をSNSなどに書き込もうとしたらどうだろう。

 作り話が、現実のものとなる。

 路地裏を回遊する電々蟲達は、特有の嗅覚としか形容のできない知覚でもって、悪意を発信する人間を嗅ぎつける。そして獲物の発する悪性情報と共に、脳髄を貪らんとこの場から泳ぎ去るはずだ。

 だが、そうはなっていない。これは寧々子達にとって最良の結果と言えた。


「今のところは、だけどね」


 暗がりの中、壁に背中を預けた人物。猿楽あやめの言葉に対して、寧々子は振り返るそぶりもない。


「知るかよ、それより『被害者』ってのはどこのどいつだよ。電々蟲に食われるってのは、自業自得の結果がちょいと早まるだけ、だろ?」


 情けは人の為ならず。この言葉は、善行は巡り巡って己に利益をもたらすのだという道理を説いたものである。

 寧々子が言っているのはその逆だ、悪口は己の為ならず。内に秘めるならばまだしも、わざわざ発信すれば巡り巡って己に返るのは必然なのだと。

 寧々子達なりの「警告」を聞いた上でそれを無視する者がいたとすれば、我慢のきかない己自身の悪意がどんな厄災を招くのか思い知って然るべきだ。


「別に寧々子を非難してるわけじゃないさ、言葉の綾だよ」


 あやめは暗がりの中で肩をすくめた。それは恋人の機嫌を取るというよりは、元より他人の生き死になどはどうでもいいという彼自身の姿勢だ。よしんば寧々子が人を殺したとしても、足がつかないと判断すれば、あやめは目を瞑り口を噤むだろう。

 ただし、寧々子自身に危険がある場合は話が別だ。彼が守りたいものに累が及ぶとなっては、猿楽あやめは無関心ではいられない。


「ところで寧々子。それ、本当に人間の脳を食べるのかい?」


 一段階冷たくなったアルトの響きに、寧々子は思わず振り返る。壁に寄りかかったあやめの視線を向こうに、寧々子は底の見えない黒い瞳を、露骨にそらした。


「……あー、ンン。それな、どうだろうな、予想より完成度高めに出来ちゃったっぽいし。生態も多分……まんまじゃね? 透過能力はほら、あんま描写しなかったからかな、微妙だけどよ」


 四匹の電々蟲は寧々子の蹴りを透過できずに壁の染みと化した兄弟に対し、何ら反応を示すこともなくその場を回遊している。生物として破綻しているようにも見えるその様子は、まるで再生されるだけの立体映像のようだ。


「寧々子さあ」

「……んだよ」

「話、盛ったよね?」


 やべ、怒ってる。暗がりの中であやめが半目になったのが寧々子には分かった。


「うっせえなあ、いいか? オレはただ恐怖に形を与えるだけなの。そいつの業の深さまで制御できねえの。こいつらに食われて誰かが死んだら、そいつがそれだけ救いようが無かったって事だろ? 自業自得だろうが! 知ったこっちゃねえよ!」

「設定は『心的外傷』程度にとどめておこうって、入学式前に話し合ったよね」


 ばつが悪そうに冷や汗混じりで捲し立てた寧々子だったが、あやめの一言でんグッと詰まったような音を出して口を閉じる。


「……まあ、あったな。そんな事」

「君と僕で話し合ったんだよね?」

「あーはいはい、ごめんなさい! オレが悪うございました!」


 観念したような不貞腐れたような様子の寧々子に、あやめは静かに歩み寄った。


「あんな話をした後で不審死なんか起きたら、僕達の関連性を疑われても仕方がないだろう? 大ごとにしたら君の身まで危険になる。僕はそんなのは嫌だよ」


 遊びのない言葉に、寧々子は一言もない。中学生の頃からそうだった、あやめは本当に大切な者は、決して甘やかさないのだ。


「……わーってるよ」

「電々蟲は没だ、良いよね?」

「折角完成度高いのに……」

「良いよね?」

「へーへー、潰しますよっと」


 一、二、三。寧々子のすらりと長い脚がリズミカルに壁の染みを増やしていく。だがここにきて危機感らしきものが芽生えたのか、最後の電々蟲がハッとしたように地中に潜ろうとする。


「やべ」


 マズイ、間に合わない。ここでうっかり放流しようものならあやめの懸念通りの事が起きかねない。

 焦る寧々子の目線の先、コンクリートに向かって垂直に泳ぐ電々蟲。チョキン。すんでの所でその頭部が、鋭利な刃物に切り落とされる。


「あっぶね、サンキュな」

「このくらいはね」


 蹴りの体勢から足を引き戻した寧々子の目に映るのは、何の変哲もないハサミだった。あやめはただしゃがんでハサミを取り出し、開き、閉じただけ。

 異様だったのは、電々蟲があやめを避けるそぶりを全く見せなかったこと。この場に傍観者がいれば、電々蟲がハサミに向かって泳いだようにも見えただろう。

 立ち上がった少年はいつの間に着けたのか、仮面を被っていた。大理石のような白い石質の表面、オペラにでも出てきそうな彫りの深い顔立ちの仮面は、彼が外した途端、空気に溶けるように消えてしまった。


「さ、帰ろう寧々子」

「あいよ。あー、勿体ねーことしたなー」

「味方になってくれそうな子がいただけでも収穫さ、そうだろ?」

「風雅ちゃんはあれ、敵にも味方にもならねえってタイプじゃね?」

「そうかなあ」

「てか、二人の時に他の女の話ってお前よぉ」

「え、嫉妬? 嬉しいんだけど痛ったぃん」

「調子のんじゃねえよ、尻を蹴るぞ、尻を」

「足を踏んでから言うんだもんなあ……」


 何事もなかったかのように談笑しながら、少年少女はその場を後にする。二人とも、それ以上は風雅の話をしなかった。言うまでもなく、二人のしていることは誰にも、彼女にも話せない。あの透き通った瞳を、二人は最初から欺いている。

 頭部が切り離された電々蟲の死体は、既に黒い液体となってコンクリートに染みを作っている。小学生が墨汁でもこぼしたかとしか思われまい、壁の染み共々、雨でも降れば流れて消えてしまうだろう。

 余程気に入っていたのか未練たらたらの寧々子に呆れながら、あやめはあるアイデアが浮かび、人差し指を立てる。


「そうだ。あの話、文字に起こしてネットに流せばいいんじゃない? 内容を記憶喪失くらいに抑えてさ」

「あー、陳腐になるから無理。語ると書くとじゃ技術がちげーんだわ」


 あとな、と寧々子は語る。淡々と、なんでもない事のように。


「上手く広まったら広まったで、それも困んだよ。話に尾ひれがついて制御できねーバケモンが生まれたら、それこそ死人が出るんじゃね?」

「前の時みたいに?」

「そーだよ」


 あやめも、なんでもない事のように話した。人が死ぬ話を、なんでもない事のように話している。

 異常だと思う。こうなった事に後悔はない。けれど、だからこそ、あいつにはこうなって欲しくない。

 寧々子とあやめの脳裏にいるのは、常に一人の少年だ。


「寧々子の口から制御なんて単語が出てくる日が来るとはね」

「おーよ、成長期だからな」

「お母さんになるのって大変だね」

「次そのテの冗談抜かしたら処刑な?」

「えっ何されるの怖い。ごめん」


 聞けば寧々子自身、比較的実害の起きない内容の怪談で何度か『実験』をした事があるそうだ。それでも彼女の『黒き胎盤』に関しては、未知数の部分が多いらしい。

 あやめの知る限り、寧々子が人を殺せるほど危険な怪物を生み出したのは今回で二度目だ。あやめは、それを軽率だと叱りはしても、間違いだと否定はしなかった。

 一度目を実行するように寧々子の背を押したのは、他ならぬあやめ自身だ。


「……三年間、何事もなく過ごせたら良いね」

「そーだな」


 二人の共犯者が通学路を行く。

 祈るだけで叶う願いなど、この世界にありはしない。だから少年少女は、できる限りの事をするのだ。

 誰に邪魔をされる事もなく、大切な友達が当たり前の高校生活を過ごせますように。

「黒き胎盤」

カテゴリー・ガラテア6号

適合者・蛇ヶ崎寧々子

形状・腹部の刺青


異能:協力者の抱く「恐怖」に形を与え、使役する。

前提:発動するためには、適合者が協力者と面識を持ち、協力者の抱く恐怖の像をイメージする必要がある。イメージが正確であればあるほど、成功確率と完成度が上がる。

広大:条件さえ揃えれば物理的な距離の制限は無いに等しい。協力者の想像力を使うため燃費も良く、少なくとも50人以上は同時に補足できる。

怪談:発動条件を満たすために寧々子が習得した技術。ほぼ確実に条件を満たせる上に、協力者に抱かせる「恐怖」を寧々子自身が作れる。

想像力を原動力とするのはガラテアの基本ルールであり、それを忠実に実行しているため応用力・戦闘力ともに作中随一。

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