冬眠
・・・ああ、ずいぶん暖かく、なってきた。
やけに眩しい季節になってきたなあ、おい!
やけに日光の熱が力強くなってきたなあ、おい!
ずいぶん土が匂うようになってきたじゃねえか。
かっさかさに渇ききってた土に、生命力が満ちてきたじゃねえか。
・・・春、到来ってね。
思えば今年の冬は寒かった。
いやいや、今年の冬も、寒かった
毎年毎年、寒いもんは寒いんだ。
庭に霜が降りた日が多かろうが少なかろうが、寒いもんは寒い。
池の氷が凍った日があろうがなかろうが、寒いもんは寒い。
玄関先に雪ダルマが作られようが作られまいが、寒いもんは寒い。
ま、今年も無事に春を迎えることができただけ、御の字だな、うん。
・・・絶好の、新生活スタート日和だ。
ずいぶん引きこもり生活が長かったから…体の節々が、痛い。
ずいぶん引きこもり生活が長かったから…頭の中が、ぼんやりする。
陽気につられて、おかしな行動をしては・・・ならん!!!
いきなり道に飛び出しては、事故に遭おうて。
いきなり声を上げては、敵に見つかろうて。
そろり、そろり。
そろり、そろり。
一歩づつ、前に進んで。
そろり、そろり。
そろり、そろり。
日の射す、場所へ。
そろり、そろり。
そろり、そろり。
ぬくもりのあふれる、世界へ。
・・・あたたかさが、染みる。
俺は、自然の恩恵に…目を、細めた。
パク―――!!!
・・・ああ。
・・・おれは。
春を迎えることは、出来たが。
春を、謳歌することは・・・できない、みてえだ・・・。
…ああ、ずいぶん暖かく、なってきた。
やけに眩しい季節になってきた。
やけに日光の熱が力強くなって、きた。
…ずいぶん土が匂うようになった。
かさかさに渇ききっていた土に、生命力が満ちている、ようだ。
…春、到来、か。
…今年の冬は、寒かった。
今年の冬は、格別に…寒かった
毎年、暖かく、過ごしていた、はずなのに。
庭に霜が降りた日だって、暖かかった。
池の氷が凍った日がだって、暖かかった。
玄関先に雪ダルマを作って、汗だくになった日だって、あった。
だが、今年は。
…春を迎えることができただけ、御の字、か。
新生活を、始めなければ、…ならないんだ、そろそろ。
ずいぶん引きこもり生活が長かったから…体の節々が、痛い。
ずいぶん引きこもり生活が長かったから…頭の中が、ぼんやりする。
「やあやあ、こんにちは、すみませんねえ、お忙しいところ。」
「・・・いえ。」
いきなり鳴り響いたチャイムの音に、すくみ上った。
いきなりの訪問者に、止まっていた時が動き始めたのだ。
じろり、じろり。
訪問者の、目が。
「ずいぶん、荒れ果ててますなあ…。」
「庭の剪定、する人がいないんです。」
ぎろり、ぎろり。
訪問者の、目が。
「以前は、どなたかがやっていたんですか?」
「…ええ、父と、母が。」
ぎらり、ぎらり。
訪問者の、目が。
「お父さんとお母さんは、どちらに?」
「父は奥に…、母は庭に…、いますよ。」
…ああ、世界が。
「お邪魔しても、よろしいですね。」
…動き、始める。
庭にいる、母の元に向かうと。
干からびた池の横に、へびの姿を、見た。
土に汚れた蛙を、その顎で、しっかりと…食む、へび。
自分の頭と同じ大きさの蛙を、くわえこんでいる、へび。
…食われて、しまうのか、この、蛙は。
…食われて、お終いなのか、この、蛙は。
ただの自己満足だとは、わかって、いる。
ただのおせっかいな介入者だとは、わかっている。
だが、俺は…蛙を助けずには、居られなかった。
助けるものがいれば、この蛙は…食われて終わる事は、ないのだ。
助けるものがいれば、この蛙は…春を生きることが、出来るのだ。
助けるものがいれば、この蛙は…己の生きる意味を知る事ができるのかもしれないのだ。
へびの尻尾を摑んで、大きな岩の端に叩きつけた。
へびの口から、蛙が、飛び出した。
蛙は、そのままひょこひょこと、池の横の岩に身を隠した。
へびの口は開いたままだ。
へびの頭を、何度も何度も岩に叩きつける。
動かなくなったへびを、枯れ葉だらけの渇いた池に投げ込み、散水栓の蛇口をひねった。
あたりに、水の匂いが広がる。
池に、水がたまり始める。
へびの姿は、浮かび始めた枯れ葉の下に…消えてゆく。
枯れ葉が水を吸って、春の香りと混じり、穏やかな自然の空気を醸し出している。
この庭の土は、ずいぶん…穢れてしまった。
この家の中は、ずいぶん…穢れてしまった。
・・・ああ、周りがずいぶん、騒がしくなってきた。
・・・春の到来は、本当に、皆を、浮かれさせるものなのだな。
汚い土をほじくり返してみたり。
荒れ放題の部屋の中を観察してみたり。
俺を、拘束してみたり。
…庭の桜の、見事な満開の様は…俺の代わりに、蛙が見てくれるはずだ。
俺は大勢の浮かれたやつらに囲まれて…。
長い、旅に。
……出た。