第1章7話 「襲撃者」
――漆黒。
「妹よ、主様の計画を実行するのだ。主様の悲願が成就するその時まで」
「はい。兄様」
冷淡な二人の声色が、暗闇の部屋に木霊す。
日光を遮光カーテンが遮り、部屋は肉眼で物を認識できるかどうかわからないほどの暗黒。
「兄様」
「何だ?」
少女は部屋の電気を点ける。
部屋にいるのは、藍色の髪をした少年と少女。
「主様が合図を出しています」
「どれ、見せてみろ」
少女が手に持ったタブレットには、『主様』からのメールが。
『襲撃を始めろ』
そう書かれたメールを見て、少年はにやりと笑う。
「吹雪を向かわせろ。必ずや任務を遂行させるだろう」
「はい、兄様」
少女は片隅にひっそりと佇む、白い髪の少女に目配せする。
白髪の少女は一度会釈をし、部屋から出ていった。
「ああ、主様。見事に現状を楽しんでおられますようでなにより」
少女は愛おしげにつぶやいて、『主様』のことを思い浮かべていた。
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――その頃、紅達は。
「我慢しろよ。ここは元々一人用なんだからな」
「喧しいです。あなたの所為で一向に眠れません」
ソファに適当に布団を掛け、俺は凛音と一緒に寝ることに。
ああ、暑苦しい。
「ちょっと、暑苦しいから離れてくれないか?」
「無理です。それに、これ以上離れたらソファから落ちてしまいます。なので紅さんにしがみつくしかないんですよ!」
「いい加減力を入れないでくれ。お前、重いんだからそれ以上しがみつくな。背骨が折れる」
「重い!? 紅さん、言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」
俺は叫ぶ凛音の口を押える。
無理矢理口を閉じられた凛音は暴れる。
その瞬間、俺の太腿が蹴られた。
この野郎。ふざけんじゃねえ。
「あんまり暴れるなよ。ていうかそもそもお前は明理のところで寝てればよかったのに。何で俺のところで寝てるんだよ」
「あ、確かにそうですね。紅さんは大きいから明理さんとは一緒に寝られませんね。残念、残念」
クスクスと嗤う凛音。
何だとこのヤロー! そりゃ身長が百七十越えてて自分が大きいのはわかってるけども。
しょうがないだろ! 身長なんて変えようがないんだから!
「じゃ、私は明理さんのところに行ってきます」
「あ、ああ……」
啀み合いへと終止符が付き、俺はほっと安堵の息を漏らす。
凛音は俺を一度、流眄した後、そのまま明理のベッドに潜った。
「今日は結局犯人は来なかったと。もう俺も寝るか……」
俺は瞼を閉じて寝ようと……。
「な、なんだ!?」
だが、俺は一つの衝撃音で目を開ける。
硝子が割れた音がし、俺は急いで凛音と明理の元へと向かう。
大丈夫だ。二人共怪我はない。
「よかったって。胸を撫で下ろすのはまだ早いようだな」
窓を叩き割って入ってきた侵入者を俺は睇視する。
俺は溜め息を吐いて侵入者――白髪の少女と向かい合う。
白髪の少女。確か部活説明会で俺をずっと見ていた奴か。
「あのなぁ。お前は俺に何の恨みがあるんだよ。窓の修理代高いんだぞ。弁償してくれよな」
「五月蠅い」
少女はポケットから黒光りする物――、拳銃を取り出した。
少女は俺に拳銃を向ける。
俺は一度深く息を吐いた後、少女を嘲笑した。
「撃てるもんなら撃ってみろよ。このストーカー女め」
「う、うぅ……」
少女は渋々と銃を下ろし、憎たらし気に俺を睨む。
やはりだ。何か俺を殺せない理由でもあるのだろう。
だが少女は今度、凛音と明理にそれぞれ拳銃を向けた。
「紅様には銃を撃てない。ならば、この少女達を撃つまで……」
白い髪を焦燥感で囃し、少女は二人を撃とうと引き金に手を置く。
「させないぞ。俺は一応ながら、こいつらの親友だしな」
「なっ!?」
俺は無理矢理少女の手から拳銃を奪い取る。
そして俺は、拳銃を板チョコを折るかの様にして真っ二つにした。
「お前の外見上、俺から見たお前には猟奇的殺人は向いてない。つまり、紡戯と両親を殺した犯人ではない。ということだ」
俺は言い放つ。
少女は降参したかの様に両手を上げる。
「私はただ命令されてここに来ただけ。紅様の探している者ではない」
「そうか」
俺は瞬きした。
刹那、俺の胸に刃物を突き刺した少女が眼前に居た。
俺は血反吐を零し、痛みに悶える。
「何が……?」
俺は困惑する。
いつの間に目の前まで進んでいたんだ?
だが、思考回路が働くよりも先に、痛覚が動いた。
「痛い。心臓を刺されたか……」
俺は胸に刺さっているナイフを抜く。
俺は喘ぎ、痛みで悲鳴を上げながらも胸の傷に触れる。
熱い。熱い。熱い。
「じゃあ、今度は彼女らをナイフで切り裂いてやるわ」
「やめ、ろ……」
少女はもう一つナイフを取り出した。
そして明理の首筋に刃先を向ける。
「え? あわっ!」
白髪の少女は、突然起き上がった凛音に背中から床に叩きつけられた。
鈍い音を立て、少女は悲鳴を上げる。
そして、凛音はにっこりと笑って少女を一瞥する。
「私。武道を習っておりましたので」
そう言って凛音は少女を見下す。
そして俺も立ち上がって少女の胸倉を掴む。
目線が同じ高さまで上げると、俺はにやりと哄笑して言った。
「残念。俺がこれくらいで死ぬとでも?」
「どうして……心臓を貫いた筈じゃ……」
「何言ってんだ? 心臓のある位置もわからないのか? 右じゃなくて、左だよ! ひ! だ! り!」
俺は少女の馬鹿さに呆れる。
それに、この大量の血は血糊だ。ナイフは浅くしか刺さってない。
「馬鹿だな。もうちょっと知力を磨いてから実行に移した方がよかったものの。お前は俺にナイフが刺さったとでも思ったのだろ? とんだ間抜けだな。傀儡吹雪――!」
「どうして……? 刺さってない? え? どういうこと?」
吹雪は俺に涙目で問う。
俺は哄笑し、吹雪にだけ聞こえる大きさでこう言った。
「――俺はお前のことを全て知ってるんだよ。行動パターンも、考え方も。もしかして、知らないとでも思ったのか?」
「あ、ぁ……」
途端吹雪は脱力し、放心状態で俺を見る。
そして弱く微笑み、
「紅様。すみませんでした……」
「それでいい。俺はお前を許すぞ。とんだ善人だからな」
小さな会話を繰り広げ、俺は床に吹雪を優しく下ろす。
凛音に目配せし、俺は吹雪を見下ろす。
「じゃあ、今度はもっと的確に襲えよ。期待しているからな」
「は、はい……」
そう言い放ち、俺はソファへと戻った。
吹雪は窓から静かに去った。
吹雪の表情には、悔しさが混じっている。だが何故か嬉しさも紛れていた。
「犯人を特定するのは、難航しそうだな……」
俺は寝転がって、そう呟いた。
「――寝ようとしてる場合じゃないですよ! 私、紅さんが刺されたとか聞いて焦りましたよ! そもそも殺そうとしてきた少女を逃がすなんて、どういうことなんですか!」
俺が寝ようとしたら、こうだ。
「こら凛音。もうちょっと静かにし――しなくていいか」
明理は既に目を覚ましていた。
そして俺と明理の視線が交錯する。俺の視線に気が付いた途端、明理は微笑みを返してきた。
相変わらず天使みたいな微笑みだ。
「明理、起きていたなら教えてくれよ」
「今起きたから。教えるも何も必要ないんじゃない?」
まあ、多分、そうだよな……?
風呂上がりの時みたいに、ずっと前から起きてたみたいじゃないよな?
また俺がベッドに押し倒されるとか、そういう展開にはならないよな……?
「ふふ。取り敢えず皆さん無事でよかったです」
嬉しさ百パーセントで凛音は言う。
俺は軽傷を負ったから無事じゃないけどな。
それに、疲れた。
「眠いし、もう寝させてくれよ」
「何を言ってるんですか? もう夜明けですよ?」
「は?」
本当だった。
現在の時間帯、午前六時。
俺は瞠目して後悔する。
「もっと早くソファに転んでれば……」
俺は凛音とゲームの話をしたことを思い出す。
「大丈夫ですよ。私も寝ていませんし」
自信満々に俺を窘める凛音。
いや、全然大丈夫じゃないだろ。
学校でぶっ倒れても俺は知らないからな。
「はあ。最悪だよ……本当に」
俺は溜め息と共に愚痴を零した。
ここで一旦、名前が難しいキャラクターの読みを教えるよ!
【主人公】
・微睡紅
【ヒロイン】
・許宮明理
・虚偶凛音
【幼馴染】
・川波紡戯
【襲撃者】
・傀儡吹雪
【クラスメイト】
・鼓崇柚暉
・黒山鋳杜弥
・内田淳二
・霧宗柾納
・泉海菊
・玲瓏未來
以上。
次話からはまた新キャラクターも登場するよ!