第1章2話 「学級委員長と謎の手紙」
――もう黄昏時か。
誰も起こしてくれなかったのか?
俺は目を擦って欠伸をする。
そして前を向いた。
「やっと起きたのですか」
俺は教室に一人残った赤髪の美少女――虚偶凛音に尋ねられる。
彼女は鞄に荷物を仕舞い、帰宅する支度をしている様だ。
「お前は何でこんな遅くまで教室に残ってるんだ? 早く家に帰らなくていいのか?」
「学級委員の仕事があったので。それに、特別家に帰ってもすることがないんです」
俺の方を振り返らずに凛音は言う。
俺は席を立って、自分も帰宅する準備を始める。
すると支度を終えた凛音が近付いてきて、何故か俺を見ている。
「何だ?」
「早くしてください。今から一緒に帰るんですよ」
「え? お前と一緒にか?」
「そうです。あれ、何か変ですか?」
不思議そうに俺の顔を見つめる凛音。
俺は何故凛音と一緒に帰ることになったのかはわからないが、まあよしとするか。
次いで、俺も支度を終えて凛音と共に教室を出る。
そして凛音は鍵をポケットから取り出して、教室の鍵を閉める。
「職員室に鍵を返してこないといけないので、靴棚で待っていてください」
「靴棚か……わかった」
俺は一旦凛音と別れ、靴棚へと向かう。
靴棚へと着くと、自分の番号が書かれた靴箱の扉を開いた。
すると、中から一枚の手紙が落ちてきた。
俺は慌てて手紙を拾った。
もしかしてラブレターか?
と勘違いしそうになったが、右端に書かれた差出人の名前に俺は驚愕した。
『――川波紡戯を殺した者』
俺は急いで封を開け、中の文章を読む。
『怪、蠢愚な貴様の梨、生を喰らう。そして最終的には内臓を食い散らかし、糞尿を浴びさせて曝してやる。現。微睡に堕ち』
奇々怪々な謎の文章。
理解できない手紙を手に、俺は靴を取り出す。
「遅くなりました。ところでそれは何ですか?」
後ろから凛音の声。
俺は振り返り、手紙を読ませる。
「信じ難いが、俺の幼馴染を殺した奴からの手紙だ。今日、何が起こるかわからない」
「それは大変です。何か措置を取らなくては……」
「俺は大丈夫だ。凛音、お前をこの件に関与させたくはない。何か嫌な予感がするからな」
俺は手紙を鞄へと仕舞う。
そして凛音と共に歩き出す。
「あ、そうです。何かあったら私に連絡を下さい。連絡先教えますので」
「すまないな。お前に負担はかけたくないのに」
「いいえ、私は大丈夫ですよ。このくらい何の負荷にもなりません!」
微笑んでそう言う彼女の姿が、俺は途轍もなく輝いて見えた。
「はい、これです」
彼女の連絡先が書かれた紙を俺に渡し、彼女は前を行く。
そんな勇姿を、出来るなら俺も真似てみたいものだ。
そして校門を出て、バス停へ俺と凛音は向かう。
「じゃあ、私はこっちの方なので」
「そうなのか。じゃあな」
凛音に俺は手を振った。
凛音は後ろを振り返らなかったものの、俺はずっと見送っていた。
反対方向に進んでいった凛音の姿が見えなくなると、俺はバス停の正面を向いた。
一人バスを待つこと十分。
そして漸くバスが来た。
俺はそのバスに乗り、一番後ろの席へ座った。
窓の外を眺め、俺は家へ着くのを待つ。
「そうだ、凛音の連絡先を登録しておくか」
スマホを弄り、そして凛音が登録された。
「何だか新鮮だな」
そんな仄かな嬉しさとは真逆に、不安の方が勝る。
今日何が起こるかわからない恐怖に心が凌辱されている。
俺は窓の外を頬杖を付いて眺め続け、数分ほど経った後バスから降りた。
ゆっくりと自宅へ向かい、俺は薄暗い道を進む。
進んで進んで、何歩歩いたかわからないほど進み、俺は自宅へと到着した。
俺はインターホンを鳴らす。
今日は母さんが仕事が休みで家に居たはず……。
――応答がない。
おかしいな。
俺はドアノブを下に下げた。その途端、ドアが簡単に開いた。
「何で鍵がかかってないんだ……?」
開いたドアの奥に広がる無人、無音の玄関を前に、俺は固唾を呑む。
俺はゆっくりとした足取りでリビングへと向かう。
するとそこには――、
「何だよ、これ……」
リビングの壁中に塗りたくられた血。
俺は理解不能な惨状を前に嘔吐いた。
なんと、机の上に母さんの生首が乗っていた。
俺は更に嘔吐する。
母さんは惨殺されていた。
苛烈、惨烈、強烈な光景に俺は恐懼する。
まるで悪夢でも見ているかの様な恐怖感情に駆られ、俺はすぐさま父さんへ電話をかける。
――だが、電話に父さんは出ない。
俺はその場に膝を付き、呆然自失とする。
「そうだ、凛音に……」
俺は震える指で凛音に電話をかける。
すると、凛音はすぐに電話に出た。
『どうしたんですか?』
「母さんが……」
『な、何があったんですか!?』
「凛音、学校の校門前に来てくれ。俺もすぐに向かうから」
『わかりました。なるべく早く行きます』
「わかった。俺もそうする」
そして電話を切り、俺はバス停へと走った。
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「紅さんっ!」
校門前にいた凛音が走ってくる。
俺は恐怖で戸惑っていたが、凛音を見て少し安心した。
「警察には一応連絡しておきましたよ」
「あ、ありがとう」
あまり凛音には迷惑をかけたくなかったものの、警察を手配してもらってしまった。
俺は自分の無力さに呆れる。
「紅さんのお母様の方は、私が何とかしておきますので……もしよかったら、私の家で泊まって行ってください」
「いいのか? 迷惑ならやめておくが……」
「大丈夫ですよ。なにせ私は学級委員長なので紅さんを死なせるわけにはいきません!」
俺は暫し沈黙し――、
「わかった。お前に頼る」
凛音は少し走り、目の前に止まっている黒い車の方へと向かう。
濡れ羽色のフォルムを輝かせている車。屹度高級車だろうな。
「入ってください」
俺は凛音が車の席に座った後、次いで座った。
豪奢な車に乗せられ、普段の俺なら気を盛り上がらせているだろうが、到底そんな気分には今はなれない。
「少し先に私の邸宅があります。空き部屋なら幾らでもあるので大丈夫ですよ」
凛音はそう、俺を宥めるかの様に言った。
微笑んで俺を見つめる彼女を見て、俺の脳内に哀切が過った。
その原因は、彼女に気を遣わせてしまったことから生じた感傷によるものだった。
「着きましたよ」
ふと、凛音は言った。
俺は高級車のドアを開け、外へと出る。
俺の視界に映り込んだのは、途轍もなく優美な屋敷だった。
屋敷に目を奪われた俺は唖然と立ち尽くしている。
「紅さん、早く行きますよ」
「あ、悪い。つい屋敷に見惚れてた」
凛音の一言で目が覚めたかの様な錯覚に襲われた。
だが、眠気はまた舞い戻ってくる。
途端、俺は呼吸が苦しくなった。
立ち眩みがし、嘔吐感で思考が占領される。
その瞬間、俺の頭に鈍痛が走った。
段々と音が聞こえなくなって、代わりに耳鳴りだけが木霊す。暈されていく視界に、慌てふためく凛音が映った。
「――れないさん! だいじょ――か!? しっか――」
俺の視界に薄らと映る凛音が、倒れた俺に必死で何かを訴えていた。
――そのまま俺は気を失った。