第1章16話 「恐喝」
――烈徒の話を終えた紅は、放課後に天の元へと向かった。
廊下を通り過ぎる生徒たちは生徒たちは主に部活へと向かう生徒ばかりだ。
そして、俺は緋色の髪をした少女を見つけた。
少女の肩に触れ、俺は声をかけた。
「おい」
「ひゃっ」
蹶然とする天。
天は深呼吸をすると微笑んだ。
「紅さん、一緒に帰ろう」
「そうだな」
俺は天と共に歩く。
短くなった彼女の髪が、揺れる、踊る。
「天。お前は最近テレビに出ないのか?」
「いや、出てるよ。そうだな……毎週二、三回はテレビ番組に出演してるよ」
「そうなのか。知らなかったな。因みにその番組は何時にやってるんだ?」
「確か……水曜日の午後八時に始まるものもあれば、日曜日の午前十時から始まる者もあるし、他にも色々と……」
凄く忙しいだろうな。
大切な休日を俺なんかのために所要してくれて、感謝をしなければな。
その分、楽しませてやるか。
「今週は仕事が少ないから紅さんと一緒に居られるよ」
「じゃあ一緒に居ような」
「あひゃっ!」
赤面して顔を覆う天。
俺は何か変なことでも言ったのだろうか。
多分、遊園地に行くから緊張でもしているのだろうな。
俺だってジェットコースターというものは乗る時緊張するしな。
「い、一緒にいるの……?」
ぼそぼそと俺に呟く天。
俺はこくんと頷いた。
「朝昼晩と、一緒に居てやれるぞ。邪魔が入らなければな」
俺は杏子達を思い浮かべる。
邪魔しに割り込んできそうだな。
杏子と明理に関しては面倒くさい性格をしてるし。
絶対に邪魔をしてくるだろう。
「う、うん……ありがとう。紅さん」
まだ少し顔が赤いが、微笑みながら天は言う。
そして俺と天は階段を下りて、靴棚を出て、校門を潜り、バス停へと着いた。
すると、バス停で何やら女子生徒が三人の男に絡まれているのを発見した。
金髪の男は三人組で一人の女子生徒を恐喝していた。
それも公然の場で恐喝――あの三人組は馬鹿にもほどがあるぞ。
そして、空色の髪をした女子生徒は怯えていて、一歩後退りした。
俺はその光景を陰から眺めていた。
隣では天が不安そうに見つめている。
「天はここで待っていてくれ。俺が行ってくる」
「うん、わかった……怪我はしないでね」
「あんなチンピラに俺が怪我を負わされるとでも?」
俺はそう言い残して恐喝の場に向かった。
そして金髪の男の肩を掴んだ。
「よう」と、俺は適当に言い、男三人を睨む。
少女は俺にも怯えている様だ。
まあ、チンピラと知り合いの様な口ぶりで話しかけたしな。
「な、なんだよてめぇ!」
金髪の男が俺の手を引き剥がそうとした。
しかし、男がどんなに力を入れようが、俺の手は肩から離れなかった。
「すまんな。俺の力が少々強すぎたようだ」
俺はその途端、男の足を蹴った。
男は無様に転び、頭を強打する。
身動きを取る前に倒れた金髪の男は、硬いアスファルトに叩きつけられて身悶えする。
そして俺は、残り二人の男を睨め付けた。
殴りかかってきたモヒカンの男を一瞥すると、俺はその男の腹を殴打した。
モヒカンの男は血を吐いて倒れる。
次に、赤髪の男がナイフで切りかかってきた。
俺は寸鉄をひらりと躱し、男の真横に回ると男の腹を蹴り飛ばした。
男は軽々と飛んでいき、近くの電柱に当たり、気絶した。
涎を吐いて倒れた三人を見下し、その後俺は少女に声をかける。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……あの、助けてくれてありがとうございます……」
か細く呟く少女。
そして少女は微笑みを返した。
「あ、あの、私は柄沫碧五って言います」
「俺は微睡紅。お前、鴻鵠鴎鵝学院の生徒か?」
「はい、そうです。ええと……『1-C』にいます」
「そうか。因みにこのチンピラ達とはどんな関係だ?」
少女は男達を見て、
「知らない人です。急に『お金をよこせ』って言われて、私怖くてどうしたらいいのかわからなかったんです」
俺は気絶している三人のチンピラを見る。
大の大人が孅い少女を襲うとは。日本社会も廃れたものだな。
「ええと、ありがとうございます! じゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待ってくれないか」
俺は立ち去ろうとする碧五の腕を掴む。
驚いて後ろを振り返る碧五。
俺はポケットからスマホを取り出し、笑顔で、
「何かあった時のための、連絡交換。これが俺の電話番号だから、もしもの時はかけてきてくれ。以上」
「は、はい……」
そしてお互い交換し合うと、
「ええと、じゃあ、さようなら!」
と、丁寧に御辞儀して走り去る碧五。
――凛音みたいになれたかな?
その後、俺は手招きで天を呼んでバスに乗った。
「紅さんって、女の子と仲良くなるの早くないですか?」
「いや、俺は凛音の真似をしただけだぞ。別に仲は良くなってないが」
「いや、完全にあの子から紅さんが『信頼できるお兄さん』みたいに思われてるって!」
「そうなのか?」
俺は深々と考え込む。
俺の目からは、碧五はそんな風に見えなかったが、天の目からはそう見えたのだろう。
それに、
――碧五は、邐唖に似てたな。
―――――――――――――――――――――――――
――そうして時間は過ぎ、バスを降りた。
「そういえば、天ってこっちだっけ?」
「え、何言ってるの? 私は紅さんと同棲するって、言ってなかったっけ?」
「あ、え……」
俺は思わず言葉が詰まる。
天の家が俺の家と同じ方向にあるわけがない。
だから疑問だったのだが。
「荷物は引っ越し屋さんが紅さんの家に届けたんだと思うよ」
俺は目を見開く。
ああ、やばい。
杏子は怒ってないだろうか。
それとも、杏子とは話をつけたのだろうか?
わからない。
「それにしても、同棲するだなんて、いつ言ったんだ?」
俺は尋ねる。
すると、天はこう言った。
「――今日の朝」
ああ、駄目だ。
俺は記憶力がなかったようだな。
辛い。
――――――――――――――――――――――――――
――やっと家に着いた俺と天。
すると、玄関には不服そうに腕を組みながら、俺と天を一瞥する杏子の姿が。
「ちょっと、お兄ちゃん! 私の大事に取っておいたプリン食べたでしょ!」
「知らないし、後俺は今帰ってきたばかりだし」
俺は苦笑いし、リビングへと進む。
そもそも俺はプリンが苦手だ。
苦手な食べ物を、誰が好き好んで自ら食べるだろうか。
「俺はプリンが苦手だし……凛音か明理のどっちかが食べたんじゃないのか?」
「そうなんだ……お兄ちゃんはプリン食べてないんだね……」
何故か落ち込む杏子。
「お前、もしや俺がプリンを食べたことにひっそりと喜んでたんじゃないんだろうな」
「ち、違うよ……」
慌てて否定する杏子。
絶対に喜んでたな。
「ていうか、お兄ちゃんと天ちゃんって、この後遊園地に行くんでしょ?」
杏子は羨ましそうにしている。
「もう。お兄ちゃんったら私を連れて行ってくれないの! どうしてどうしてどうして……」
「五月蠅いから黙っててくれ」
しょぼん、と項垂れる杏子。
可哀想だから今度連れてってやるか。
「ん? 凛音からメールが来てる」
俺は凛音のメールを読む。
『ずるいですずるいです。二人で遊園地はずるいです。私も連れて行ってください』
はあ、お前もか。
俺は溜め息を吐いて携帯の画面を閉じる。
「で、天の荷物はどこにあるんだ?」
俺は杏子に尋ねた。
杏子は俺の部屋を指差す。
おい。
「じゃあ、箱を開けてくるぞ。確か、まだ俺の隣の部屋が空いてるから使っていいぞ」
「わかった。それに、荷物開封は私がやるからいいよ……」
何故か俺の協力を拒否する天。
「なんだ? 疚しいものでもあるのか?」
「ち、違うよ……」
一時間後。
俺の部屋の隣に、天の部屋が出来た。
ふむふむ、女子の部屋に入ったことはないが、屹度女子っぽい内装のことだろう。
「そういえば、今思ったんだけど、紅さんの家って広くないですか?」
「そうか? 俺的には狭いと思うのだが……」
俺は部屋中を見渡して言う。
確か家賃は三百五十万程度だっけ?
でも、周りのものと比べると遥かに高い値段だな。
コンビニに売られているおにぎりの値段と比べれば違いがわかる。
しかし、凛音の家ほど広くはないだろう。
というか、凛音は『家』じゃなくて『屋敷』だしな。
この家の家賃を払う金は、あと三年くらいで尽きる。
だから一応バイトをしている。
「よし、じゃあ遊園地へと出発しよう」
「うん。行こう!」
嬉笑する天と、部屋の隅で嫉視する杏子。
俺は苦笑しながら家を出た。




