第1章9話 「屹然」
――次の日。
「お兄ちゃんは好きな人とかいるの?」
バスに揺られながら杏子は俺に言う。
「いるわけないだろ」
「でも紡戯姉さんのことは好きだったでしょ?」
「そうだな。俺は好きだったな。葬式には行かなかったけど」
「どうして行かなかったのか詳しく聞かせてくれない? 私、物凄く悲しかったのに、なんでお兄ちゃんがいないんだろうなって。でもお兄ちゃんはもっと辛かったよね? 何か理由でもあったの?」
戸惑いを口に、杏子は俺を見る。
「そうだな。行かなかった理由は、俺の行動が葬式場へと赴くよりも必然性が勝ったからだ」
「そう。最低だね、お兄ちゃん」
「そうか? 俺は立派な善人であると思うのだが」
俺は自分で善人だと、本気で思う。
「で、学校にいたよね。お兄ちゃんがよく喋ってた黒髪と赤髪の女二人」
「それがどうした? 俺の親友達のことか?」
「そう。だから、親友じゃなくて恋人まで上り詰めてみればいいよ」
「嫌だ。断る。面倒くさい」
俺は片言を並べる。
「なんで! あ、そうか。もしかして私の方が好きなの?」
「なんでそうなる。まあ、嫌いではないが、好きというわけでは……」
「ふふ、お兄ちゃんったら、可愛すぎるんだから」
「どういうことだよ」
俺を小馬鹿にしているぞ。妹風情が。
「さあ。自分の下劣な脳で考えてみれば?」
「おいおい、口が悪いぞ」
「ごめんごめん。ついお兄ちゃんと二人きりだと、感覚が狂っちゃうから」
どういうことだよ。
「はぁ、そういえば昨日のテストは上手くいったか?」
「勿論。自信満々だよ!」
「そうか。俺の周りは自信家が多いな」
凛音もそうだったな。
明理は自身がないみたいだったが、大丈夫だろうか?
どっちにしろ性格は銘々異なってるし、一番性格がいいのは凛音だって俺は思っている。
明理はヤンデレで怖いし、杏子はブラコンで口が悪いし。
それに比べ、対照的なのは凛音。変態だが。
いつも外見は凛々しいが、いざ触れてみると清楚で恥ずかしがり屋の可愛い奴だ。
俺とも気が合って接しやすいタイプだしな。変態だが。
「お兄ちゃん着いたよ」
「ああ、そうなのか。じゃあ降りるぞ」
俺はバスから杏子と共に降りる。
バス停で杏子は背伸びをした。
そして俺と杏子は学校へと向かう。
校門を通り越し、俺と杏子は靴棚へと向かう。
すると、杏子が靴棚に現れた瞬間、靴棚にいた男子生徒全員が杏子に見惚れていた。
まあ、外見は超絶美少女だしな。
「お兄ちゃんっ! 手繋ご」
「手を繋ぐのはいいが、糸で俺とお前の手を縫い合わせるとかじゃないよな?」
「何言ってるの? そんなわけないじゃん」
昔はされたがな。
今は大丈夫だろうけど。
俺は恐る恐る手を繋ぐ。
だが、杏子の手にあったのは温もりと柔らかい感触だけ。
そして二人はそのまな階段を上り、教室へと入る。
俺と杏子は席に着く。
そして準備を終えた杏子は、俺に抱き着いてきた。
「俺が他の男子から嫉視されまくってるからやめてほしいのだが」
「別にいいじゃん。私とお兄ちゃんだけが孤高の存在なんだから。他の卑賎な獣共が私とお兄ちゃんの関係に嫉妬していようが、私にとっちゃ関係のないことだから」
うん。口が悪すぎて笑えるレベルまで上り詰めたな。
まあ、悪口が他の生徒達には聞こえなくてよかった。
「それに私はお兄ちゃん以外の愚者、まあ、紡戯姉さんを除く輩には興味すら抱かないし、話す価値もないと思ってるの。私は私で自分の好きなことを執り行うだけだし」
相変わらず口達者だな。
俺は抱き着いてくる杏子の頭を撫でてやった。
すると、杏子は嬉しそうにはしゃぎ始めた。お前は俺の飼い犬かよ。
「朝からラブラブだね。二人共」
と、柚暉が声をかけてきた。
当然のことだが、杏子は柚暉を無視して俺だけを見ている。明理みたいで怖いな。背筋がぞくぞくする。
「ああ。こいつが勝手に抱き着いてくるだけだから、別に恋人関係って訳じゃないぞ」
「そうかな? 傍から見たら、結構恋人同士だとか噂を流されてるよ」
「噂を流されてるのか。厄介なことになったな」
「私は嬉しいな」
杏子はそう言って微笑む。
俺は溜め息を吐いて、再度杏子の頭を撫でてやる。
またまた、杏子ははしゃいだ。
「じゃあ僕はこれで」
そして柚暉は部活へと向かった。
朝から練習で忙しいんだろうな。可哀想に。
「おはようございます、紅さん、杏子さん」
「おはよう! 二人共!」
長い赤髪を揺らし、凛音は言の葉を挨拶として飛ばす。
明理は元気よく挨拶をし、俺を見て微笑む。
俺も「おはよう」と返した。
やっぱり杏子は無視するのか。
「おはよう!」
あれ? 今挨拶をしたのか?
柚暉には挨拶をしなかったのに、なんで明理と凛音には挨拶をするんだ?
俺の親友だからか?
すると俺に向かって、杏子はドヤ顔をした。
多分、表情からして『どう、私挨拶したよ。褒めて褒めて!』って言ってるな。
まあ、しょうがない。褒めてやるか。
「よく挨拶をしたな。杏子、偉いぞ」
「ふふふ、もっともっと言って」
「よくできたな。偉い偉い」
皮肉を込めて言ったつもりが、なんで杏子は喜んでるんだ?
理解できないな。
「お兄ちゃん、キスしていい?」
「駄目だ。状況を考えろ。公然猥褻でお前は訴えられたいのか?」
「一回くらいはいいじゃん! ねえ」
頬を膨らまして杏子は言う。
キスを強請る杏子。
可愛いけど、残念ながら俺はしない。
「二人は本当に仲がいいんですね」
「そうだよ。お兄ちゃんは私の彼氏だから」
「何平然と嘘を吐いてんだよ」
すると俺は廊下のところで立っている人影が、俺を呼んでいることに気付いた。
白髪の少女――傀儡吹雪だな。
「お前ら、ちょっと待っててくれ」
俺はそう言って杏子を引き剥がす。
杏子は渋々と俺から離れる。そして俺の席の椅子に座った。勝手に座るんじゃない。
そのまま俺は吹雪の元へ向かう。
すると、俺に気が付いた彼女は頬を赤くする。
「ええと、ちょっと屋上に来てくれない……? 私、ここじゃ……」
「なんだ? すぐに済むことなのか?」
俺はそう尋ねる。彼女はゆっくりと頷いた。
そうか。何か凄い予感がするぞ。
俺は今から告白されるのか?
そう思いながら俺は吹雪の後を追いかける。
そして屋上に着いた途端、俺は溜め息を吐いた。
「はあ。そういうことか」
おかげでさっきまでの期待が消えた。
「――生徒会長。どうして俺なんだよ」
俺は屋上にいた青年に声をかける。
すると生徒会長はにやりと笑った。
「勘が鋭いな。僕は君を生徒会に誘いたかったんだよ。それで、君と仲が良い彼女を使って呼んだんだ」
「生徒会か……」
俺は無表情になる。
「君は生徒会に入る気はないかい? 是非とも歓迎するよ」
「衝撃だな。生徒会長であるお前が、俺を生徒会などに誘うとは」
俺は生徒会長を無機質な瞳で見つめた。