プロローグ 「真夜中の惨状」
――春休み。
俺と紡戯は歩いていた。
今は学校から帰宅途中で、山の小さな小道を歩いている。
山にある小道は、普通なら歩かないのだが、時々家までの近道として使っている。
「ねえ、今から紅君の家に行っていい?」
『紅君』とは俺のことだ。
可憐な茶髪を揺らし、紡戯は俺に聞く。
「そうだな。家には誰も居ないし……いいぞ」
「やったー!」
スキップして先頭を行く紡戯。
彼女は俺が前通っていた中学校の人気者だ。
学年関係なく人気を博し、彼女は男子や女子からもモテモテだったと言う。
そんな彼女が何故か、俺とは幼馴染の関係なのだが。
「そうだ。紅君って、『鴻鵠鴎鵝学院』に通うことになったんだっけ? 私もそこに通うことになったんだ!」
「そうなのか! 紡戯が居てくれれば、俺も楽しいし、なんとかクラスから孤立しなくて済むよ!」
俺は嬉々としながら紡戯に言った。
――鴻鵠鴎鵝学院。
字面だけ見ると物騒だが、実際はスーパーエリート優等生が通う優秀な名門校だ。
明日入学式があり、俺と紡戯は行く予定だ。
そして俺と紡戯は山道を抜け、住宅街へと出た。
そこから数分ほど歩き、遂に俺の家へと辿り着いた。
「着いたぞ」
俺は鍵を鞄から取り出し、ドアの鍵を開ける。
そして玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩く。
リビングへと繋がる扉を開け、紡戯と共に俺はリビングへと上がる。
「やっぱり、紅君の家って広いね……」
「まあ、親が金持ちだからな」
俺は自分の部屋に鞄を置いて、紡戯にお茶を出した。
――その時の俺はまだ、思いもしなかった。
その日の夜、俺は独りでベッドに寝転んでいた。
「はあ、明日の入学式、上手くいくかな……」
俺は恨み言を発しながら、眠れない夜で輾転反側。
すると、急に部屋の窓が割れた。
硝子の破片が飛んでくる。
俺は両手で顔を庇いながら、ゆっくりと窓に近づいた。
「な、なんだ……?」
俺は恐る恐る歩を踏む。
豪快に叩き割られた硝子。
そしてその窓には――、
「血……?」
鮮血が付着していた。
その鮮血は、床へと続いている。
俺は鮮血が零れた方へ目を追わせる。
するとそこには、茶髪が散乱していた。
もしかして、と思った俺。
途端、視野に映り込んだ光景に瞠目した。
「つむ、ぎ……?」
俺は驚愕する。
その光景は凄惨な有様だった。
俺はあまりの惨たらしさに嘔吐感を覚える。
――紡戯が、死んでる?
「紡颶か? いや、違うな……」
紡戯の近くに寄る。
紡戯は惨殺されていた。
彼女の骸は四肢をなくしており、俺を無機質な目で睨んでいた。
俺は異物を堪えることが出来ず、口から吐瀉する。
床に胃液を大量に吐いた後、もう一度紡戯を一瞥する。
――理解が出来ない惨状に、俺は呆然とする。
俺はすぐさま電話で両親を呼ぶ。
そしてその場に小さく蹲った。
――紡戯……紡戯……紡戯……。
俺は何回も、今は目の前で死した彼女の名を呼ぶ。
呪詛の様に繰り返し、繰り返し唱える。
その醜態は気味が悪いだろう。
無様で惨めな少年の哀れな姿が。
そのまま数十分ほど経った。
突然、部屋のドアが勢いよく開いた。
ドアの向こうに汗を流しながら立っていたのは父さんだった。
その奥には、慌てている母さんの姿もあった。
「どうしたんだ紅! 何があった!?」
「紡戯が……紡戯が……」
「な!?」
俺が紡戯の死体に向けて指を指した途端、父さんと母さんは酷く困惑した。
それからは、あまり覚えていない。
確か警察が来て大変なことになったのは覚えている。
結局、入学式前日は徹夜となった。
その夜はいつもよりも寂しく、心にぽっかりと穴が開いたように気力が湧かなかった。
ずっと部屋の隅で蹲りながら顫動して、大切な幼馴染の名を繰り返し呼ぶ。
――鬱々とした夜は、更けるのも長く感じられた。
Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ
――それから数週間が経った。
「今日は入学式か……」
俺はベッドから降りて学校に行く準備をした。