死湖
昔々、ひとりの男が呪いをかけたんだと。
嫁も娘もまるごと国ひとつ全部生け贄にしてでっけぇ呪いをかけて世界を呪ったんだと。
呪いで出来たでっけえ穴に雨水がたまって死湖になったんだと。
それから死湖から死人が這い出て生者を連れてくんだと、あんたも引きずられないようにな。
死湖の言い伝えを教えてくれた老人は、死湖から遠く離れた山魔の里にいた。
先祖に高名な祓い師がいたという、老人の先祖は死湖の王と戦い敗れた後、死湖の王に恨まれて今も子孫を捜されているという。
「それでご先祖様はここで村を作られたのですか?」
「んだ、逃げて逃げて、たまたまこの山魔を通りかかったら、山魔の神に気に入られてな」
「山魔の神様」
「んだこの山魔の神は女神様でよ、惚れた男を匿ったんだと」
「でわ、皆さんは神様の血筋なので?」
「んまあ、そう言われてっどもさ、村の衆は神様の力なんかこれっぽっちもねえど」
「ほほう」
「ただな、死湖の王は執念ぶけえんだ、年老いた先祖はある日突然消えてしまったんだと」
「突然消える…」
「んだ、ここの里の者はみいーんな死湖の王から目つけられてんだ」
老人の先祖は、ここまで逃げて逃げて最後は突然消えてしまう、祖父も父も消えてしまった、自分もいずれ消えてしまうんだろうなと呟いてた。
王都に戻り老人の話を魔水晶へ記録する作業にはいる。
世界はずっと昔から死人や魔者と戦っている。
1年前、西国の町ひとつが魔者達に滅ぼされた。
半年前、東国からきた若者が死湖の死人で苦しんでいる村を救った。
そうやって一進一退を繰り返している。
魔封師や破邪師、死人返師達の全盛期とも言える時代だ。
私は子供の頃、村が盗賊に襲われた。
死湖から溢れる魔者や死人に、村を焼かれ家族を殺された人達が盗賊に落ちてまた新たな悲劇を産む。
斧を振りかぶり私に突き刺さる瞬間、盗賊の男は動きをとめた、盗賊のうしろから幼い頃からの友人がひょいと顔を出す。
「 ちゃん!」
不思議なのはあれだけ毎日遊んでいて、名前も教えて貰ったのに思い返すとそこだけぽっかりと穴があいていて覚えてない。
盗賊達は皆その場で動けなくなっていた、わらわらと這い出てきた死人が盗賊の髪や首根っこを掴み引きずられていく、盗賊達の叫び声が響きわたる。
あの日、友人は盗賊達を連れて姿を消し、それから友人とは会えなくなってしまった。
魔水晶の光を消して作業を終える。
死湖の呪いや伝承を集める仕事は、物理的にも精神的にも危ない。
ゆっくりと伸びをして緊張をほぐす。
入った頃の同期はあんなにいたのに私ひとりになってしまった。
仕事を教えてくれた上司や先輩も誰も残っていない、きっと次は自分だろう。
ただ最後に迎えに来てくれるのが、友であればいいなと思っている。