プロローグ
目を覚ましたらそこは見知らぬ天井があった。
真っ白で、何も存在しない無機質な部屋。自分の記憶の中にはそのような部屋は存在せず。自分が今置かれている状況が異常だとすぐに認識できた。
…ん?では異常ではない光景がどのようなものか思い出そうとするが、頭の中の中をどれだけ探ろうとその光景は思い浮かばない。いや、それどころか自分の名前やライフワークなど自分がどのような存在でどのような人生を送ってきたか。そういった記憶が綺麗さっぱりと失われているようだ。
「記憶喪失ってやつか」
「あ、やっと目を覚ましましたね!」
ぼんやりと呟くと甲高い声で返事が返ってきた。何もない空間だと思っていたが誰かがいたようだ。
身体を起こしそちらに目をやると15cmほどの翅の生えた小人、おそらく妖精がこちらを覗き込んでいた。小柄なんだから死角に立たずにちゃんと視界に入っていて欲しい。もっとも、目を開けたら妖精が覗き込んでいるという光景も驚くので辞めてほしいものだが……
「初めまして、マスター。私はナビゲート妖精のナヴィです!よろしくお願いしますね」
やっぱり妖精だったのか。それにしても安直な名前だな。まぁいい。
「ナビゲート妖精って事はこの状況を案内してくれるのか?ここはどこだ?自分についての記憶がないようだが、俺は誰なんだ?どうしてこんな状況になっている?」
「その質問は来ると思ってました!ここは漂流世界『エンド』様々な世界で誰からも忘れ去られたモノが流れ着く世界の終着点。そしてこの空間はダンジョンのコアの内部です!あなたがこれからダンジョンマスターとして運営していくダンジョンの心臓部分です!」
ナヴィは待ってましたと言わんばかりの態度で説明を始めた。
「あなたが記憶喪失なのはダンジョンマスターの役割上、必要以上に人間に感情移入しないようにクリーンアップがされています!でも安心してください!消去されてるのはエピソード記憶というものだけなので、マスターの知識や能力には一切の影響がありません!」
ドヤ顔で語っているが安心できる要素が一切ない。自分の名前すら分からないというのはまるで自分の中の柱を失ってしまったようで不安しか感じない。
「はぁ……それで、俺はダンジョンマスターとやらになって何をすればいいんだ?迷宮を作って魔物や宝箱でも設置すればいいのか?」
俺の記憶の中にはそういったシミュレーションを行うゲームが存在した。それと似たようなものなら話は早いのだが
「おお、察しがいいですね。流石マスター!その通りです!マスターにはこれからダンジョンというハコを作り、その中に試練と報酬を用意してもらいます。そしてこの世界の発展と間引きをしてもらいます」
「発展と間引き?それがダンジョンを作る理由なのか?」
まるでゲームのような事をさせられるようだが、どうやらそれにも理由があるようだ。
「ええ。この世界の資源はほとんど存在しません。鉄などの鉱石はおろか、木材や石材ですらダンジョンを経由しないと補給されないのです。なのでマスターはダンジョンに訪れる人間からリソースを回収し、それを別な資源に変換して還元するのが役目です。ほら、これを見て下さい!」
そういってナヴィが虚空に手をかざすと、そこにスクリーンが現れる。そこには広大な砂漠の真ん中にポツンと洞穴の入り口が建っている様子が浮かんでいる。
「これがこのダンジョンの周囲の様子です!御覧のとおり何もありません!」
どうやら俺はとんでもない世界に流れ着いてしまったようだ……