調教師の朝は早い・2
前回のあらすじ
優しいおじさんが大変身!
「ハーハッハッハッハ!魔王軍恐れるに足らず!」
夜。闇の深い森のなかを100名ほどの人間の兵士が進んでいく。
彼らは今、魔王の納める領地、魔界を突っ切り魔王城へ歩みを進めていた。
彼らはそれまでに多くのモンスターや亜人を打ち倒し、魔王が納める多くの村を滅ぼしていた。その村には魔王軍に所属する兵士が派遣されていたが、それすらも彼らは打ち倒し、まさに快進撃と言わんばかりに進撃を続けている。
死地に足を踏み入れているというのに彼らがどこか和気あいあいと明るげに歩みを進めるのは、そういったことから来る自信の現れであった。
特に先頭を歩く青年は特別自信に満ちていた。
彼は転生者である。
ここまでの道のりでこの兵隊が打ち倒してきたモンスターや亜人、魔王軍の兵士の多くはこの青年が屠ったのである。
ゆえに彼は自信に満ち溢れていた。
「さて……そろそろ次の村だったかな?」
そういって青年は地図を取り出す。
魔界の地図。それは通常、人間が持ち得ないものだが、アルガニタ国軍、ひいてはそこに所属するこの青年が独自のルートで手に入れたものだ。
その手段は、具体的には恋。
彼はこの魔王城を少数で攻め立てる電撃作戦以前にも多くの戦いを乗り越えており、その都度女性をすけこましていた。
この地図は彼の女の一人、人間領と魔王とも商売を行っていたエルフの女のものであった。
彼はこういった多岐にわたる種族との独自な繋がりによって高い情報力を手に入れていた。
「おお!」
「どうかしましたか?ユウスケ様?」
「諸君!もうすぐ魔王城のある国『ダグエルダー』にたどり着くぞ!
それまでにひとつ村があるのだがそこを抜ければすぐだ!
我々の作戦がついに実を結ぶぞ!」
「ウオオオオオオオオ!」
転生者の青年、ユウスケは地図から読み取れた位置情報を伝え、兵の士気をあげる。
すると兵たちはここが魔界であるにも関わらず大きな声で歓声をあげた。
敵地での行動としては馬鹿馬鹿しい話だが、それだけ彼らの気分は明るく、自信が満ち溢れていたのだ。
しかし事実、彼らは強かったし、ユウスケはこの世界でもトップクラスの実力があった。
兵はそういった自分の強さとユウスケの頼りがいのある強さをもって、まるでもう魔王の首をとったがごとくであった。
だがそうはうまくいかない。
――――そう、魔王軍にはおじさんがいるからね。
「! 諸君!止まれ!」
なにかに気づいたユウスケが後ろの兵たちを止める。
どうしたことかと兵たちは思ったがその疑惑はすぐに晴れた。
彼らが立ち止まり足音が、ユウスケの言葉から来る疑問によって兵たちの話し声が消えると、深い森の中であるのに音が消えた。
――――あまりにも静かすぎる。
「散開!各自戦闘準備!構え!」
ユウスケが指示を飛ばすが少し遅かった。
道の四方八方の草むらや木の上から何者かが兵たちに迫り来る。
小さな黒い鎧に見合う小柄な体格、人間からすれば短剣と見紛う細長い剣、何よりも数が多い。
ゴブリンのエントリーだ!
「グッ!」
「ガァ!」
「うわああ!」
突然の、それも無数の襲来に対応できなかった兵士がやられていく。
「落ち着け!所詮はゴブリン!素早いだけだ!ここまで来るときに戦ったときと同じ、よく見て潰しせばいい!」
ユウスケが兵たちに指示を飛ばすが対応は容易ではなかった。
ここまで戦ってきたゴブリンは少数であり、1体1体潰せば片付く程度だったが、今回は数が桁違い。
何よりこのゴブリンたちは人間との戦いに慣れてるように、的確に弱点となる足首や膝裏、股などを小さな体を使って素早く切り裂いていた。
そこを切られ転げた兵士に命はない。
だが――――
『エアスラッシュ!!!』
――――無数の風の刃がゴブリンを刻み、兵たちを救った。
「案ずるな!ここには俺がいる!ゴブリンなど恐れるに足らず!諸君!突撃ィ!」
「ウオオオオオオオオ!ユウスケ殿に続けえええええ!」
ユウスケの魔法を使った範囲攻撃によって一時的にゴブリンの数は減り、兵士たちの混乱も静まったこともあいまって形成は逆転した。
ドッッッッッッ!!!!!!!!
「グッ!ガアアアアァァァァアァ!」
兵たちをまとめていたユウスケがいきなり横に吹き飛ばされた。
彼が吹き飛ばされ横たわる場所、そして彼が立っていた場所は土煙におおわれる。
あまり急なことに兵士たちの手も止まる。
何が起きたかを把握している兵士は誰一人いなかった。
「なっ……何が…………」
そして一番混乱しているのはユウスケであった。
かれは戦闘中、周囲に気を配っていたはず。
しかし現に脇腹に衝撃を感じ吹き飛ばされた。
誰が、どうやって、いつの間に。
――――これは不味い!
ドドッッッッッッ!!!!!!!!!!
先程より強い衝撃が、先程までユウスケが横たわっていた場所に打ち付けられる。
しかし来るとわかれば彼に避けられないものではなく、彼は寸前に身を翻しその場から飛び退いて観察していたのだ。
「見ていたぞ!オークだな貴様!」
土煙が晴れ、その巨体が露になる。
2メートルは優に越えるだろう巨体、緑色の肌、太くたくましい肉体。
転移者転生者調教オークおじさん!ラブグッドのエントリーだ!
巨体がその場ではぜるようにしてユウスケに飛びかかる。
迫り来る拳!ユウスケはそれを剣で受けるが威力を殺しきれず後方へと飛んでいく。
「くっ!馬鹿力め!」
いくら転生者といえど人間は人間。
強化魔法を納めていないユウスケではオークと真っ向から戦うのは部が悪い。
「ならば遠距離でこれだ!エアスラッシュ!」
ユウスケは先程の時と同じように剣に風の魔力を纏わせ、それを振り無数の風の刃を飛ばした。
「ぬううん!」
ラブグッドはそれを避けず真っ向から受けきる。
しかし転生者の高いポテンシャルから繰り出されたその魔法は、いかに強靭な調教オークおじさんであろうとも無傷とはいかず、それどころか無数の傷を体に刻み込んだ。
「グウウウ!」
ラブグッドの体につけられた無数の傷。そこから血が止めどなく流れる。
あまりのダメージと出血から彼はその場に膝をついた。
(勝った!死ねェ!)
ユウスケが勝利を確信したようにラブグッドへ飛び付き剣を振った。
ド ゴ ン ッ !
「カピュッ!?」
ユウスケが三度後方へ吹き飛ぶ。
しかしそれは通常ありえない事だった。
相手は膝をつき、動けなくなっていたはずだ!自分はそれを見ていたはずだ!
――――自分は勝ったはずだ!
「勝ったと思ったな?」
(!?)
自分の考えが見透かされたことにユウスケは驚く。
しかしそれ以上に驚くものを目にした。
ラブグッドの体、その傷口から赤い煙が上がる。
煙が晴れるとそこにはすでに傷がなかった。
その事に驚いたのだ。
「フンッ!!!」
ドグチャアア!
「グワアア!」
技もへったくれもない蹴りの一撃がユウスケを襲う。
通常の人間であれば即死していてもおかしくない一撃、ダメージだった。
しかし転生者の高いポテンシャルからくる強靭な肉体がそれを許さない。
彼は先程の一撃で肋を3本ほど折ったがそれだけだった。
とはいえすぐに立ち上がれるようなものでもなく、ユウスケは地に這いつくばって痛みに悶えていた。
そこにゆっくりとラブグッドが近づいていく。
「戦いの最中にねぇ!」
「殺す前からそうやって不必要な満身をするのはねぇ!」
「自信の現れ以外の何物でもないよねぇ!」
ラブグッドはユウスケの首根っこを捕まえると眼前まで吊り上げる。
もちろん武器は蹴り飛ばし彼から離すことを忘れない。
顔の高さを合わせ、目を合わせると、ユウスケは完全に怯んだ。
「自信が満身に変わったんだよねぇ!」
「ヒッ!」
「それが調子に乗ってるってことなんだよねぇ!」
「ヒィッ!」
「おじさんはぁ!」
「そうやって調子に乗ってる転移者や転生者を調教するのがァ!」
「大好きなんだよォォォ!」
戦いは終わった。
その場所ではゴブリンと人間の死体が山のように積み重なっている。
それを積み重ねた本人であるラブグッドはポケットから火の魔法のスクロールを出すとそれを使用し発動する。
すると死体の山が発火し、轟轟と燃えていく。
森に焼けた人間とゴブリンの異臭が漂う。
「終わりましたねぇ旦那ぁ……しかし臭いですな…………」
1人のゴブリンがラブグッドの横にならび燃えていくそれを見る。
ゴブリンと戦っていた人間の兵は皆な死んだが、ゴブリンは何人か生き残っていた。
ラブグッドとの戦闘でユウスケを失っても兵たちは強かったが、援軍として集まってきたゴブリンたちに数で群がれればどうしようもなかった。
特に今ラブグッドの隣にたつゴブリンはこのゴブリン部隊の隊長であり、多くの兵士を葬った強者であった。
「臭いと言えばあれはどうするんです?」
そう言ってゴブリンの隊長が指をさすのは後方でズタボロになり、叩かれ過ぎて糞も小便も漏らして臭くなったユウスケであった。
「あいつはもう折れた。城に持って帰り最後の調教を施した後、リッチたちの改造によって魔物に変え魔界の戦力にする」
「なるほど、了解でさぁ!それじゃあ運びますぜ!」
「ああ、頼む」
そうやり取りを終えるとゴブリンたちがユウスケを運んでいく。
ラブグッドはそれに目もくれず焼けていく死体の山を見ていた。
(これで何人目の調教完了だろうか?)
(転移者も転生者も……彼らは戦場で駆けるにはあまりにも……心が弱い)
(それが甘さであり、戦力としての弱さにも繋がる)
ラブグッドは夜空を見上げた。
(今の俺と戦うにはあまりにも脆い)
(もはや何の意味もないだろう?)
(だから……もう送り込まなくてもいいのではないのか?)
それは誰に向けた疑問だろうか。
そろそろ夜が明ける。
キチゲがたまったら続きを書きます。