2話 獣と剣士
リベリオンと化したユウマがゆっくりと起き上がる。視界には霞がかかり、上手く認識できない。体が自分の言うことを聞かない。身をよじろうとしても動かない。
(体が動かねぇ…!いや、動いてるけど自分で動かせない!)
目の前には5体のロマーニア。それが視界に映った瞬間、その体は飛び出した。
ーー1体目はその勢いのまま、1番近くの個体に殴りかかった。胴体と思われる部分にその拳は当たり、ロマーニアはいとも容易く砕け散る。
ーー2体目は反転して飛びかかり、、胴を黒い結晶で出来た右の指でなぞるように引っかく。なぞるだけだったが、その体は無惨に切り裂かれた。
それは腕の異常が原因だった。初めは普通の腕の形出会ったが、その腕は肘(と思われる部分)から先が異常に肥大化しており、片腕で身長よりも数センチ~10数センチ短いぐらいだ。指はシルエットこそ人の形であるが、大きさは元の2倍はある。特にその指は鋭利な刃物のようになっている。
ーー3体目、後ろからくる敵を左腕で切り裂く。視界には敵の影も映っていないはずではあるが、その腕は確実に敵を切り裂いた。
ーー4体目、飛び上がり、いくつかの結晶からなる足首から先が、ひとつの結晶にまとまり、リベリオンがユウマの体を貫いたように先が伸び、敵の体を貫いた。貫いた足は瞬時に元の形に戻る。
ーー5体目、敵も飛び上がり、距離をつめる。が、既に振りかぶった右腕で殴り、空中で砕いた。
「ウ、ウ、ウ、アァァァ。アアァァアアアアーーー!!」
薄れる意識と低下する思考力の中、何とか正気を保ったのもこれまで。着地と同時に雄叫びを上げ、ユウマの意識はそこで消えた。
そして変身が解かれユウマは人の姿に戻りその場に倒れる。
「ユウマ!何が起こったの?リベリオンになってそれから…訳わかんない…。ねぇどうなってるのリベリオン!喋れるんでしょ!」
三笠に制止され七星教会の敷地内でユウマを見つめるアミの叫びに、その近くのリベリオンはアミ、トウヤ、ミオの3人に音の無い声を届けた。
《ユウマ君がリベリオンの声を聞いた…というのでも聞いたのですね。それがこれです。彼は個体名「the-Beast」。その名の通り獣のような能力です。それが一時的に彼の体を乗っ取っり戦った。彼の体に問題は無いので安心して下さい。》
リベリオンの声に怯える3人を見た三笠はアミに声をかけ、アミはリベリオンが伝えた事を説明する。
三笠が周囲を見渡してから勢いよく駆け出してユウマを回収し脈と呼吸を確認して、遅れて駆け寄るアミや神代に指示を出す。
「とりあえず生きている!怪我も見当たらない。本部の方もすぐ近くだ。こいつ医務室まで運んで…それから先は向こうでだな。」
《全く…忙しない…無事だとSniperが言っただろ…。》
やれやれ、とでも言うようにSaberがボソリと零した。
所変わって七星剣教会の本部、その医務室。
(ずっと夢に見る。幸せな夢とは別の夢。ずっとお前は「作り物」だって。皆が言う。あれは誰だっけ…思い出せない…)
僅かに光が差し込む暗い海の中みたいな中でその目に映るのは1人の女性。黒髪の、見覚えのあるその人。
(もう少し…もう少しで届くんだ。もう少しで…あぁ、名前を読んでいる…俺はここに…)
違う。黒髪じゃない。確かにさっきまでは黒…いや、そんなことはどうでもいい。金髪?
「ユウマ…わた…はここ……る…私の…まえはーー」
《ュ…マ…ユ、マ…ユウマ!!さっさと起きろ!》
「うわぁ!」
勢いよく起き上がる。霞んだ目を凝らして周りを見渡して見ると、ユウマのベットの隣にリベリオンが居た。
「え?あ、Beast?!」
《よく寝たな。そろそろ日が落ちるぜ。まぁ、ちゃんとした挨拶は初めてだな。
俺はthe-Beast。お前が俺の適合者だ。》
ちゃんとしたってちゃんとしてない挨拶すらなかっただろう…。まぁそれはいいとして、だ。
とにかく自分がどうなったのか、ハッキリと思い出せない。変身前までは覚えてる。リベリオンに刺されて…それからなんだよな…。
ユウマは不意にハッと思い出したように俯いて考えた頭を起こす。
「他のみんなは?そもそもここはどこだ?俺はどうなったんだ?」
《まぁまぁ落ち着けよ、ユウマ。他の奴らは別室。ここは七星教会の本部の医務室。お前はぶっ倒れたんだよ!》
隣に浮かぶBeastはイライラしていると言うよりも根からあまり落ち着いた性格では無さそうだ。恐らく素でこれなんだろう。彼はジタバタと身振り手振りを加えて抽象的な説明をした。
その後、急に黙り込み、目のような部分の赤い光が薄くなる。
「おい、いきなりどう…」
《仲間たちから連絡だ。集合しろだってよ。さっさと行くぞ。》
「え?お、おう。」
声をかけた瞬間、止められた。
ベットから降り、スリッパを履いてビーストに着いて行った。
案内された先の扉を開けると、見慣れた面々が話をしていた。
直ぐにアミが気づき、ユウマの方へと駆け寄って行った。
「あぁ!ユウマ!起きたんだね。いやぁ〜心配したよ〜。変身して戦って終わったらいきなり倒れちゃうし。」
「あぁ、ごめんごめん。皆も無事で良かったよ。」
ミオの隣にいたリベリオン、Guardianがお辞儀のような動きをし、優しい声で話しかけた。
《あら、いらっしゃい。色々と混乱しているでしょう。でもとりあえずしたいこともあるし、トレーニングルームに行きましょう。今さっき皆とそれについて話してたんです。》
「あ、はい。そこで何するんです?まさか…全員の心臓貫いたりとか?」
《そんなことしませんよ。あの時は急いでたので。1番早い方法だったんです。ごめんなさい。痛かったでしょう。》
ユウマの言葉にそのGuardianは申し訳無さそうに白い目の光が薄くなった。目を瞑った状態なのだろうか。
ここにいてもしょうがないので、階段をひとつ降りた地下にあるトレーニングルームに出た。そこは白一色の巨大な空間で、遠近感覚を狂わせるものだった。
「さ、ガーディアンさん。始めましょ〜。いやーにしても凄いねぇ〜。人があんな姿になるなんて。しかも4人も!もう私ビックリ。楽しみー。」
くるくると余った袖を振り回しながら神代が歌うように、ニンマリとした顔で言った。年甲斐もなく。
言い終わった後もなお回り続ける神代をトウヤが止め、セイバーに向かってワクワクしたような顔で手を伸ばした。
「じゃあ、早速始めよう。まずは俺からだったっけ。ユウマは知らないだろうけど、返信する順番をくじで決めてたんだ。最初は俺。その次ミオで、最後がアミ。…のはずだったんだが、アミが駄々をこねて二人同時になった。」
ユウマがアミの方をキッと睨むと即座に顔を背け、ヒューヒューと音になってない口笛を吹き始めた。
そんなアミにため息をついてユウマは面倒くさそうに諭そうとした。
「あのな、アミさん…。昔っからお前はそう…あれ?いや、うん?」
「どうしたのユウマ。思い出したの?」
「いや…なんでもない。ゴメンな。」
ユウマはアミとの過去の何かを言いかけて、言葉を詰まらせた。
思い出せなかった。
ニッコリとした笑顔が消え、申し訳なさそうな愛想笑いのような顔をした。
アミはユウマに謝らせたのを申し訳なく思い、必死にその場を乗り切ろうとする。
「ああ!そうだ。トウヤ、早く始めよう!私も怖いけどワクワクしてる!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるアミに押され、トウヤはSaberにセイバーに向き直る。
「うん。そうだな。セイバー、いくぞ!」
《俺達は「反逆者」。そして"リベアライズ"…それがこの変身の名前だ。俺達の返信の合図みたいなものだから…深く考えなくていい…。》
トウヤは目を見開いてセイバーの手を握る。深呼吸をして大きな声で宣言するように叫ぶ。
「リベアライズ!!」
その声と共に辺りに眩い青白い光が広がり、その中でゆっくりと黒い人影が立ち上がるのが見えた。
トウヤは自分の掌を握ったり開いたりして動きを確かめる。
「凄い…これがリベリオン…。」
トウヤはふと胸の前に浮かぶ小さな結晶を持って、深く観察するように見る。
《それは…お前の武器だ。ユウマの様に己の体だけではお前は戦えない。》
セイバーのわざとかそうでないのか、心無い言葉にムッとした。しかしそれは彼が不器用なのだと思い、怒りの言葉は向けないことにした。
しかしさっきの言葉では全く何が言いたいのか分からない。
「武器っていったってこんな小さいのでどうやって戦うんだよ。投げる?」
《…力を込めるんだ。難しく考えなくていい。ただそうすればいい…。》
「力を込める…難しいことを考えず!」
トウヤはグッと手に力を込める。すると、掌の中の結晶が熱を帯びたのを感じた。手のひらの中からパキッパキッ、と音がする。そのまま結晶はスラリと細長く伸び、青い光を放ち1本の刀になった。
《これが俺がセイバーと言われる所以だ…。あぁ、もう体が馴染んだのか…。》
「馴染んだ?体が?」
トウヤが体を見ると変化が起きていた。
腕は篭手のような見た目に、
胴体は細い体からがっしりと、鎧のように変化していた。
《この体は俺とお前の中の情報が元になって出来ている。これは…剣道、と言う奴か。》
「なるほど。剣道か…懐かしいな。ろくな記憶はないんだけどな。最近は型なんかもはや無くなったしな。うん。剣道のは見た目だけだ。俺の立ち回りは剣道なんかじゃない。」
その顔からは表情は伺えないが、肩を強ばらせ、ギュッと柄を握るその仕草から悔しさのようなものが読み取れた。
そんな中、三笠のポケットの中の携帯電話が振動し、電話に出る。
「何?…了解した。数は10…か。」
電話を切り、トウヤとユウマに向き直る。それと同時にトウヤは変身を解いた。
「早速だが2人とも仕事だ。こちらに小型ロマーニアが10体接近中だ。2人とも、行けるね?」
2人は三笠に深く頷くと、2体のリベリオンと共に外へ駆け出した。
本部を出ると、目の前の滑走路。2人は後ろの何かの気配を感知し、2人は振り返る。
「ロマーニアって結構高いとこ飛ぶんだな。」
「呑気なこと言ってる場合かよ、ユウマ。」
2人はリベリオンと共にロマーニアに改めて向き直る。
ユウマは目を見開いて、拳をギュッと強く握る。
「怖くないと言えば嘘になる。それでも戦わなくちゃ。だろ?ビースト。」
《当たり前だ。準備は良いか?》
ビーストの問いに2人はアイコンタクトをとる。
「ああ、いつでも。いくぞセイバー!」
2人は声高らかに、こう叫ぶ。反撃の狼煙を上げるが如く。
「「リベアライズ!!」」
指先から頭に向かって黒く、異形へと変わる。
ユウマが握りしめた拳を開き、その鋭い爪が姿を現す。
トウヤは胴の近くに浮いた小さな結晶を掴み、素早く刀へと変化させる。
トウヤが1歩踏み出し、刀を構える。
気付けばロマーニアはすぐそこまで迫り、地面に降りていた。
《俺達が先行するぞ。トウヤ、お前の力は刀だけじゃない。一瞬の速さなら…誰にも負けない。》
「そうか。」
トウヤは一言小さく呟き、足に力を込める。腰を落とし、構えは脇構え。
肩の力を抜き、一気に足の力で地面を蹴り砕き、目にも止まらぬ速さで距離を詰め、刀を斜めに振り上げ、ロマーニアの胴を真っ二つに斬る。
断面に歪みも途中で割れた部分も無く、真っ平らになっていた。
(すげぇ!こりゃ俺も負けてられねぇな!)
《さっさと行くぞ。一つ言っておくがお前は身体能力は高いがあんな瞬発力は無いからな。》
心に秘めた希望を一瞬で消された。しかしそれは戦わない理由にならない。
トウヤの後を追うようにユウマは腕を引き摺り駆け出した。
トウヤが斬り、ユウマが砕き、裂く。2人は連携こそないものの、着実にロマーニアを屠っていった。
合計五体倒したところで、ユウマはロマーニアの異変に気がついた。それはロマーニアの頭部に赤紫のラインが入っていたことだ。ラインだけではない。頭部の正面にはラインが一部丸くなっており、窪んでいる。
そのうち一体がその窪みを爛々と光らせていた。
(まさか…あいつの向いてる方向は!)
より一層強くなるその光は、正面から真っ直ぐ飛ばせば、トウヤに当たる。
「トウヤ!そこから離れろ!」
ユウマは言うより先に駆け出した。トウヤでももう間に合わないかもしれない。彼が反応して、力を込めるのには時間がかかる。
ユウマは自分なら、あるいは押しのけて庇うことが出来る、そう考えた。
トウヤを長い腕で突き飛ばし、もう片方の腕で防御を取ろうとする。
その刹那、ロマーニアの頭部から光線が放たれた。ユウマはそれを避けようとしたが、間に合わなかった。