第3話 夜空の下で
白龍の意識が遠くなる中、そこへ現れたひとつの人影はゆっくりと口を開いた。
「里狂、あなたって秘女は……!」
里狂――それは、白龍と黒龍を無残な目に遭わせた少女の名前だ。
白龍は意識が無くなる寸前でその声を聞く。声には聞き覚えがあり、その少女の名を口にする。
「シャ……ミ、ア……」
白龍がそう口にすると、呼ばれた少女――シャミアは白龍の方へ振り向き、笑みを見せた。
「もう、大丈夫ですよ」
シャミアはそう言うと、里狂と向き合う。
「私の名前を知っているとはね、どこかで会ったっけ?」
里狂は唇を舐めまわし、シャミアに問いかける。
シャミアは里狂に向かって歩きながら答えた。
「以前、あなたと戦ったシャミアよ」
シャミアは以前、里狂と互角の戦いをしており再戦と言わんばかりに二人は睨み合う。
すると、シャミアは大きく飛び跳ね、ピンクの髪が風になびいた。
「ふふ、あの時の子猫ちゃんか。私に殺されにきたのぉ?」
里狂は不気味な笑みを浮かべて挑発する。
「いいえ、殺されるのはあなたです――!」
シャミアが瞳を一度閉じ、ゆっくり開くとその両目が光り輝く。
そして、里狂はナイフに付いた血を舐め回して、シャミアにハサミを投げつける。
その瞬間、シャミアの拳の中から長い光の鎖が現れ先端に無数のトゲが付いた鉄球を作り出す。シャミアはそれを振り回してハサミを弾く。
シャミアが生み出したその武器は、モーニングスターと呼ばれる武器だ。扱うのが難しいがとても強力な武器である。
シャミアは思い切り体をひねって鉄球を直撃させようとするが、里狂は大きく飛び跳ねて避けた。
「それだけの傷を負っているのに、まだ元気があるなんて……さすがは化け物ですね」
シャミアは額に汗をにじませながら話す。
里狂には胸から腹にかけて深い切り傷を負っており、傷はそれだけではなく、背中にも大きな切り傷を負っている。
けれど、里狂にはまだ戦う力が残っていた。
すると、里狂は急に怒りに満ちた顔でシャミアを見下す。
「私を……私を化け物呼ばわりするなっ! 化け物は――人間達だろぉぉ!」
怒り叫ぶ里狂。悲鳴にも聞こえたその声はとても辛そうだった。
シャミアは里狂の言葉に視線を落とし、スカートの裾を強く掴んで感情を押し込み、動きが止まる。
数秒の間を開けて里狂は溜め息をつくと、視線をシャミアを見つめて里狂は少し不気味な笑みを浮かべ、大声で狂い笑う。
「あぁ……そうだよ、私は化け物だよ。だって、私は――失敗作だもんねぇ!? あはははっ!」
「……失敗、作……?」
シャミアは里狂の放った失敗作という言葉に、疑問を覚えた。
「ふふっ、あはははっ! 隙を見せちゃダメだよ子猫ちゃぁん?!」
里狂は言い終わると同時に右手をシャミアに向けると、里狂を囲む勢いで周囲に数十個のハサミを浮かばせ、シャミアへ投げつける。
「なっ――?!」
シャミアはとっさに大きく飛び跳ねながらモーニングスターを振り回して回避した。
「あはははっ! 楽しいねぇ!」
里狂は狂い笑って次々にハサミを飛ばす。シャミアはハサミを弾く事に集中し、華麗に飛び跳ねる。
ふと、シャミアがハサミに気を取られ、気が付いた頃には里狂の姿が見当たらず周囲を見渡す。
不気味な笑い声が森の中に響き渡り、少し焦りながら周囲を見渡すが、どこにも里狂の姿は見当たらない。
「っ――ここだぁっ!」
不意に頭上から異常な殺意を感じ、すぐさまモーニングスターを振り上げる。
「あははっ! これで終わりだぁぁ!」
里狂は数百個のハサミと共に急降下し、シャミアに飛びかかろうとしたその瞬間――シャミアが放り投げたモーニングスターが里狂に直撃し、そのまま勢いよく地面へ倒れ大量を血を流す。
里狂の周囲に浮かんでいた数百個のハサミは、シャミアが直前に避けた事によってすべて回避していた。
「……け、はっ」
里狂の苦痛の声と共に大量の血が流れており、荒い呼吸を繰り返している。
「里狂、失敗作って……?」
シャミアがそう呟くと里狂の動きはピタリと止まり、少ししてシャミアは黒龍の元へ駆け寄った。
「……黒龍様、両手を出してください」
シャミアはそう言うが、黒龍は意識が薄れており動くことができない。
仕方なくシャミアは黒龍の両手を取り、自分の手のひらに重ねる。すると、黒龍の体が光り輝き、みるみる傷が癒えていく。
やがて、黒龍の傷は完治して意識が戻り、その表情は驚きで溢れていた。
「なっ、傷が……消えてる――?」
不思議そうに全身の傷を見渡す黒龍に、シャミアは微笑む。
「お前が……助けてくれたのか……?」
黒龍は唖然としながらシャミアに問う。
シャミアはニッコリ笑って頷くと、白龍の方へ駆け寄り黒龍同様に手を重ねた。
白龍の傷も癒えていくと同時に、意識もみるみる回復していった。
「シャミア……? ……あれ、傷が消えてる?!」
白龍は意識が完全に戻ると、自身の傷が消えている事に気付き、飛び跳ねるように立ち上がって驚く。
「黒龍様に白龍様も、命があって良かったです!」
シャミアは涙目になって微笑むが、白龍は状況が理解できなかった。
なぜこの場にシャミアが居るのか、どうやって傷を癒したのか、そして――
「あ、あの秘女は?!」
あの秘女――つまり、里狂の事だ。白龍と黒龍は警戒して周囲を見回す。
「あの秘女とは、里狂の事でしょうか?」
シャミアは後ろを振り向く。白龍と黒龍はシャミアの視線の先にあるモノを目の当たりにすると、二人は驚いて顔を合わせる。
里狂は大量の血を流して倒れ、息をしていなかった。
黒龍は思わずシャミアに問いかける。
「シャミア……だっけか? 君が……あいつを倒したのか?!」
「は、はい……一応」
シャミアはそう言って頷く。
白龍と黒龍の二人がかりでも倒せなかった相手を、シャミアは一人で倒したのだ。
二人は唖然としてシャミアを見つめていた。
「あ、あの……そんなに見つめないでください……!」
あまりにも見つめられ、シャミアは少し恥ずかしくなって両手で顔を隠す。
「あ、いや……ごめんね!」
白龍はとっさに視線を逸らした。
「なっ、冗談じゃない……お前は、一体……」
黒龍が少しこわばった表情で、シャミアに話しかける。
一瞬困った顔をしたシャミアだったが、すぐに口は開かれた。
「私は……ユリカ様の護衛です!」
純粋なシャミアの笑顔に、黒龍と白龍は開いた口が塞がらない。
普段はおどおどして落ち着かず気弱な性格のシャミアであるが、戦いとなればその性格は一変する。
「帰りましょう。私たちの家に」
少し疲れたのかシャミアは喋り終えるとあくびをした。先程の戦いで疲れたのだろう。
白龍はうなずいてシャミアの隣に駆け寄ると、シャミアは何かを思い出し足を止めて黒龍の方へ振り向く。
すると、シャミアはスカートの裾をつまんで少し頭を下げた。
「黒龍様、聖狐神社でユリカ様がお待ちです。どうか、我が神社へ」
そう言うと、シャミアは頭を上げて黒龍と視線を合わせる。
白龍は黒龍の前に立ち、片手を伸ばす。
「お姉ちゃん、一緒に帰ろう!」
黒龍は一度瞳を閉じると、強い眼差しで白龍とシャミアを見つめた。
「僕の帰る場所が出来るなら、喜んで」
黒龍は言い終わると同時に、白龍の手を取る。シャミアはゆっくり頷いた。
「では、帰りましょう!」
シャミアはそう言いながら歩き出す。白龍たちもシャミアに続く。
三人の足取りは軽く、辺りはうっすらと明るくなりだした――