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聖煌に舞う白黒龍  作者: むつき。
第一章 白と黒
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第1話 白の少女

 白龍は何をすればいいのかも思い浮かばず、そのまま草原へと寝転び、どこまでも広がる青い空に手を伸ばす。

 真上から眩しい日が差し込み、手の隙間から光が漏れ出ている。


 白龍の服装は、全身真っ白のノースリーブワンピースに、白いサンダルだけだった。


 日差しが強い春の終わり頃。白龍は眩しい太陽を手で隠す。

 大きく吸い込んだ息を吐くと、何かを思いついたのか、飛び跳ねるように起き上がり、街へ向かって歩き出した。


「誰か……いないかな……」


 今のところ、白龍はまだ誰とも出会っておらず、孤独に押し潰れそうになっていたが、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、歩き出した。


「あれ……なんだか歩きにくい……?」

 

 二本足で歩くことに慣れてない白龍は、数歩ほど進んだところで盛大に転んだ――



 白龍は草原を抜け、森の中を歩き回っている。

 少し日が傾いた頃、どう見ても自然の物とは思えない建築物らしき物が見えた。

 白龍は安堵の息と共に急ぎ足で建物に駆け寄ると、それは立派な神社にたどり着く。


「あの……誰かいませんか?」


 白龍は息を飲んで神社の中に入ると、目の前に落ち着いた木製の祭壇があった。白龍が初めて見る祭壇に目を輝かせていると、一人の薄ピンク髪の少女が白龍に気づく。


「あなた、いつの間に?! まさか、ユリカ様を狙って――」

 

「えっ、ちょ――な、何が?!」


 白龍は驚きながら問いかける。

 薄ピンク髪の少女は強気に振る舞い白龍を睨みつけるが、足が震えており、明らかに怯えているようだ。


「何がって……ユ、ユリカ様を狙っているんじゃ……」

 

「ユリカ様……? って、誰?」

 

「えっ――えぇぇ?!」


 どうやら白龍は危ない人と勘違いされているらしい――

 すると、驚いていた薄ピンク髪の少女は黙って、祭壇の端にある扉から奥の部屋へと走ろとした。


「えっ――ちょ、ちょっと待ってよ!」


 白龍はピンク髪の少女を呼び止めようしたが、少女は止まることなく奥の部屋へと逃げようとする。だが――


「ふぎゃっ――!」


 薄ピンク髪の少女は、扉を開けることを忘れ、扉に顔面からぶち当たる。そして、何事も無かったかのように奥の部屋へと走り去った。


「え……えぇ……」


 白龍は開いた口が塞がらなかった。

 何があったのかさっぱり分からないまま、しばらく唖然としている。

 すると、奥の部屋から二人の少女が顔を覗かせた。

 一人は先程の薄ピンク髪の少女で、かなり白龍を警戒しているようだ。

 もう一人は、美しい茶髪をなびかせ、こちらを不思議そうに見つめる姿があった。


「えっと、何か御用でしょうか?」

 

「その……私、どうしてこの世界にいるのか分からないの……」


 茶髪の少女は、驚いた顔をして、何かに気がついたようだ。

 薄ピンク髪の少女はかなり抵抗があったようだが、茶髪の少女が目で合図を送ると、納得したかのように表情が朗らかに変わる。


「えと、こちらへどうぞ……」


 少し小さな木の扉を抜けると、そこには光の射し込む落ち着いた畳の部屋があった。

 その部屋はとても手入れが行き渡っており、埃ひとつ見当たらない。


「どうぞ、大したものは何も無いけれど、良かったらくつろいでね」


 茶髪の少女は白龍を座布団に座らせると、向かい合わせの席に座る。薄ピンク髪の少女は慌ててお茶を入れ、向かい合わせに座る二人へお茶を差し出す。

 白龍が初めて見るお茶に心を踊らせた、そして湯飲みを口に当て、そのままゆっくりとお茶を流し込む。

 少し苦いその味は、白龍の口にはまだ少し合わないのか、ひと口飲んで湯呑みを置く。


「さて、まずは自己紹介でもしましょうか」


 茶髪の少女は一度瞳を閉じると、ゆっくりと目を見開く


「私はユリカ。ここで巫女をやっているものよ」


 白龍は改めてその姿を見つめた。

 白と赤の巫女服に美しい茶髪を腰まで伸ばし、頭には見慣れない狐耳があった。焦げ茶色の瞳には、強い意思が感じられる。

 スラリとし背が高く、整った顔立ちをしていた。

 白龍が狐耳を眺めていると、ユリカは恥ずかしそうに狐耳に触れる。


「私は一応、狐なの。尻尾もあるのよ」


 ユリカはフワッと狐の尻尾を出した。恐らく、透明化することができるのであろう。先程まで見当たらなかったふわふわの九尾が、そこにはしっかりとある。


 次に、隣で目を泳がせているシャミアが立ち上がり、白龍と視線を合わした。


「先程は失礼致しました。私はシャミア! 私もここの巫女で、ユリカ様の護衛です!」


 シャミアと名乗る元気の良い、薄ピンク髪の少女の姿を改めて見ると、彼女も白と赤を基準とされた巫女服だが、ユリカとは大きくデザインが異なっていた。

 頭には猫耳があり、尻尾も生えている。きっと猫なのであろう。

 色素の濃いピンクの瞳はまるで宝石のような輝きを放っており、小柄で少し幼い顔立ちをしている。

 ふと、白龍はある言葉を気に止めた。


「ユリカ様って呼んでるということは、ユリカってすごい人なの?」

 

「一応、私は巫女でもあり女王候補の身でもあるの」


 ユリカはニッコリと笑う。その笑顔の裏にはどんな思いを隠しているのだろうか。

 ふと、隣で自慢気にしているシャミアを見なかったことにし、白龍は名乗り出る。


「私は白龍。何も分からないけど、名前は分かるの……あと、私にはお姉ちゃんがいるっていう、この二つだけなら分かる」

 

「白龍……うん、よろしくね!」


 ユリカは一瞬表情を曇らせたが、白龍に気づかれる前にニッコリと微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人が笑顔になったところで、白龍は一度深呼吸をした。

 数秒の間を開けて、白龍はユリカに問いかける。


「ここはどこですか?」

 

「ここはレンシェル島と言って、フェイラス諸島の中の南西にある島よ」

 

「レンシェル島……」

 

「フェイラス諸島は、五つの島があり、その中でも一番大きな島がここ、レンシェル島よ」


 ユリカは島の説明を終えると、白龍に問いかける。


「あなたはどこからから来たの?」

 

「えっと……あまり場所は覚えていないけど、景色の良い崖の上の草原です」


 白龍はここまで来る時の事を思い出す。


「この森を下りた所に街があるでしょう? 崖の上は景色が良いから、きっと見たとは思うのだけれど」


 白龍は崖の上から見下ろした街の景色を思い出した。

 そして、ユリカは話を続ける。


「街には絶対に行ってはダメよ、街には恐ろしい人が大勢いるから」

 

「私も人じゃないの? どうして行ってはダメなの?」


 一瞬の間を開けて、ユリカは口を開いた。


「先に聞くわ、あなたは人間ですか?」


 白龍は思いもしない質問に少し戸惑うが、やがて口を開く。


「外見が人間でも、人間とはまた違う生き物がいるのなら……私はきっと、人間ではないと思います」

 

「自覚があるのね」


 白龍は真剣に答えた。ユリカは意外そうな表情で答える。

 白龍は、目覚めた時に疑問に思っていた点を話しだす。


「目覚めた時には崖の上だったし、それに産まれたばかりとかではなく、いきなりこんな普通の人間と変わらない姿。それと、変な記憶もあるの……」

 

「なら、間違い無いわね、あなたは人間ではないわ」


 ユリカは何か確信があるかのように答えた。


「人間ではないのなら、一体……」


 白龍は心配そうにユリカに問う。ユリカは一度、咳払いをすると、強い眼差しで白龍を見つめる。


「あなたは――秘女よ」

 

「秘女……?」


 ユリカは確信を持って白龍に話す。白龍は初めて聞くその言葉の意味が分からず、無意識にその言葉を口にしていた。


「秘女はね、秘力と呼ばれる魔法の力を使うことができるの」

 

「魔法の力……!?」

 

「そうよ。秘力は形のない魔法のタイプと、形のある武器タイプの二種類があるの。秘女には必ず両方のタイプを持っていて、誰一人同じ秘力はないのよ」


 秘女には、秘力という魔法の力が備わっている。その力を用いて様々なことができるのだ。

 白龍は魔法に興味を持ち、頷きながら話を聞く。


 だが、次の瞬間。ユリカは口を開けるが、言葉を発さず口を閉じる。それを三回ほど繰り返した時、ついに声を発する。


「…………ねぇ、自分が人に殺されるような記憶はない?」


 白龍は表情を曇らせた。思い出したくない記憶を無理やりに思い出す。


 ――体が動かないまま頭に斧が振り下ろされ、辺りに血が飛び散る。頭に焼けるような痛みと共に、意識が遠のいてゆく。


「だ、大丈夫……?」

 

「えっ……」


 気付けば白龍はその場に立ち上がり、大粒の涙を流していた。

 そんな白龍を心配して、ユリカは声をかける。


「ごめんなさい。思い出させちゃって……」


 ユリカは頭を何度も下げて繰り返し謝る。


「……もう平気だから、謝らないで」


 白龍はユリカに優しく声をかける。白龍自身足が震えており、まだ平気では無かったが、ユリカを安心させるために笑って見せた。


「ありがとう。では話の続きをするわね」


 ユリカは姿勢を正すと、白龍と目を合わし、話を続ける。


「秘女には、秘力ともうひとつ――死の記憶と呼ばれる記憶があるの」

 

「死の……記憶……」

 

「ええ、自分が殺される不自然な記憶の事よ。秘女には必ず、異なる秘力と死の記憶があるの」


 どうしてそんな記憶があるのか、それは誰にも分からない。ただ分かっているのが、どの秘女にも自分が殺される記憶があると言うこと。夢か現実かは一切分からないのである。


 白龍は黙ったまま話を聞き、ユリカは話を進める。


「……さっき、どうして街に行ってはいけないのかを聞いてくれたよね」


 白龍は深く頷く。ユリカはどこか悲しそうに続けた。


「秘女の中にはね、理由も無く人を傷つけたり、我を忘れて暴走したり、人間界に悪影響を及ばす者がいるの。そのせいで秘女たちは人間から敵視されていて、私たちが人じゃないと分かればすぐに攻撃してくるわ……」


 どんなに優しい秘女でも、人ではないことが分かれば何もしていなくたって殺されてしまうのだ。

 それだけで白龍はショックだった。だが、ユリカは目を逸らして話を続ける。


「そんな……じゃあ、森の中にいたら安全なの?」

 

「残念ながら、そういう訳ではないのよ……」


 ユリカはためらうことなく続ける。


「人は秘女を恐れて森には入ってこない。でもね、森の中には秘女がたくさん住んでいるの。それに、危険な秘女は人でも秘女でもお構いなしに攻撃してくるわ。特に森の中では、いつ殺されてもおかしくない状況なの……」

 

「そんな……!」


 ユリカはゆっくりと説明する。白龍は絶句した。

 森の中は安全、という訳でもない。むしろ、森の中の方が危険である。

 秘女は我を忘れているだけではなく、縄張り争い、食料争い、自分の強さを示すため、あるいは興味本位だったりと、理由は数え切れない。


 死と隣り合わせ――それは秘女たちの中で当たり前の事だった。


 ユリカはそこまでの説明を終えると、瞳を閉じた。

 白龍は、この世界で生きていくことができるのだろうかと、不安な感情で胸が苦しくなる。


 ふと、重い空気にもかかわらず、シャミアが白龍に楽しそうに話しかける。


「ねぇ、あなたにはお姉ちゃんがいるんですよね?」


 白龍が落ち込んでいるにもかかわらず、シャミアはお構いなく声をかける。その行動の意味がユリカには理解できなかったが、止めようとは思わなかった。


「うん、お姉ちゃんがいるの。双子の姉の、黒龍が」


 白龍は再び表情を曇らせる。会いたいという感情が白龍の心の中で渦をまく。

 あ、そういえば――と、シャミアは口を開いた。


「ずっと前に聞いたんだけど、姉妹は必ずこの世界にいるみたいなの! 会いたいなら、探してみてもいいかも!」


 白龍は目を輝かせた。どこかに黒龍がいる、それだけで白龍にとって、最高の幸せだった。


「シャミア、そんな大事なこと、もっと早く教えて欲しかったよ……」

 

「えっ、あ、ごめんなさい。話すの忘れてました」


 ユリカが呆れるように呟いた。

 呟きが聞こえていたのか、シャミアはすぐに謝る。

 その傍らで、白龍は黒龍を探す事を決意した。


「あの、お姉ちゃんを探しに行ってきます!」


 白龍の力強い声に、二人は振り向く。

 その声からは強い意思が感じられた。


「うん、そうね! ……本当は私たちも一緒に行きたいのだけれど、ごめんなさい。私、体が弱くて……」

 

「一人で探すつもりだったから、大丈夫!」


 そう、ユリカは生まれつき体が弱く、戦うことすらままならない。


「あ、噂ですけれど、ここから東に進んだところに、多くの強い秘女たちがいる場所があるらしくて、そこの付近で黒を基調とした強い少女がいる。って言うのを聞いたことがあります! 良かったら行ってみてください」


 シャミアは笑顔で場所を教える。白龍は真剣に聞いている最中だったが、ユリカが間に入る。


「待って、そこってすごく危ないよ……本当に大丈夫?」

 

「大丈夫です、お姉ちゃんがそこにいるかも知れないのなら、行ってきます!」


 白龍が立ち上がると、ユリカは白龍の手を取って優しく話す。


「もし、帰る場所が無いなら、またここに帰ってきていいからね。それじゃあ、本当に気をつけて……」


 この世界では生きるか死ぬか。強い者が生き残り、弱い者は死ぬ。そういった、弱肉強食の世界。

 戦いに負ければ死ぬ。いつ殺されてもおかしくない状況の中に行くのだ。


「ありがとう! 行ってきます」


 白龍は満面の笑みでお礼を言うと、黒龍を探して神社を後にした。

 外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。

 どこまでも広がる森の中、たった一人の少女を求めて――

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