プロローグ
「哀れな者達よ、あの惨劇を繰り返さないように、もう一度命を与えよう……」
闇夜の世界でひとりの少女は囁く。
空は闇で覆い尽くされ地は乾き、不気味な空気が漂っていた。
枯れた木々が一本の道を開けて聳え立ち、道の先には桜の木が風に揺られている。
乾いた風が吹き、常に夜のように暗い場所で、目の前にあるとても大きな桜の木が咲き誇り、不思議と花びらすべてに光を灯していた。
少女は桜の木の傍に近づくと、手に握りしめていた鎌を地面に下ろし、膝を曲げてしゃがむ。
「……さぁ、空高く舞いなさい!」
光を弾く美しい銀髪に感情の消えた紫の瞳、少女は目をゆっくりと閉じ手を組む。その姿は、祈りを捧げる神父のようにも見えた。
少女は白と黒を基準にされたゴスロリドレスを来ており、フリフリのロングスカートが地面にひきずられそうになる。
少女は数秒の時を得て組んだ手を広げると、光り輝く一つの霊魂が宙へ舞い上がった。霊魂はあっちこっちとふわふわ空高くへ舞って行く。
霊魂が見えなくなるまで見届けると、少女は頬を伝って一滴の涙を流す。
「あなたに与えた死の記憶。力になることを祈っているわ……」
少女がこの場を立ち去ろうとすると、強い風が吹く。少女は立ち止まって髪をなびかせた。
すると、目の前の地面から龍のような形をした大きな闇の塊が這い上がった。それはとても大きく、少女をひと口で飲み込めるほどだ。
龍は周囲が見渡せなくなるほどの闇のオーラを放っており、次の瞬間。闇の塊は口を広げ、少女を飲み込んだ――
* * * * *
心地いい風が吹き抜ける山の奥にある崖の上の草原で、一人の少女が目を覚ます。少女は少し肌寒い風に身を震わせると、ふと飛び跳ねるかのように立ち上がった。
「ここは……? 私は誰……私、私は……白龍」
少女は、かつてそう呼ばれていたかのように、自分の名を口にする。
真っ白な髪を腰まで伸ばし、全身白を基調とさる服装からは、白い少女――という肩書きが似合いそうだ。
少女は白龍、異様な名前ではあるが、かつてそう呼ばれていたらしい。
「ひゃっ……! なんで私、人間に……?!」
まず視界に入ったのが、自分の手のひらだった。見間違いじゃないかと思いながら、手のひらを見つめるが、どう見たって人間の手だ。
白龍は、毛虫を見る目で手のひらを見つめる。
「うぅ、やっぱり人間になってる……」
白龍は頭を抱えて地面に座り込む。なにか思いついたのか、数秒の間を空けて、飛び跳ねるように立ち上がった。
「……お姉ちゃん」
白龍はそう呟くと、目に涙を浮かべた。
彼女には黒龍という双子の姉がいる。とても優しく、白龍のためならば、なんだってできるほど優しいのだ。
二人はどんな時も身を寄せあっていたため、今は異常な孤独感に襲われている。
この世界のことや、自分自身のことすら分からない不安に、誰もいない寂しさ。白龍は頬を伝って一滴の涙を流す。
「――うっ」
ふと、白龍の頭にひとつの記憶が蘇る。
それはとても不快なモノで、自分が『殺される』記憶だ。
目の前で人の手によって、双子の姉――黒龍が殺され、そのまま白龍自身も殺される記憶。
これが現実のはずがない、白龍は自分自身に無理やり言い聞かせた。
だが、明らかに非常識な事が起きているこの世界で、現実ではないと言い切れる自信なんてどこにも無かった。
白龍は崖から街と森を見下ろすと、瞳を閉じて深呼吸をする。
これから先、残酷な現実が待っていることを知らずに――