-64- 過失治療
人は暮らしの中で、さまざまな過ちを犯す。多くの場合、やろうとしてやった訳ではない、過失と言われる過ちである。しかし、一度起こされた過ちは、二度と元へ戻すことが出来ない。切り倒された樹木は、苗木を植樹したとしても、数百年以上、経たなければ元の生い繁った姿を取り戻すことは出来ない・・ということだ。文明進歩は人を駆使して、さまざまな破壊や悪さを、し続けている。もちろん、表面上は便利で快適な暮らしを提供しているかのように見せかけてはいるのだが…。その蔭では、絶滅する生命や破壊された自然が泣いている・・といった寸法だ。では、どうすればいいのか? だが、それが過失治療・・と呼ばれる世間には到底、存在しない治療法なのである。
とある植物医院である。と言っても、この世にそんな医院が存在する訳もない。それは盆栽好きの植川の昂じた妄想の世界でしかない。^^
『先生! 患者さんがお見えになりました…』
「ああ、そう。お通しして…」
妄想看護師で美人の苗浜に言われ、植川は単に返した。むろん、相手がいない独り言である。
「どうされました?」
『いやぁ~、火傷負わされちまいましてねぇ~』
庭の木は症状を訴えた。
「ほう! どれどれ…。ああ、なるほど…。これなら大したことはない。大事に至らずよかったですなっ! お薬をお出ししときましょう! 君! いつやらのお写真をお渡ししてっ!」
『はい、先生っ!』
「過失治療は氷しかないんですわっ!」
『はあ?』
意味が分らず、庭の木は訝しげに植川を見た。
「いや、ご説明いたしますと、過去の姿に現状復帰するまで待つしかない訳です。それまでは、過去のお写真で…つまり、時代劇ですなっ! 数ヶ月の短期から数百年規模の長期に至るまで、過失治療には様々(さまざま)あるというお話です。幸い、あなたの場合は完治するまで数ヶ月でしょう。お大事に…」
『はあ…』
燃やされた剪定ゴミの焼却で葉が焦げついた木は、首を傾げながら写真薬を貰うと帰っていった。もちろん植木が動ける訳がなく、薬を貰える訳もない。これも飽くまで、植川の脳裏に描かれた妄想の世界である。
患者が帰ったあと、植川は肥料と活力剤を焦げた木の根元に施した。ふと、顔を上げると、遠くに見えていた大木が切り倒され、景観が空虚になっていた。
「ありゃ、数百年の口だな…」
植川は過失治療を思い、ふたたび独りごちた。
過失治療は過ぎ去った記憶に頼るしかない・・という、実にもどかしいお話である。^^
完




