-39- 焦(あせ)る
ふと、気がつくと、もうこんな時間かっ! と思わず舌打ちすることがある。もちろん、誰が悪い訳でもなく、自分の失態なのだから、小言や愚痴を他人に垂れることも出来ず、無性に腹立たしくなる。加えて、忘れていた目的を果たさねばならないから、当然、焦ることにもなる。この焦る・・という気持の逼迫感は人によって様々(さまざま)で、おっ! こんな時間か…。まあ、遅れたら遅れたらで、そのときだ…的に、そう感じない肝の座った人もいれば、ぅぅぅ…どうしよう! 首かっ! …的に、ビクついて焦る、肝っ玉の小さい人もいるだろう。人によって千差万別ということだが、ただ一つ言えることは、焦ることで物事が上手くいく・・というものでもないということだ。焦らず、ここは一つ…と、平常心でその先を考えた方が上手くいく・・というケースが多いことも事実なのだ。
とある会社の営業部長室である。部長の肉尾が腕を見ながら美味そうな赤ら顔で激怒している。陽はすでに、とっぷりと暮れようとしていた。
「どうなっとるんだっ、鋤川君! ちっとも先方から連絡がないじゃないかっ!!」
「はあ…妙ですなぁ~、5時前には・・ということだったのですが…」
「だったのなら、入るだろっ!! 明日の昼だぞっ、役員会はっ! どう説明するんだっ!」
今年、役員待遇の部長に昇格した肉尾としては、面目躍如のはずだった一件だけに、面子が丸潰れになることを恐れていたのである。焦りに焦る肉尾の顔からはジュ~シィ~な汗が滴り落ちた。それに比べ、別にドォ~でもいい気分の鋤川は、葱崎食品の白滝さん、どうしたんだろ? くらいの軽さで、少しも役員会のことなど気にしていなかった。
「部長、なんとかなりますよっ、ははは…」
「わ、笑ったなっ、君っ!!」
「いやいやいや、そういう訳では…」
「も、もういいっ! 帰ってくれたまえっ!!」
「…そうですかぁ? それじゃ、お言葉に甘えて…」
今夜のスキヤキを思い出した鋤川は、スゥ~っと部長室から消え去った。
焦れば、美味しく食べられない・・ということだろうか。^^
完




