walking along a river
未来と二人、夕暮れの街を歩く。
「一緒にこうして歩くのも久しぶりだよねー」
未来とは小学校までは同じ学校だったので、家の近い遙と三人で、一緒によく帰っていた。
「学校が別々になったからな」
「遙姉ちゃんと一緒に帰ってた時には、犬に吠えられたり、変な人たちに声かけられたりした時は、いつもセナ兄ちゃんが守ってくれたよねー」
「……そうだったっけか?」
あまり触れられたくない話題なので、適当に誤魔化す。
「そうだよーカッコよかったよー」
未来が嬉しそうに笑う。
(カッコよかった? 怖くて、足がガクガクに震えていた記憶しかないのだが……)
未来の事だから、気遣ってそう言ってくれているのかもしれない。
「あーあ、なんで中学と高校は3年なんだろ。もうみんなと、同じ学校に行けないなんて」
プゥーっと、未来が頬を膨らませる。
「中学は、俺たちが通ってた所に行くのか?」
「うん。美奈ちゃんもそのつもりだよ」
「お前たちなら、もっといい学校も目指せるだろ」
美奈も未来も真面目で、遙がよく勉強を見ていた事もあって、成績は良かった。
「うーん、でも近いし、それにやっぱりみんなが通ってた中学に行ってみたいよー」
「そうか。なんだか少しもったいない気もするけどな。……そういえば遥も、地元で一番の進学校でも、余裕で入れるレベルだったのに、なぜか今の高校に来たな」
「遥姉ちゃんも、セナ兄ちゃんたちと一緒に高校生活を送りたかったんだよ。きっと」
「そうなのか? 毎日、漫才みたいなバカ話ばっかりしかしてないが」
「ふふっ。それが楽しいんだよー。こんな状況になっても、比較的落ち着いていられるのは、やっぱりみんなと一緒にいるからだよ」
確かに坂田たちとバカ話をしていると、悩んでるのが馬鹿馬鹿しく思えるという事はある。
「……ねえセナ兄ちゃん。あそこの河原に行ってみない? 昔みんなでよく遊んだ」
「ん? いいけど、あんな所に何しに行くんだ」
「うん。久々にセナ兄ちゃんに会ったら、なんか行ってみたくなって」
「そうか。別に何もないと思うけど行ってみるか」
「うん!」
二人で、町外れにある河原へと向かう。
河原に着いてみると、昔は草で荒れ放題だった川辺はキレイに草が刈り取られ、砂利と土しかなかった土手も綺麗に舗装されていた。
「だいぶ変わったね。ここも」
「そうだな。昔はかくれんぼができるくらい、草が生えてたのに」
「みんなでかくれんぼしたり、水切りしたり、あの頃はホント楽しかったねー」
「まぁ、金のない小学生ができる遊びっていったら、そんなもんだろ」
「うん、そうだね。でも楽しかったよ。あの頃はアイちゃんも…」
そう言いかけた未来がハッとして俺を見る。
俺は何も答えず、ただ流れる川をじっと見ていた。
未来は黙って俺の隣に立ち、そのまま静かな時間が流れた。
空の夕日は沈みかけ、夜の帳が下りようとしていた。
川を眺める未来の表情は寂しげで、どこか悲しみを帯びてくる。
「……ねぇ、セナ兄ちゃん……」
「ん、どうした?」
「もしあの竜が、わたしたちの街に来たら、どうなるのかな……」
「………………」
海辺の町とさっきのテレビの光景が目に浮かんできたせいか、思わず返答に窮する。
「みんなとね、一緒にいる時は平気なんだけど……」
未来がグッと胸に手をやる。
「家で一人になると……怖くて……怖くて……泣いてるんだ……」
そういうと、未来の身体が震えだした。
「……未来」
そっと未来の頭に手を乗せる。
「……無理もないさ。男の俺でさえ怖くて震えていたんだ。未来がそんな風に感じていても、何もおかしい事はない」
「……う、ううん……。自分の事だけが怖いワケじゃないの……。セナ兄ちゃんやみんなに、もしもの事があったら……って思うと……」
未来の目に涙が浮かび始める。
「……未来……」
未来の身体を優しく抱き、頭を撫でる。
普段は抱き付かれるのも恥ずかしいクセに、未来が泣いていると、いつもこうしてしまう。
「大丈夫さ。俺たちがそんなに簡単にやられるワケないだろう」
何の自信も確証もない。でもそう言うしかなかった。
「……うん、うん……ごめんね……ごめんね……」
それ以上は気の利いた事も言えず、さめざめと泣き続ける未来を黙って抱いていた。
10分ほど経ち、未来が身体から離れて顔を上げる。
「……ありがと……セナ兄ちゃん……」
笑ってはいるが、未来の目は涙で真っ赤になっていた。
「大丈夫か?」
「うん……ごめんね。涙で服が……」
「いいさ。こんなのすぐ乾く」
「相変わらず優しいね……セナ兄ちゃんは……」
「そうか? …………まぁ女の子には優しくしろって、よく言われたしな……」
「……うん……。でもそれは……セナ兄ちゃんの優しさだよ……」
目を伏せながら、未来が少し寂しそうに言った。
「……そろそろ行くか」
「そうだね……ありがとう。セナ兄ちゃん……」
帰ろうと歩き始めた時に、未来が服を引っ張ってくる。
「どうした?」
「あ、あのね……手、つないでもいい?」
未来が顔を赤らめて、こっちを見てくる。
「ん? あぁ、いいぞ。ホラ」
未来の手を握る。女の子特有の、小さくて柔らかい手の感触が伝わってくる。
そういや昔も、泣いた未来を家に連れて帰る時は、よく手を引いて歩いてたっけな……。
……それが自分の義務だと思った。
この小さな手は、自分が守らなければならない、と。
それにしてもハグはよくて、手を繋ぐのは恥かしいのだろうか。
その辺はよくわからないが……乙女の事情という事にでもしておこう。
「じゃ、行こうか」
「う、うん!」
顔を赤らめたまま、未来がニッコリと頷く。
未来と二人、手を繋いで河原の土手を歩き始める。
日はすっかり落ち、空には星が輝き始めていた。
「ねえ、セナ兄ちゃん。あれ何かな……」
未来が指差す先、川の上に何か揺らめきが見える。
「なんだろうな……この時期に陽炎でもあるまいし……」
揺らめきは次第に激しさを増し、川面に波紋を広げる。
刹那、揺らめきが爆発し、大気を震撼させた!
「きゃっ!」
吹き抜ける波動に、未来が悲鳴を上げる。
とっさに未来を背後に回し、腕で顔を覆う。
波動は次第に収まり、腕ごしに視線を戻す。
川面の上には不気味なオーラを放つ、魔術師風の男が浮かんでいた。