quarrel
昼休み。
パンで食事を済ませ、特にする事もなかったので坂田とデーヴの三人で、教室でくつろいでいた。
遥は少し離れた所でクラスの女子達と談笑している。
昨日の事が嘘だと思うぐらい平和だった。
「そういやさ、今日ウチに寄ってけよ。未来も来るから」
坂田の提案に一瞬リザの事が頭をよぎる。
できるなら早く帰りたかったが、こと女に関してはコイツは勘がいい。
下手に断ると怪しまれるだろう。
(平日だし、それほど遅くもならないだろ。夕方くらいに帰ればいいか……)
「まぁ、別にやる事もないから構わないが」
いつもの素振りでそう答えた。
特に坂田に反応は見られない。勘付かれてはいないようだ。
「美奈・未来コンビがいるなら、拙者が行かなければ始まりませんな」
デーヴも参加の意思を伝える。
ちなみに美奈というのは坂田の小学生の妹で、未来はその親友だ。
「遥も誘おうぜ。みんなで集まるのも、久々だからな。オーイ、遙ーっ!」
坂田が教室の真ん中で、クラスの女子たちと話している遥を呼ぶ。
話をしていた女子たちに断りを入れて、遙がこっちにやってくる。
「何よ泰介。そんな大声で呼ばなくても聞こえるわよ」
「今日、みんなでウチに集まるんだけど、遥も遊びに来ない? 美奈と未来も遥に会いたがってるしさ」
「えっ、美奈と未来も来るの? うん、行く行く」
坂田に呼ばれてやや不機嫌そうな遥だったが、美奈と未来の名を聞いて、二つ返事で快諾する。
遙は二人の事を、妹のように可愛がっていた。
また美奈と未来の方も、遙の事を姉のように慕っているので、三人とも仲はとても良かった。
「よし。じゃあ学校が終わったら、みんなでボクの家までダッシュだ!」
「なぜにダッシュ?」
デーヴが尋ねる。
「少年老い易く学成り難し、っていうだろ」
「アンタ、それ意味わかって言ってるの?」
……なんか既視感が。。
「少年はすぐおじいちゃんになるから急いで生きろ、学問は難しいからするな、時間の無駄って意味だろ☆」
『…………』
ドヤ顔でポーズを決める坂田を白い目で見つめる一同。
中国の学者もあの世で泣いているに違いない。
「坂田氏……もう無理して難しい日本語を使うのはやめなされ……」
ハーフのデーヴが目に涙を浮かべて坂田の肩を叩く。
「平和ね……」
「ああ、平和だ……」
遥のつぶやきに答える。
その時、教室の扉が開いて、廊下から三人組の男子生徒が現れた。
「藤上さ――ん!」
連中の一人が爽やかな声を出して手を振る。
そして三人並んでこちらの方に歩いてきた。
連中を見たデーヴが、あたわたと首を振りながら脂汗を流し始める。
どうもアイツらのリア充オーラが苦手らしい。
坂田はといえば、明らかに不快な表情を浮かべている。
気付けばクラスの他の男子までもが、何人か似たような表情をしていた。
そんな視線など気にもせず、三人組は遙の前までやってきた。
(それにしても最近よく来るなコイツら…)
この三人の名前は、確か、……田中、佐藤、鈴木……だったか。
それぞれがサッカー、バスケ、テニス部に所属していて、中学では結構有名な選手たちだったようだ。
そしてそのルックスと実力から、入学当初より女子の間で「イケメン三人衆」と呼ばれ、噂になっていると聞く。実際、クラスの女子の何人かは、ヒソヒソと話し合いながら、好奇の目を向けている。
「藤上さん、ちょっといいかな」
男共には目もくれず、田中が遙に話しかける。
「うん、どうしたの田沼君?」
……田中じゃなくて、田沼だったらしい。
どうもあまり関心のない人間の名を覚えるのは苦手だ。
「いや~なんかさー。昨日の件で不安になっている生徒たちへの対応と対策? について、生徒会がクラス委員を集めて、緊急会議を開くみたいだよ~。だから、HRが終わったら一緒に生徒会室に行かないかい?」
グッ、と意味もなく親指を立て、田沼が白い歯を見せて笑う。
ちなみに遥はウチのクラスの委員だ。クラスのみんなに推薦されて選ばれた。
「あれ、D組のクラス委員って、田中君じゃなかったっけ?」
そっちが田中かよ。ややこしい。
「うん。藤上さんがクラス委員って聞いたんで、代わって貰ったんだ~」
「俺も俺も! 俺も代わって貰ったよ~遥ちゃん!」
背の高いバスケ部の佐藤が身を乗り出してアピールする。
「遥……ちゃん?」
その佐藤の言葉に、坂田が引きつったような顔で反応した。
「……あ? なんだよ?」
声が聞こえたのか、佐藤が上から見下ろすように坂田を威圧する。
坂田も負けじと睨み返し、二人の間に険悪な空気が流れる。
坂田はアホだが運動神経は意外にいい。
そして本能で生きてるような奴だから、自然喧嘩っ早くなる。
だが、この体格差では不利だろう。
とりあえず坂田を制止する事にした。
「どうどう、坂田。ステイ!」
「犬かっ!!」
「木村もやめようね~。暴力はよくないよー」
田沼も佐藤、じゃなくて木村を止める。
……っていうか、一文字も名前合ってねえし。。
「ええっと……その集まりって、今日じゃないとダメなのかな?」
空気を察して、遙が話題を変えようとする。
「そりゃまぁ、大事な会議だしねー。うんうん」
田沼に合わせて、他の二人も申し合わせたように肯く。
「ちょっと待てよ! 遙はボクたちが先約なんだ。勝手に連れてかれたら困るだろ!」
「悪いけどこっちは急用なんだ。遊びの用事なら、また今度にしてもらえるかな?」
小馬鹿にしたような顔で田沼が坂田を見る。
「遊びって決めつけるなよ。こっちも大事な用なんだぞ!」
「さっき遊びに来いとか言ってなかったか?」
「お前どっちの味方だよ!?」
坂田犬が俺に向かってキィィっと吠える。
「……ねぇ。キミらって、一体、藤上さんの何なの? いつもよく一緒にいるけど、中学からの友達か何かかな?」
テニス部の鈴木(?)が、うざったそうな目付きで俺たちを見て尋ねてくる。
「中学どころか、小学時代からの付き合いだよ。どうだ! まいったか!」
まいったか! とかいうお前に参ったよ。
「ふーん。幼馴染、ってわけなんだー」
田沼が品定めをするように、俺、坂田、デーヴを順に見る。
そして、品定めが終わると、最後にフッと軽く笑いやがった。
……自信過剰な奴だなー。女子の間じゃ、こういう男が人気あるのか。
「もしかして、この中に彼氏とかっているの?」
バスケ部の佐川が、遥に向かって尋ねた。
「ちょっと佐川君……」
遙が眉をひそめる。
「うーん。もしかして、キミかな?」
田沼が指さす。
『えっ』
坂田だけでなく、クラス中の人間が驚きの声を上げる。
「さっき佐川が藤上さんを名前で呼んだ時に、反応してたしねぇーって、君どうしたの?」
田沼が近くにいたクラスの男子に声をかける。
見ると、何かを堪えるように身悶えていた。
「す……すまん、急に腹が………。くっ……そ……こんなんで……」
その男子―前田君は、そう答えると腹を抱えて笑い始めた。
後ろからはデーヴだろう、ぷぷぷ……という声が漏れている。
気付けば、クラスのあちこちから失笑が聞こえてくる。
「えっ、な、なに? これは? なんか俺、変な事言った?」
「なんか知らんが、地雷を踏んだっぽいぜ……?」
「何このクラス……ちょっとこわい……」
予想外の展開に、田辺たちがオロオロと戸惑う。
「違うわよ!!」「違うわい!!」
顔を真っ赤にして、遥と坂田が否定する。
「クックック……お主らには、遙氏とアブノーマル坂田氏が、恋仲に見えると?」
プププ……と、笑いを堪えながら、デーヴが三人に尋ねた。
「えっ、この人って、そんなに危ない人だったの?」
「お、俺は最初から、危ない脳ミソをした奴だな、と思ってたぜ……!?」
「ぼ、僕もそう思ってたよ! いかにも危脳丸ってカンジだし」
『…………』
(……こ、こいつら……まさか坂田と同じレベルだったとは……)
クラスからは笑いが巻き起こり、3人に好奇の目を送っていた女子たちまで、笑っていた。
「えーと、とりあえず何の話でしたっけ?」
完全に自分の優位性を悟ったデーヴが、落ち着いた態度で話を戻そうとする。
「生徒会の会議だろ。行って来いよ、遙。仕事なら仕方ないだろう。美奈と未来には、俺たちから言っておくから」
「言われなくても行ってくるわよ!」
俺の言葉に怒ったような顔をして、遙がそっぽを向く。
「……そういう事だ。これでいいか?」
「あ、あぁ……じ、じゃあ藤上さん、また後で」
毒気を抜かれた顔で、遙の前から去っていくイケメン三人衆。
「……ちょっと待った。聞きたい事がある」
思い出したように三人の後を追い、一人の肩を掴む。
「ひっ、な、何……?」
「お前、名前は?」
「す、鈴木だけど……?」
「……そうか。悪かったな、呼び止めて。行っていいぞ」
鈴木に向かってニヤリ、と笑う。
「ひっ」
怯えるように教室から出ていく鈴木。
どうやら一人だけは合っていたようだった……名前。
◇
帰りのHRは、昨日の竜の襲撃の件に関する話などもあり、いつもより時間がかけられた。
明日、体育館で臨時集会が行われるという事も伝えられる。
「いやー長かったねー。さぁ帰ろうか」
そう言って、坂田がデーヴと一緒にやってくる。
クラスの連中も銘々に、話をしたり教室を出たりして、ガヤガヤと賑わっていた。
遙の方を見ると、いつの間にかクラスに入ってきた田沼たちと話している。
しかし、どことなく遙の表情が重い。少し元気がないようだった。
俺に見られている事に気付いた遙が、なぜか頬を膨らませる。
(なんだよ……さっきの、俺のせいか?)
そう思いながらも手を軽く上げ、「頑張れよ」と目で伝える。
それを見た坂田も、遥の方を向いて手を振った。
「遥――――っ! 頑張って来いよ――――!!」
応援団のような坂田の声援に、田沼たちがビクっとした目をこちらに向ける。
遙はため息をつきながらも、軽く手を振り返して教室を出て行った。
「それじゃ俺達も行くか」
「はいな!」「ふむ。出陣の時ですな」
銘々に鞄を抱え、俺達も教室の扉へと向かった。