school life
「ちくしょぉぉぉー! 間に合えぇぇぇーー!!」
朝の道路を必死になって走る。
(腕輪の力を使うか? しかし、こんな人通りの多い場所で……)
道路の脇を歩くサラリーマンやオバちゃん連中を見る。
皆、必死なって走る俺の姿を見て笑っていた。
ぶちっ!
(お前らは俺を怒らせた)
腕輪に向かって念を送る。
「見せてやるぜえええーーっ! 今の俺の力をな!!」
念に呼応した腕輪の力が発動し、流れる景色が急加速する。
「うおおおあーーあああーーーっ!!?」
雄叫びが途中から悲鳴に変わる。
速過ぎる!
車のスピードをはるかに超えた俺の姿を、横で走るドライバーが唖然として見ているのがわかった。
「キャっ!?」
目の前には、驚愕の表情で立ち止まるОL女子が。
ぶつかる……!!
「キョエエエーー!!!」
「キャアアアーー!!!」
奇声を上げる俺とОLの悲鳴が交錯する!!
そして――俺は皆の視界から消えた。
「なっ!?」 「一体どこに!?」
驚きの声を上げて辺りを見渡す通行人たち。
「ここだよ……」
誰の耳に届く事もなく一人つぶやいた。
そこは通りに並ぶ小さなビルの屋上だった。
ぶつかる直前にジャンプして…気付いたらここにいた。
(下手に使うのは危険だな……)
人目の付かない裏手に回り、俺は普通に走る事にした。
◇
なんとか学校に間に合い、自分の教室へと向かう。
教室に入ると、暗い表情の者、興奮して話す者、様々だったが、どれも昨日の事件について語っているようだった。
自分の席に着くと、疲労と気疲れが押し寄せ、ドッとなって机に突っ伏して寝た。
……もっとも疲れてなくとも、毎日同じ事をやっているのだが。
しばらくの間、目を閉じて寝ていると、誰かが肩を叩く。
(誰だ、俺の休息を邪魔する奴は。滅びるがよい)
そう心の中で思って無視していると、今度は身体を揺さぶってきた。
「ちょっと! 起きなさい! 起きなさいよ、セナってば!」
身体を揺さぶりながら、女子の声が自分の名を呼ぶ。
(今日は女難の相でも出てるのか……)
仕方なく顔を上げると、女生徒と二人の男子が並んで立っていた。
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ! 昨日からずーっと電話してたのに、まったく出ないから心配してたのよ!」
「……昨日はそれどころじゃなかったんだよ」
今日もだけど……と心の中で思いながら、再び腕の中へ顔をうずめようとする。
「はぁ……まったくアンタってヤツは……」
頭を押さえながら、目の前の女生徒――藤上 遥はため息をついた。
長く綺麗なライトブラウンの髪に、全体的にすらっとした体型。
それでいて、その胸部には思わず目が行きそうになるほど、豊かな膨らみがある。
だが、初めてこの少女を見る者は、身体よりも先にその驚くほど整った顔立ちに目を奪われるだろう。
(リザもだが、コイツも大概だな……)
異性ながらも、軽く嫉妬してしまう。
この見た目に加えて成績優秀、スポーツ万能、人の面倒見もいいときたもんだから、周りの人気も総じて高く、高校入学当初から早くも学年の間で噂されていた。
どうしてそんな奴が、自分みたいに冴えない男に話しかけてくるかだって?
それは単にコイツが幼稚園時代からの腐れ縁で、お節介焼きの性格だからだろう。
「まったく。いくら友達が少ないと言っても、自分の電話ぐらいはチェックしてほしいものだね」
二人の男子生徒の内、中背中肉で茶色がかった髪の男子が話しかけてきた。
自分ではカッコいいと思っているのか、どこか気取ったポーズを取っている。
「友達が少ないお前に言われたくないな」
「友達が少ないのはお前だろ」
「いや、お前だ」
「んなワケあるかっ! お前の友達ってボクらぐらいしかいないじゃん!」
茶髪がムキになって反論する。
「誰がいつ友達になった」
「えっ?! ボクらって、友達じゃなかったのかよ!?」
この友達がいない男の名は坂田泰介。
コイツとも小学1年からの長い付き合いになる。
「まぁ坂田氏を友達というのは、抵抗がありますからな」
もう一人の、かなり横幅の広い体型の眼鏡男子が、ヤレヤレといった顔で話しかけてくる。
コイツの名はデーヴ。本名はデーヴィットというらしい。
父親が日系のアメリカ人で、一応ハーフとも言えなくもないが、見た目はまんま日本人だ。
日本のオタク文化をこよなく愛する男で、コイツとは小学2年時、米国から転校した時に知り合った。
「デェェーーヴ!! お前までボクを見捨てるのか!? 抵抗があるって何だよ! 無駄な抵抗はやめろ!!」
友達のいない坂田が必死になってデーブの身体を掴む。
「ちょ、坂田氏、やめっ! アッー!」
デーヴの悲鳴に、クラスの連中が注目し、怪訝な顔をしてヒソヒソと話を始める。
「……入学早々、妙な誤解が生まれる前にやめとけ」
「なんだよ妙な誤解って! ボクは至ってアブノーマルだよ!」
クラスの生徒たちから、やっぱり……という声が聞こえてきた。
「泰介……アンタ、アブノーマルの意味わかって言ってる?」
遥が呆れた顔で問いかける。
「そんなの簡単だよ! ……アブナイ、NO、マルの省略だろう?
アブナイNOマル。危なくないのはマル、つまり大丈夫とか正常って意味だ。あんまりボクを馬鹿にするなよ!」
『………………』
どん!
という効果音が見えてきそうな坂田を一同が白い目で見る。
「バカというよりアホね…」
「それがコイツのノーマルだからな」
「坂田氏、これからはアホ脳丸と名乗ってはいかがですかな?」
「アホNO丸か。ふっ、確かに。ボクにふさわしい言葉かもしれないね」
デーヴの嫌みを理解していないアホの坂田が、髪をかき上げて悦に入る。
「それはそうと、昨日のニュースは見ましたかな?」
閑話休題。
ツッコむのも億劫になったのか、デーヴが話題を変えてきた。
「……見た。というより間近で見た……」
昨日の事を思い出し、憂鬱な気分になる。
「マジかよ、すっげー! ってかあんなトコまで見に行って、よく無事だったな!」
……コイツと俺のテンションの違いはなんなんだろうか。
悩んでる俺が馬鹿みたいだが、コイツと比べて自分を馬鹿だなんて、死んでも思いたくない。
「またアンタはそんな危ない所に行って……」
遥が注意するような目で見てくる。
「俺が行ったワケじゃない。向こうが来たんだ」
「? どういう事ですかな、それは?」
疑問に思ったデーヴがたずねてきた。
(……どう言やいいんだ?)
たまたま気まぐれで行った海で、人生について考えようとしていたら、異世界が開いてドラゴンが飛んできました~ついでに物凄い美少女がついてきました~
とでも言うのか?
「………………」
とりあえず、余計な誤解を招きそうな後半部分は伏せておこう。
「どうせアンタの事だから、気まぐれで海に行って、人生の事でも考えようとしていたら、あの怪獣に遭遇したって所でしょ」
……いくら幼馴染みだからってなんて女だ。
ふっふっふ、だが後半部分までは読めなかったようだな!
(……女を家に連れ込んだなんて知れたら、殺されるかもしれんな……)
黙っていよう。
俺は心にそう誓った。
「しかし、どうなってしまうんでしょうかな……これから」
「どうって、なるようにしかならないだろ」
不安げな表情をするデーヴに、やや投げやりな回答をした。
「わかってないなぁ。こういうピンチの時こそチャンスなんだよ!」
アホの坂田が会話に割り込んできた。
「チャンスって、なんのチャンスだよ」
無視するのも何なので、とりあえず坂田の言う事を聞いてやる。
「世界を救って、世界中の美女からモテモテ、ウハウハ! みたいな!」
案の上、水たまりも恥かしくなるような浅い答えだった。
「モテモテ、ウハウハて。おっさんかお前は」
「しかし、一体どうやって世界を救うんですかな? 相手は兵器も通用しない怪物ですぞ」
「うーん。口の中にダイナマイトを投げ込むとか?」
「口の中にミサイルを撃ち込まれていたが、平気だったぞ」
「えっ、そうなの。えーと、それじゃーうーん……すみません。やっぱりボクには無理です」
申し訳なさそうに深々と頭を下げる坂田。
「諦めるの早っ!」
ツッこむというより、デーヴが素で驚く。
「だから結局、国や自衛隊に任せるしかないんだから、なるようにしかならねーだろ」
俺の言葉に、坂田が反射的に噛み付いてくる。
「それでたくさんの人が犠牲になってもいいっていうのかよ!」
「……いや、いいわけね―けどよ。自衛隊でも手に負えない相手に、高校生がどうしろってんだよ。ってか、お前さっき自分で無理です、って言ったばっかりだろ」
自分の吐いた言葉のカウンターを食らい、坂田がたじろぐ。
「うっ……ま、まあそうだけどよ。気持ちだよ気持ち! 熱いハート! セナは気持ちからして後ろ向きじゃん。それじゃ、ダメだって!」
「うるせーよ矛盾単純バカ」
「バカ?! バカってなんだ! バカにバカって言う方がバカなんだぞバカ!」
「それだと自分で自分の事をバカだと言ってるぞ」
「えっ?」
「よく考えろ」
「えっ? えっ?!」
意味があるのか、ひーふーみー、と坂田が指折り何かを数える。
坂田に付き合うのも面倒になったので、頬づえをついて窓の外を見た。
外は、昨日の事がまるで遠い国で起こった戦争のように思えるぐらい、いつもと何も変わらない見慣れた景色だった。
いつもと変わらぬ日常。
いつもと変わらぬ仲間達。
本当にそうなのだろうか?
ふと窓に映った仲間達の姿が目に入った。
遙とデーヴは物憂げな表情で外を見ている。
やはりコイツらも心の中では不安を感じているのかもしれない。
一人、窓の姿の自分を見てポージングを決める坂田をのぞいては。
それぞれが無言で外を眺めている間に、始業のチャイムが鳴った。
「……あぁ、始まったわ。ホラ、アンタたちも席に戻りなさい」
チャイムを聞いて、遙が坂田とデーヴに、席に戻るよう促す。
三人が席に戻った後も、そのまま窓の外を眺めながら、昨日の事を思い出していた。
あの時は、自分が逃げる事しか考えられなかった。
立派な人間ならば助けを求める町の方に向かったのだろうか。
頭であれこれ考えていても、実際どう動くかは、その時になってみないとわからないものだ。
実際の自分はどうかと思っていたが、どうやら臆病者の方だったらしい。
だが、後ろ向きと言われようが、臆病者と罵られようが、それでいいと思う。
(そんなに簡単に、命なんてかけられるかよ……)
「後ろ向きには、後ろ向きなりの理由があるんだよ……」
昨日のリザの姿と言葉を思い出し、一人そう呟いた。