I will never say goodbye
日本を出てから1時間後、眼前に海に浮かぶ島が見えてきた。
「あれが浮遊空間……」
美奈が声を漏らす。島の周囲は話に聞いていた通り、ガラスのような半透明の壁で囲まれており、薄っすらと淡い光を放って夜の海を照らしている。
遙はその壁の手前にボードを空中停止させた。
「いよいよお別れだね……」
美奈がポツリと呟く。
「また……また遊びに来てね、リザ姉ちゃん……。絶対だよ……」
美奈と未来がリザに抱き付く。
「はい……いつかきっと……」
美奈と未来の頭を、リザが優しく撫でる。
美奈と未来が離れると、リザは坂田とデーヴの前に立つ。
「サカタさん、デーヴさん……お世話になりました」
坂田とデーヴに一礼をするリザ。
「何、礼には及びませんよ。紳士として当然の事をしたまでです」
坂田がキリっとした表情でリザを見つめる。
「変態という名の残念な紳士ですが」
「こんな最後で変態紳士とか言うかな!? 普通!」
クスッとリザが笑う。
「おおお……リザさんが笑ったよ!」
「これは我らの勝利」
「お二人ともいつも楽しい方でした。これからも皆さんを楽しませて下さい」
「もちろんですとも!」
「合点承知の助!」
ドン! と胸を張る坂田とデーヴ。リザが再び礼をして坂田とデーヴの前を離れる。
次にリザは遥の前に立った。
「リザ……」
「ハルカ……短い間でしたけど、あなたという大切な友人ができた事を、嬉しく思います」
「うん……うん……元気でね……」
涙を浮かべながらリザを抱きしめる遥。リザも遥の身体をしっかりと受け止める。
最後に俺の前に来る。
「……………………」
「……………………」
リザと無言で見つめ合う。
……こういうのは苦手だ……だけど……言わなければ……。
リザは、こちらを見て、じっと言葉を発するのを待っていてくれている。
軽く深呼吸して、心を決めた。
「こんな所に来てまで何だけど……」
「……はい」
「……本当は止めたい」
「…………」
……リザの住む世界は、俺たちの世界とは違う。きっと帰ればまた、様々な危険や困難、そして戦いの日々が待ち受けているだろう。みんなの手前、口に出しては言わないが、本当にまた会えるという保証なんて……どこにもない。
独りよがりな本心を言えば……この世界に残って欲しかった。
「……だけど、行くんだな」
「……はい。……守りたい人たちがいますから」
わかってる。こう言われる事はわかってた。それは何にも代えられない思いだから。
では、もう伝えなければならない。
「……じゃあ、一つだけ言わせてくれ……」
「……はい」
「…………命を……助けてくれて……ありがとう……」
やっと言えた。
言える機会はいくらでもあった。だが軽々しく口に出したくはなかった。
……それほど自分にとっては、重く、大事な事だったから。
でももう伝えなければならない。伝えられなかった事を後悔するのはもう嫌だから……。
リザの目から一筋の涙が流れる。初めて見るリザの涙に戸惑った。
「リザ……?」
突然、リザが胸に飛び込んできた。
「……うっ……うっ……ううう……」
そしてせきを切ったようにむせび泣く。
……今まで溜め込んできた想いを吐き出すように……。
多分、自分にこの涙の理由を知る事はできないだろう。
彼女の涙は……それほど軽いものではないはずだから。
自分にできる事といえば、そのまま胸を貸す事ぐらいだった。
胸の中で泣く少女を、そっと労わるように抱く。
リザの華奢で、柔らな感触が身体の中に伝わってくる。
「……本当に…………ありがとう」
その言葉を聞いて、リザが泣きながら、身体を強く抱きしめてくる。
思わず抱きしめ返すと、リザが顔を上げる。
目の前にリザの顔が見える。涙に濡れたその瞳は青く輝く宝石のように美しかった。
互いに見つめ合う瞳に吸い込まれるように、顔が近付いていく。
「……コホン!」
突然遙の咳払いが聞こえ、我に返る。
「……ご、ごめん」
顔を赤くしながら、遙が謝る。
「ゲフンゲフン! すみませんな! 持病の咳が出てきましたぞ! ゲフンゲホン!!」
「ゲホゲボッ! ボクも喉に魚の骨がつまった! ゲボォア!!」
デーヴと坂田がわざとらしい咳をする。
「もう! いい所だったのに~」
美奈が、がっかりした顔をする。
未来は真っ赤な顔をして、ぷいっと、そっぽを向いていた。
……何だ?
仲間が騒ぎ立てたせいで、自分が何をしようとしていたのか忘れてしまった。
リザは涙をぬぐうと、少し気恥ずかしそうな顔をして、壁の前まで歩いていく。そして、
「……すみません。お騒がせしました」
ペコリと頭を下げて、壁の方に身体を向ける。そして小声で何かの言葉を呟くと、壁が人一人が通れるぐらいに開いた。
「それでは皆さん、大変お世話になりました」
リザは最後にもう一度、皆に深々とお辞儀をすると、壁の中に入っていった。
リザが壁の中に入ると、壁が再び閉じ、向こう側からリザが手を振る。
「……みんないい? そろそろ帰るわよ」
遙が仲間たちに声を掛ける。
「リザ姉ー! またねー!」
「絶対……絶対! また遊びに来てねー!」
美奈と未来が大声で手を振る。
「リザさん! 今度来た時はボクとデートしましょう!!」
「坂田氏は野獣です! 危険です! するなら拙者とランデヴー!!」
ボードが少しずつ壁から離れていく。
遙とリザが目で別れの挨拶した後、リザがこちらの方を向く。
――元気でな。
(はい。いつかまた……)
仲間たちを乗せたボードがゆっくりと、浮遊空間から離れ始める。
空間全体を見渡せる位置まで離れた時、全体を球体状に覆う壁が輝き出し、その表面に
青い魔法陣が浮かんで回り始める。
夜の空と海を、青く輝く球体が幻想的に照らし出す。
その光景を仲間たちと息を飲んで見守る中、この世界と向こうの世界を結んでいた球体は、一際大きな光を放ち、
―――――そして消えた。




