dead or alive
巨竜の出現に、パーク全体から悲鳴と叫び声が上がって騒然となる。
この辺りからも、様々な怒号や叫び声が飛び交って聞こえてくる。
「セナー! 遥ー! リザさーん!!」
坂田が三人の名前を呼びながら駆け寄ってきた。その後に美奈と未来、一人ハァハァと息を荒げながらデーヴが続く。
「セナが一番ひどいな。デーヴ、セナを運ぶぞ! 美奈と未来は遥とリザさんを!」
坂田が皆に指示を出していく。
「大丈夫?! 二人とも?」
駆け寄った美奈が、遥とリザに訊ねる。
「私は大丈夫だから、二人もリザさんを支えてあげて」
「うん。わかった」
美奈が遥の反対側に回りリザを支える。未来も後ろに回ってサポートする。
「すみません……ありがとうございます」
青ざめた顔でリザが礼を述べる。遙たちに支えられてかろうじて立ち上がるが、その足元はふらふらとしておぼつか無い。
「大丈夫か、セナ。立てるか?」
「……悪いな……親友」
「またお前はこんな時だけ……。いいから早く逃げるぞ」
「とりあえず、あそこの木と植え込みに隠れて、状況を見ながら撤退しましょう」
坂田とデーヴが肩を貸して持ち上げた時、上空で光と熱が広がるのを感じた。
少し離れた所で爆発が起こる。
巨竜がいる上空を見ると、炎と火球を吐き出し始めていた。
「ヒィィー! は、早く行こうぜ!」
「い、イエッサー!」
坂田とデーヴが俺を担ぎながら走り始める。リザを支えながら遙たちもその後に続く。
そして、近くにある大きな木と植え込みの影に、全員で身を潜めた。
「向こうは、まるでもう火の海だね……」
「こちらの方も狙われるのは時間の問題ですな。早く逃げましょう」
植え込みの間から、様子を伺っている坂田とデーヴが小声で話し合う。
パーク内のあちらこちらで、逃げ惑う人々の悲鳴と叫び声が聞こえてくる。
……しかし、あんな軍でも勝てないような怪物と一体どうやって戦えば……しかもこんな状態の体で……。
疲労と出血と恐怖で、意識が圧迫され、呼吸が荒くなってくる。
「……私行ってくる。みんなはアイツに見つからないように逃げて」
叫び声のする方向を、いたたまれない表情で見つめていた遙が立ち上がった。
「ええっ!!」
「遥氏?!」
坂田とデーヴが驚いて、遙の方を振り返る。
「ちょっと、何言ってるのハル姉! いくらなんでもあんなのに勝てるワケないよ!!」
「別に勝つつもりなんてない。でも被害を抑えるくらいは……できると思う」
「で、でも何も遥姉ちゃんが行かなくても……!!」
未来が目に涙を浮かべて、必死に遙を止めようとする。
「リザさんもセナも満足に動けない今、アイツと戦えるのは私だけだから。私が行かないと、きっとたくさんの人たちの命が危ないの」
「で、でも……!」
尚も食い下がろうとする未来の頭に、遙が手を乗せて撫でる。
「わかって…未来。誰かがやらなくちゃいけないのよ」
そう言って優しく微笑む。
「……無茶です……。とても一人で戦える相手ではありません……」
「そ、そうだ……。お前が行くくらいなら、俺が行く……」
そう言って、リザと二人、よろよろと立ち上がる。
「そんなへっぴり腰二人に来られても迷惑なだけよ」
遙が呆れ顔で見下ろしてくる。
「大体こんな傷で戦えるワケないでしょ」
遙が俺の傷口に触れる。
「……ッ!!」
傷の痛みに思わず声を漏らす。
「バカ……無茶ばっかりして」
遙が身体を優しく抱きしめてくる。
「……な、何を……」
「さっきは、ありがと。……ううん、いつもありがとね。今度は私がセナを守るから……」
耳元で遙がそっとささやく。
「は、遙……?」
身体から離れ、遙が走り始めた。
「アンタたち、みんなを頼んだわよ!」
通り過ぎざまにバシバシと坂田とデーヴの身体を叩く。
「あいたッ!」
「ちょ、遙!!」
二人の呼びかけに振り返る事なく、遙は空気の台に乗って大通りまで滑走して行った。
大通りに辿り着くと、遙が前に腕を突き出す。
宝珠が今までにないくらいの輝きを放ち、遙の前で大気の渦が巻き起こり始める。
渦は次第に大きくなり、雲にまで届かんとする巨大な竜巻となった。
「ハァァァ―――ッ!!」
遙の掛け声と共に、竜巻がうなりを上げて巨竜に襲いかかる。
ガアアア――ッ!
竜巻に巻き込まれて、天高く舞い上げられた竜が猛る。
しかし態勢を立て直した巨竜は、遙の方に向かって巨大な火球を撃ち出した。
「いやっ! よけて!!」
未来が顔を手で覆って悲鳴を上げる。
だが遥は逃げる事もなく、両腕を火球に向けて突き出し、両手から放たれた突風の渦が、火球に激突して炎をかき消していく。
グルル……
巨竜は息を吸い込むと、今度は火球を連続して放つ。
幾多もの火の球が宙を翔けていくが、遙の放った大気の砲弾で次々に撃ち落とされる。
「すげえ、遥! あんな怪獣を相手に互角に渡り合ってるよ!!」
坂田が興奮して歓声を上げる。
たしかに神器たる宝珠の力は凄まじい。
だが結局、有効打となるものがない遙は、防戦一方になるしかない。
対して、竜の方は一撃でも遙に入れればそれで終わりだ。
時が経てば、遙の圧倒的不利は、火を見るより明らかになるだろう。
「……リザ、あの化け物に弱点はないのか?」
「……前にもお話ししましたが、あの竜の最大の脅威は、もはや神域にも達しているとも言える、絶対的な防御の力です。魔法防壁と肉体の装甲で、あらゆる攻撃は防がれ、弾かれてしまいます。魔法と肉体、両方の障壁を打ち破る事ができない限り、あの竜を打ち破る事は敵わないでしょう」
「…………逆に言えば、あの装甲を破れば勝ち目はあるのか?」
「はい。竜の装甲こそが魔力壁の発生源となっていますので、それさえ破る事ができれば、そこから魔法を体内に流し込む事は可能です。……ですが最強を謳われた聖剣や魔剣を用いても、竜の装甲を破壊する事はできませんでした」
……それでも、なんとかしなければ、遙やみんなの命が……。
竜と遙の戦闘に目を戻すと、炎が効かないと悟った竜が、翼をはためかせて遥の方へ急降下していた。
遙は竜巻や砲弾を繰り出して迎撃しようとするが、竜巻は回避され、砲弾はものともせず、竜に接近を許してゆく。
マズい……さすがにあの巨体の直撃を喰らったら、風ではガードしきれないだろう。
「……坂田、デーヴ。みんなを連れて離れろ」
「離れろって、お前はどうするんだよ……」
「遥を助けに行く……」
「助けに行くって……そんな身体で……」
「……頼む」
「セナ……」
巨竜が地震のような地響きを立てて、遥の近くに着地する。
上空で見上げていた時とは比べものにならない巨体の威圧感に、かつての恐怖がよみがえる。
もはや生物のレベルではない。戦艦相手に戦っているようなものだ。
だが、間近で見ている遥は、自分の比ではないはずだ。
竜は頭や尾を振り回して、遙に牙を剥き、あるいは巨体で叩き伏せようとする。
周りの建物や施設が、大砲のような巨竜の打撃を食らい、いとも簡単に粉砕されていく。
空中を飛翔し、それらの打撃を回避した遙は、竜の全身に大気の砲弾を浴びせた。
大気の衝撃音が連発し、竜が苛立つように唸りを上げる。
打撃では捕えられないと思ったのか、竜が胸を反らし、再び炎を吐き出す態勢に入った。
しかし、竜が口を開けて吐き出したのは炎ではなく、霧状の息だった。
(……なんだあれは。毒ガスか何かか?)
竜の予想外の行動に、一瞬頭の中で疑問が湧く。
遙の生み出した風によって、霧は辺り一帯に拡散していくが、竜は尚も霧を吐き続け、周囲を霧状の雲が覆う。
嫌な予感が脈打ち始める。
(――まさか……)
「いけない!!」
リザが突然声を上げた。
「力強き神々の光よ 我らに加護を!!」
リザが短い呪文を唱えると、遙、そして仲間たちの身体を青い光の球体が包み込む。
なんだと思ったのも束の間、竜の口から炎が漏れた次の瞬間、竜を中心に巨大な炎の爆発が起こる。
不可視の衝撃波が、近くにいた遥の身体を、そして周囲の建物を崩壊させながら、俺たちの身体を吹き飛ばし、大地を揺るがすような爆発音が辺りに轟いた。




