darkness
「……フン、できるかな? この前と同じだと思うなよ!」
人狼が吠えると、首のあたりから赤い気焔が湧きだし、その身体を包んでいく。
……なんだ、と様子を見ている内に、人狼の身体は巨大化していき、焔が収まった時には、4メートルほどもある巨大な熊のような怪物が、目の前にそびえ立っていた。
腕は大木のように巨大で、爪の1本1本が大人の腕ほどもある。
「なんだ……これは……?」
「おそらくはあの竜と同じです。 肉体を強化するタイプの魔導器を身体に取り付け、人の精神エネルギーを集め続けていたのでしょう」
リザが横から教えてくれる。
人の精神エネルギー……恐怖……供給。さっき人狼が言った言葉を思い出す。
後方を見たが、まだみんな出口まで辿り着けていない。
「……二人とも、準備はいいか」
「できてない、って言ってもやるしかないでしょう」
冷や汗を流しながら遙が苦笑する。リザは後方に下がり、呪文の詠唱を始めた。
巨獣が雄叫びを上げ、こちらに向かってくる。
圧倒的速度で迫りくる巨体に戦慄を覚える。
……だが、こんなヤツを二人に近付けさせるわけには行かない。
双剣を手にし、巨獣へと向かう。それに対し、巨獣がその長大な爪を薙ぎ払ってきた。
かろうじて剣で受け止めたが、予想を遙かに上回る力に、身体が押し流される。
「な……っ!?」
数メートルほど飛ばされてから、かろうじて着地した。
スピードは変身前とさほど変わらなかったが、パワー方は桁違いに上がっいた。
巨獣が次にリザに目を付ける。
(!! しまっ…!)
しかし、巨獣がリザの方に向かった時、リザの身体は広間の上の方に舞い上がっていた。
遙の方を見ると、腕を動かしながら、リザの飛翔をコントロールしている。
「四方氷結陣 ―(フリージング・スクウェア)」
空中で、リザの術が完成する。
巨獣の周りに魔法陣が展開し、その巨体が四角の氷の塊の中に閉じ込められた。
遙がリザの身体を俺のそばに着地させ、自身もこちらに駆け寄ってくる。
「やったの?!」
遙がリザに問いかけた。
「いえ、足止めにしかならないでしょう。それに――」
リザが言葉を言い終わらない内に、ホールの壁の一角が爆発する。
崩壊した壁の中から、不死の王と魔術師が姿を現す。
「ここにいたか! 随分探したぞ!」
魔術師が大仰に手を広げる。
不死の王は魔術師の前で、闇の双眸を不気味にこちらに向けていた。
「このデカブツに加えて、アイツらまでご登場かよ……」
「あの不死の王を相手にするには、ここでは不可能です。一旦外に出る必要があります」
リザの注意は完全に不死の王に向いていた。獣人よりも魔術師よりも、あの骸骨の方が危険ということか。
今の衝撃のせいか、上方からパラパラと石や砂が落ちてくる。
あんな奴らと俺たちがやり合えば、この建物は瞬く間に崩壊してしまうだろう。。
「ここでは不可能、という事は、外なら策があるのか?」
「はい。ただし、今度の魔法は準備にかなりの時間を要します。少しの間、時間を頂いてもよろしいでしょうか」
あの二体の化け物相手に、時間を稼げって事か……。
遙と顔を見合わせる。
「……やれるか?」
「だから、やるしかないんでしょう」
二体の化け物を睨みながら、遙が答えた。
「どれだけ持つかわからないが、努力はしてみる」
「すみません。お願い致します」
そう言うとリザは呪文を唱え始め、俺と遙の身体に手を触れる。
「聖なる光よ この者たちに 魔の心に抗う力を ―聖護抗光」
リザの手の平から生まれた温かい光が、身体の中に浸透していくのを感じた。
「これで、あの不死の王がもたらす災厄から、ある程度身を守れます。しかし、決して万全のものではありません。くれぐれも無理はなさらないで下さい」
「わかった」
「リザさんは早く外へ」
「はい。……ご武運を」
そう言ってリザは出口へと向かった。
時間か……リザなしで、どれぐらい持つだろうか……。
不安な気持ちで敵の出方をうかがう。
魔術師が氷の棺に閉じ込められた巨獣を一瞥する。
「ふん、情けない。不死の王よ、不甲斐ないわが軍の兵ですが、助けてやってくれますかな?」
骸骨の化け物は巨獣を閉じ込めた氷塊の横に、ゆっくりと移動し、その骨だけの手を、氷の塊にそっと触れた。
次の瞬間、四角の巨大な氷塊はドス黒い炎に包まれ、見る見る内に溶け出していく。
氷が解け、中に閉じ込められていた巨獣が、うめき声を上げながら、少しずつ動き出す。
「……助かったぞ、レグザール殿。さあ、共にあの小賢しい人間どもに、死の恐怖を味わせよう」
巨獣が、魔術師に向かって語りかける。
不死の王が真上に手を上げると、フードの中から、骨の腕が伸び始めた。
それを見て身構えるが、その手はこちらにではなく巨獣に向い、その頭を掴んだ。
「なっ! 何を!?」
驚きの声を上げる巨獣。
「ふはは、犬殿! 貴公が不甲斐ないので、不死の王が力添えをしてやるようだ!」
「き、貴様……ぐ、ぐああああ―――っ……!!」
苦悶する巨獣の身体を黒紫の煙が包み込み、腕がだらりと下がる。
「な、なに? 仲間じゃなかったの……?」
遙が予期せぬ事態に当惑する。
不死の王は巨獣から手を離すと、こちらの方に指先を向けた。
すると命令に従うかのように、巨獣が意識を失った目でゆっくりと歩き始める。
「ど、どうなったの……?」
「……事情はわからんが、どうやらあの骸骨が、デカブツを支配下に置いたようだな」
ホールで見た客のように、ゾンビのようなものにでもされたのだろうか。
「どうする……?」
「時間を稼いでくれと言われたんだ。……やるしかないだろう」
そう言って双剣を構え直す。
「奴らの身体の一部でも切り離せれば、ある程度動きを制限できるはずだ。俺が行くから、援護を頼む」
「……わかった、気を付けて」
「あぁ……」
双剣を構え、巨獣に向かって駆け出す。
幸い、骸骨の支配下に置かれてから、先ほどのような俊敏な動きはなくなったようだ。
これなら、もしかして自分一人でもやれるかもしれない。
巨獣がこちらに向かって、腕を振り上げる。だが遅い。
ガラ空きになった胴を双剣で切り付けると、二筋の交差した刀傷が巨獣の身体に生じる。
だが巨獣は全く気にもせず、振り上げた腕を叩き落とし、震動と共に、石床に亀裂が走る。
痛覚もなくなってるのか?
傷程度ではもう意味がないようだ。――――なら、
「ハァァッ――!!」
気合い一閃、剣を振り下ろし、床に叩き付けられた巨獣の腕を切断する。
音を立てて、巨大な腕が床に落ちる。
もう片方の腕も切り落とそうとした時、切り落とした腕の切り口から黒い炎のようなものが噴き出した。
(なんだ……?)
危険を感じ、巨獣から距離を置いて様子を見る。
巨獣の腕と落ちた腕の互いの切り口が、黒い炎で繋がり、落ちた腕が元の場所に引き寄せられるように上がっていき、切り取られた腕が繋がり始めた。
「なんだと……!?」
これが不死の王の力だというのか……!
「ははは! 素晴らしい! これぞまさに不死身の兵士というわけか! 犬殿もさぞかし光栄であろう!」
魔術師が高笑いを上げる。
しかし、その魔術師の首を不死の王が掴んだ。
「ふ、不死の王よ、一体……!?」
先ほどと同じように、黒紫の煙が魔術師の身体から吹き上がる。
「な、なるほど……。わ、私もそなたの眷属になれと……ク、ククク……だ、だが、これは好機……! 今ここで我が長年の望みを成就させてもらおう!」
印を切り、魔術師が呪文を詠唱する。
「虚無より出でし すべての闇よ 我が魂をもて 我汝と共にあらん……
『闇界融冥合 (ダーク・アシュミレーション)』」
魔術師の身体が闇の炎に包まれて燃え上がり、黒紫の煙の中に消える。
黒紫の煙が不死の王に戻ると、今度は不死の王が苦鳴した。
『グ、グググッ……フフフ……ハーハッハハー!!』
苦しみの声がやがて高笑いに変わる。
声こそ違えど、それは魔術師が上げていたものだった。
「取り込んだ……? いや、骸骨があの男に取り込まれたのか……!?」
見た感じは今までの不死の王と変わらない。
だが、強さを増したオーラの波動が、先ほどよりも危険な存在になった事を告げていた。
本能が死の恐怖と逃避のサイレンを打ち鳴らす。
「セナ! 避けて!!」
呆然としている俺に、遙が叫ぶ。
後ろを見ると、遙がこちらに腕を向けていた。
ざわり、とした嫌な予感がして、慌ててその場を飛び退く。
刹那、空間が揺らめき、巨獣の身体が爆音とともに吹き飛んで壁を突き破る。
「なっ……!」
威力の凄まじさに、避けきれずに当たっていた時の事を想像して、身震いする。
だが、骸骨の化け物は巨獣が吹き飛ばされた事など意に介した風もなく、ローブを揺らめかせながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
遙が今度は魔術師と同化した不死の王に腕を向け、衝撃波を放った。
だが直撃を受けてなお、何事もなかったかのように不死の王は平然と立っていた。
「ど、どうして……?」
困惑する遙に、不死の王が腕を向ける。
骨だらけの手の先に生じた黒い魔法陣から、巨大な氷柱が出現し、遙に向かって一直線に飛んだ。
「くっ!」
飛来する氷柱に向けて、遙が大気の砲弾を放ち、空中で爆散した氷塊が辺りに飛び散る。
「……!!」
(なんて戦いだ……!!)
間髪を入れず、不死の王から放たれた電撃が、うねりを上げて遙を襲う。
まずい。電撃相手だと遙の扱う風や大気では……
案の定、大気の砲弾や風など物ともせず、龍のような電撃が遙にせまる。
「遙っ!!」
腕輪の力で加速し、遙の身体を抱き抱えて攻撃を回避した。
だが、電撃は尚も後を追ってくる。
(くそっ! どうすれば……!?)
電撃がすぐ後ろに迫ってきた時、突然左の腕輪が輝き出し、左腕に大きな盾が現れる。
(盾にもなるのか……!)
とっさに遙を降ろし、盾を構えて電撃を受け止めた。
盾の前で電撃が弾け、辺り一帯に放電する。
電撃が通用しなくなった事がわかると、骸骨の化け物が電撃を放つのを止める。
―今しかない!
再び双剣を手にし、高速で骸骨の懐に踏み込んで、フードに覆われたその身体を手当たり次第に、双剣で切り裂いて分断した。
だが、その分かれた身体は一片も床に落ちる事もなく、互いに黒炎で引き寄せ合い、ゆっくりと元の位置に戻り始める。
……予想はしていたが、やはりダメか……。
強力になった不死の王相手では、もはや俺の神器ですらダメージを与えられなくなっていた。
そんな事を想っていると、突如、黒炎がこちらに伸び、わずかに腕の一部に触れた。
腕からドス黒いオーラが入り込んで頭の中で渦巻く。
(……な、なんだコレは……?!)
人の憎しみ、悲しみ、怒り、絶望、後悔、そういった人の負の感情が自分の中で入り乱れ、
心を浸食し始める。
黒い炎が渦巻く中に、母と妹の姿が見えた。
二人は黒い闇のような目をこちらに向け、その中に引き込もうとしている。
……ここは冥界か何かか…………いや、これは自分自身の心の闇……か……。
自分の中の感覚が、そう伝えてくる。
……制約と呪縛……俺の心はそんな思いに支配されていたのか……。
……母さん、愛奈……。
その時、光が辺りを照らし、黒い炎が消え去り始める。
「……ナっ!! セナっ!!」
名を呼ばれて我に返ると、目の前に遙の顔が見えた。
辺りを見渡すと、不死の王はまだ身体の再生をしている途中だった。
長く感じていたが、どうやら一瞬の事だったらしい。
おそらくは遙が風の力で、身体を化け物から引き離してくれたのだろう。
さっき見えた光はリザの魔法のおかげか。
「……また、お前に助けられたな」
「えっ、何の事?」
「……いや、なんでもない。それより、そろそろ俺たちも外に出るぞ。アイツは……俺たちじゃ倒せない」
「う、うん。わかった。……立てる?」
「大丈夫だ……行くぞ」
「待って。私が運ぶから」
そう言うと、遙が足場に大気の力を放出し、身体を浮かせ、流れるように出口まで運ぶ。
「……便利な能力だな」
「だいぶ使い方のコツがわかってきたみたい」
遙が扉の前で大気の力を解除し、地面に降ろす。
そして遙と一緒に扉を開けて、恐怖の城からようやく脱出した。




