fly to the sky
リザが魔法を解除した後、半時ほどみんなで歓談をしていると、
「もうこんな時間か。そろそろ帰らない?」
時計を見た美奈が、仲間に向かって聞く。
「そうだねー。じゃあ、あいちゃんに挨拶していこうよ」
未来の言葉に皆が頷いた。
仏壇のある部屋に集まり、一人一人焼香をしていく。
二人がこの家からいなくなってから、数年の歳月が流れた。
あの時抱いた、罪の意識と絶望は、子供だった自分の心には耐えがたいほど、重く、辛く、何もなければ、そのまま心が壊れていたかもしれない。
そうならなかったのは、ひとえにこいつらのおかげだろう。
(……いくら感謝しても、し過ぎる事は……ない。)
仲間が焼香を済ませ、仏壇の部屋を後にする。
最後に未来が、母と愛奈の写真に向かって笑顔で手を振るのを見てから、部屋の扉を閉めた。
「それじゃ、お邪魔しました」
玄関で靴を履き終わった美奈が、こちらに向かって一礼した。
他の者も靴を履き終えると、仲間たちと向かい合う形になる。
ふと遙の方を見た。どうもリザと最初に話してから、ずっと表情が曇っている。
「……リザ、遥と未来を送ってくるから、留守を頼む」
「承知しました」
美奈が遥を見て、何かを考えるような仕草をした後、未来に声をかけた。
「ねえ、未来、ちょっとウチに寄ってかない? 見せたいものがあるんだ」
「うん、別にいいけど……」
「では小生もお供しましょう。ミク殿の帰りは小生にお任せあれ」
「と、いうワケだからさ、セナ兄はハル姉を頼むね」
「そうか? じゃあ未来を送るのは頼むな」
「うん。任されたよ。みんなで送るから」
美奈がドン、と胸を叩く。
◇
家の前で坂田たちと別れ、遥と二人で夕方の住宅街を歩いた。
「どうした? さっきから元気がないみたいだけど」
歩きながら遙の方を向いて話しかける。
「うん……彼女、リザさんは、きっと色んな事があってここに来たんだろうな、って思って」
リザの真剣な表情に、目を奪われていた遙の姿を思い出す。
「それなのに、私はなんかつまらない事でヤキモキして、自分が恥ずかしくなったっていうか……私だって、危ない所を助けてもらったのに……」
「……しかたないだろ。今日ウチに来るまで、アイツの事なんて知らなかったんだから。
お前が悪い事なんて何一つないさ」
「うん……」
肯いたものの、まだ元気は出ないようだ。
「お前がつまらない人間じゃないって事は、俺が一番よく知ってるよ」
その言葉に遥が顔を上げる。
「というより、お前よりいい奴なんて俺は知らない」
「う、うん……ありがと……」
遙の顔が赤くなる。
「まぁ確かにお前が言うように、若い男と女が一つ屋根の下ってのはよくないだろうから、
親父に聞いてみて、どこか住める所を探してみるよ」
実際はそんな簡単な話ではないだろうが、顔の広い親父なら、何かあるかもしれない。
「……私も協力するよ」
「おう。ありがとな」
そう言って笑うと、遙もつられたように苦笑する。どうやら機嫌も少し直ったみたいだ。
……遙の機嫌が直った所で、どうしても一つ、聞いたみたい事があった。
「……なぁ、遥」
「な、何……?」
「……その、話があるんだが……ちょっと来てくれるか?」
「う、うん……別にいいけど……」
人目に付かない路地裏の建物の影に遙を連れて行く。
話を始めようと振り返ると、遙の顔は真っ赤になっていた。
「な、な、何……? こ、こ、こんな所で話って……」
「遙……」
「う、う、うん……」
遙が何かを期待するような目で見つめてくる。
「お前のその腕輪の力って、空とか飛べるのかな?」
「………………………………………。……ふぇっ?」
少し間が空いてから、空気が抜けたような声を出す遙。
「いや、風とか大気とか操れるんならできるんじゃないかなー、と思って」
そう言うと、遙の顔が再び赤くなっていくが、なんだか少し怒っているようだった。
「空なんか飛んで何になるのよ! 危ないだけじゃない!」
「わかってないなー。大空は男のロマンだろ」
「私は女よ! もうアンタって、どうしてこんな時に、そんな事しか考えてないのかしら!」
「まぁまぁ、そんな事言わずに。遙さん」
機嫌を損ねるとマズいので、なんとか笑顔でなだめようと試みる。
「……なにが遙さんよ。まったく……ちょっと試してみるだけだからね」
遙が手を俺の方に向けて、意識を集中させ始める。
ペンダントの宝珠が輝き出し、身体がグイッと持ち上がるのを感じた。
「おおお、すげえ!」
わずか10センチほどだが、確かに身体が地面から浮いている。
見えない空気マットの上に乗っているような感じだ。
「遥も乗ってみろよ!」
興奮して遥の手を掴み、自分の方に引き寄せる。
「ちょ、ちょっと!」
遙は慌てながらも、俺の身体に掴まって、空気の上に立つ。
「このまま上に持ち上げていけるか?」
「んー……なんかやれそうな気はするけど……やってみる」
足下で風が舞い起こり、土埃が吹き飛んでいく。
そして、ゆっくりと身体が上がっていくのを感じながら、自分たちの横にある、6階建ての建物の最上階の高さまできた。
ここまでくると、この辺りの住宅街を見渡せるぐらいの高さになる。
「スゲー! マジすげー!!」
「ちょっと、あまり大声出さないでよ。誰かに見られたら面倒でしょ」
「おっと、そうだな。悪い悪い」
あまりに感動して、少し興奮し過ぎてしまったようだ。
「持ち上げるコツはなんとなくわかったわ」
「マジかよ。さすがだな」
「そ、そんな事ないわよ。このペンダントのおかげよ」
「じゃあさ、今度は横移動もやってみようぜ」
「まだやるの?」
「まぁまぁ、これも神具っていうのを、使いこなす練習だと思って」
「しょうがないわね……」
静止していた視界が、ゆっくりと横に流れ始める。
「おお、動いてる、動いてる!」
「まったく、子供なんだから」
子供か……そういえば、なんだか子供の頃、遙たちと探検ごっこしていた事を思い出す。
何だかんだ言いながら、遙も足下を流れる街並みを、楽しそうに眺めている。
「遥、あそこ行ってみようぜ。あのビルの屋上」
視界の先に見える、この辺りで一番高い商業ビルを指さす。
「いきなりハードル上がりすぎでしょ!」
「いいから、いいから」
「もう! わかったわよ! 落っこちても知らないからね!」
「落ちそうになったら、俺が守るから」
「な、何よそれ。……もう、行くわよ!」
そう言うと、移動のスピードが上がり、商業ビルのある方向へ向かっていく。
身体を吹き抜ける風と、眼下に広がる、無数の光が灯り出した夕暮れの街。
今まで味わった事もないような光景と体感に、身体が高揚していくのを感じた。
ライトアップされた商業ビルが近付き、そのビルの上へと視線が上がっていく。
「おおお――――!!」
高度が上がるにつれ、足下に見える街の景色も広がり出す。
そしてビルの屋上が見え、遙が屋上の壁の内側に、自分たちの身体を着地させた。
「ホント、すげえな……」
「そうね……すごい眺めだわ」
夕日と灯りに照らされた街を一望のもとに見渡して、遙が感想を述べる。
「いや、眺めもすごいけど、すごいのはお前だよ。たった一日でここまで使いこなすなんて。やっぱお前はすげーよ」
「べ、別に私がすごいわけじゃないわよ。ただ、頭の中のイメージをそのまま伝えたらこうなっただけ」
「またまたご謙遜を。まぁそういう事にしておこうか」
「……なによ。ふん」
遙が気恥ずかしそうに顔を逸らす。
しばらく遙と一緒に、眼下に広がる街並みを静かに眺めていた。
「……なぁ、遥……。俺たちって何かできるのかな、……いや何かすべきなのかな」
ふと心に抱いていた疑問を、遙に尋ねてみる。
「えっ。何かって?」
「いや、こんなすごいモノを神様から貰ったからには、普通の人ができない何かをしなきゃいけないのかな……って思ってさ」
この神具を持つまでは、本当に何もできなかったから、他力本願な発言もしていた。
だが、今は普通の人間にはできない事ができる……。
「……わからない。ただ、私たちにできる事があれば、そうすべきだとは思う」
「そう……だよな」
宵闇の街を見下ろしながら、俺は曖昧な返事をした。




