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fly to the sky

リザが魔法を解除した後、半時ほどみんなで歓談をしていると、


「もうこんな時間か。そろそろ帰らない?」


時計を見た美奈が、仲間に向かって聞く。


「そうだねー。じゃあ、あいちゃんに挨拶していこうよ」


未来の言葉に皆が頷いた。

仏壇のある部屋に集まり、一人一人焼香をしていく。


二人がこの家からいなくなってから、数年の歳月が流れた。

あの時抱いた、罪の意識と絶望は、子供だった自分の心には耐えがたいほど、重く、辛く、何もなければ、そのまま心が壊れていたかもしれない。

そうならなかったのは、ひとえにこいつらのおかげだろう。


(……いくら感謝しても、し過ぎる事は……ない。)


仲間が焼香を済ませ、仏壇の部屋を後にする。

最後に未来が、母と愛奈の写真に向かって笑顔で手を振るのを見てから、部屋の扉を閉めた。


「それじゃ、お邪魔しました」


玄関で靴を履き終わった美奈が、こちらに向かって一礼した。

他の者も靴を履き終えると、仲間たちと向かい合う形になる。

ふと遙の方を見た。どうもリザと最初に話してから、ずっと表情が曇っている。


「……リザ、遥と未来を送ってくるから、留守を頼む」


「承知しました」


美奈が遥を見て、何かを考えるような仕草をした後、未来に声をかけた。


「ねえ、未来、ちょっとウチに寄ってかない? 見せたいものがあるんだ」


「うん、別にいいけど……」


「では小生もお供しましょう。ミク殿の帰りは小生にお任せあれ」


「と、いうワケだからさ、セナ兄はハル姉を頼むね」


「そうか? じゃあ未来を送るのは頼むな」


「うん。任されたよ。みんなで送るから」


美奈がドン、と胸を叩く。



家の前で坂田たちと別れ、遥と二人で夕方の住宅街を歩いた。


「どうした? さっきから元気がないみたいだけど」


歩きながら遙の方を向いて話しかける。


「うん……彼女、リザさんは、きっと色んな事があってここに来たんだろうな、って思って」


リザの真剣な表情に、目を奪われていた遙の姿を思い出す。


「それなのに、私はなんかつまらない事でヤキモキして、自分が恥ずかしくなったっていうか……私だって、危ない所を助けてもらったのに……」


「……しかたないだろ。今日ウチに来るまで、アイツの事なんて知らなかったんだから。

お前が悪い事なんて何一つないさ」


「うん……」


肯いたものの、まだ元気は出ないようだ。


「お前がつまらない人間じゃないって事は、俺が一番よく知ってるよ」


その言葉に遥が顔を上げる。


「というより、お前よりいい奴なんて俺は知らない」


「う、うん……ありがと……」


 遙の顔が赤くなる。


「まぁ確かにお前が言うように、若い男と女が一つ屋根の下ってのはよくないだろうから、

親父に聞いてみて、どこか住める所を探してみるよ」


実際はそんな簡単な話ではないだろうが、顔の広い親父なら、何かあるかもしれない。


「……私も協力するよ」


「おう。ありがとな」


そう言って笑うと、遙もつられたように苦笑する。どうやら機嫌も少し直ったみたいだ。

……遙の機嫌が直った所で、どうしても一つ、聞いたみたい事があった。


「……なぁ、遥」


「な、何……?」


「……その、話があるんだが……ちょっと来てくれるか?」


「う、うん……別にいいけど……」

 人目に付かない路地裏の建物の影に遙を連れて行く。

 話を始めようと振り返ると、遙の顔は真っ赤になっていた。


「な、な、何……? こ、こ、こんな所で話って……」


「遙……」


「う、う、うん……」

 遙が何かを期待するような目で見つめてくる。


「お前のその腕輪の力って、空とか飛べるのかな?」


「………………………………………。……ふぇっ?」


 少し間が空いてから、空気が抜けたような声を出す遙。


「いや、風とか大気とか操れるんならできるんじゃないかなー、と思って」

 そう言うと、遙の顔が再び赤くなっていくが、なんだか少し怒っているようだった。


「空なんか飛んで何になるのよ! 危ないだけじゃない!」


「わかってないなー。大空は男のロマンだろ」


「私は女よ! もうアンタって、どうしてこんな時に、そんな事しか考えてないのかしら!」


「まぁまぁ、そんな事言わずに。遙さん」


 機嫌を損ねるとマズいので、なんとか笑顔でなだめようと試みる。


「……なにが遙さんよ。まったく……ちょっと試してみるだけだからね」


遙が手を俺の方に向けて、意識を集中させ始める。

ペンダントの宝珠が輝き出し、身体がグイッと持ち上がるのを感じた。


「おおお、すげえ!」


わずか10センチほどだが、確かに身体が地面から浮いている。

見えない空気マットの上に乗っているような感じだ。


「遥も乗ってみろよ!」


興奮して遥の手を掴み、自分の方に引き寄せる。


「ちょ、ちょっと!」


遙は慌てながらも、俺の身体に掴まって、空気の上に立つ。


「このまま上に持ち上げていけるか?」


「んー……なんかやれそうな気はするけど……やってみる」


足下で風が舞い起こり、土埃が吹き飛んでいく。

そして、ゆっくりと身体が上がっていくのを感じながら、自分たちの横にある、6階建ての建物の最上階の高さまできた。

ここまでくると、この辺りの住宅街を見渡せるぐらいの高さになる。


「スゲー! マジすげー!!」


「ちょっと、あまり大声出さないでよ。誰かに見られたら面倒でしょ」


「おっと、そうだな。悪い悪い」


あまりに感動して、少し興奮し過ぎてしまったようだ。


「持ち上げるコツはなんとなくわかったわ」


「マジかよ。さすがだな」


「そ、そんな事ないわよ。このペンダントのおかげよ」


「じゃあさ、今度は横移動もやってみようぜ」


「まだやるの?」


「まぁまぁ、これも神具っていうのを、使いこなす練習だと思って」


「しょうがないわね……」


静止していた視界が、ゆっくりと横に流れ始める。


「おお、動いてる、動いてる!」


「まったく、子供なんだから」


子供か……そういえば、なんだか子供の頃、遙たちと探検ごっこしていた事を思い出す。

何だかんだ言いながら、遙も足下を流れる街並みを、楽しそうに眺めている。


「遥、あそこ行ってみようぜ。あのビルの屋上」


視界の先に見える、この辺りで一番高い商業ビルを指さす。


「いきなりハードル上がりすぎでしょ!」


「いいから、いいから」


「もう! わかったわよ! 落っこちても知らないからね!」


「落ちそうになったら、俺が守るから」


「な、何よそれ。……もう、行くわよ!」


そう言うと、移動のスピードが上がり、商業ビルのある方向へ向かっていく。

身体を吹き抜ける風と、眼下に広がる、無数の光が灯り出した夕暮れの街。


今まで味わった事もないような光景と体感に、身体が高揚していくのを感じた。

ライトアップされた商業ビルが近付き、そのビルの上へと視線が上がっていく。


「おおお――――!!」


 高度が上がるにつれ、足下に見える街の景色も広がり出す。

そしてビルの屋上が見え、遙が屋上の壁の内側に、自分たちの身体を着地させた。


「ホント、すげえな……」


「そうね……すごい眺めだわ」


 夕日と灯りに照らされた街を一望のもとに見渡して、遙が感想を述べる。


「いや、眺めもすごいけど、すごいのはお前だよ。たった一日でここまで使いこなすなんて。やっぱお前はすげーよ」


「べ、別に私がすごいわけじゃないわよ。ただ、頭の中のイメージをそのまま伝えたらこうなっただけ」


「またまたご謙遜を。まぁそういう事にしておこうか」


「……なによ。ふん」


遙が気恥ずかしそうに顔を逸らす。

しばらく遙と一緒に、眼下に広がる街並みを静かに眺めていた。


「……なぁ、遥……。俺たちって何かできるのかな、……いや何かすべきなのかな」

ふと心に抱いていた疑問を、遙に尋ねてみる。


「えっ。何かって?」


「いや、こんなすごいモノを神様から貰ったからには、普通の人ができない何かをしなきゃいけないのかな……って思ってさ」


この神具を持つまでは、本当に何もできなかったから、他力本願な発言もしていた。

だが、今は普通の人間にはできない事ができる……。


「……わからない。ただ、私たちにできる事があれば、そうすべきだとは思う」


「そう……だよな」


宵闇の街を見下ろしながら、俺は曖昧な返事をした。


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