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Encounter

命からがらに逃げ、海辺から離れた自分の町へと戻ってきた。


駅前ビル広場にはざわめき合う人々が、ビルの巨大スクリーンを見上げている。

案の定、画面の中には、先ほどの巨竜と大地に関する緊急ニュースが放送されていた。


――確認しに行った偵察機の報告によると、海上に現れた大地は東京都と同じぐらいの大きさの島があるそうだ。

 さらに驚くべき事は、その島は海の上に浮遊しているという事だった。


 偵察機は島に着陸を試みようとしたが、島の周囲は、半透明の壁のようなものに取り囲まれており、銃器やミサイルによる破壊も試みたが、ことごとく弾き返されてしまい、上陸を断念したようだ。


 その半透明の壁は球体状に島全体を覆い、下部の方は大地を半球状のものえぐり取られたような状態になっている為、島というよりむしろ海上に浮かぶ空間のようなものだとされ、暫定的に『 浮遊空間 』と名付けられた。


 竜についてはあの後も自衛隊による攻撃が続けられたが、あらゆる攻撃兵器を物ともせず、竜の炎と直接攻撃により、出動した部隊は、ほぼ全て壊滅させられたらしい。


 自衛隊との戦闘後、竜は浮遊空間に向かって飛び去り、戦闘機が後をつけて確認した所、まるで何もないかのように空間の壁をすり抜け、奥へと飛び去って行ったという。

 

ざわめき続ける群衆の横で、次々と映し出される映像をただ茫然と眺め続けた。 


-------------------------------------------------------------

駅前の広場を離れ、海辺での出来事の恐怖と興奮を冷まそうと、中心街の裏手にあるオフィス街を歩いていた。


気付けばもうすっかり日も沈んでいて、帰宅ラッシュも済んだ人通りはまばらだった。この辺りは駅の近くにありながら、周りに店も少ないせいか、夜になるとほとんど無人になる。この街で好きな場所の一つだった。


海もそうだが、考え事をしたり気分を落ち着かせるのに人気のない所を歩くのは、自分の習性らしい。


今年は寒春のせいで、夜の空気はまだ冷たく肌寒い。空を見上げると、ビルの上に満月が美しく輝いていた。

身体の中に流れ込む冷たい空気と、月光に照らされた夜の空を見て、なんだか神聖な気持ちに包まれる。


そうやって空を眺めていると、空から一条の淡い光が降り注いできた。


「なんだ……?」


光を眺めていると、空からゆっくりと何かが降りてくる。次第に近づいてくる内に、それが二つの腕輪だという事がわかる。

その腕輪は淡い光に照らされたまま、ゆっくりと目の前で止まった。


腕輪には宝石や模様などの装飾が施されており、その美しさに魅せられ、引き寄せられるようにその腕輪を手に取る。

その瞬間、腕輪から弾けるような閃光が解き放たれた!


――気が付くと、両腕に腕輪が装着されていた。


「な、なんだ……この腕輪は!?」


まるで手錠のようにいきなりはめられた腕輪に異怖の念を抱く。


「その腕輪は、神具ディルヴァイン」


突然後ろから声が聞こえる。


(……誰だ!? さっきまで誰もいなかったのに……!)


「手にした者に力と加護を与える腕輪です」


声がする方を振り返ると、いつの間に現れたのか、白いドレスのような衣装に身を包んだ一人の少女が立っていた。


プラチナブロンドの長い髪に、サファイヤのような青い瞳、精巧に作られた神話の彫像のような端正な顔立ち。まるで月の女神が舞い降りたのかと錯覚するほど、美しいその少女が発する神秘的な雰囲気に、思わず目を奪われた。


「な、なんだ……アンタは……一体……」


「私はリザ=シルフィール=レクスシオンと申します。先刻この世界に現れた竜と、同じ世界から参りました」


竜という言葉を聞いて、緊張が走る。


「あの竜と同じ世界って……も、もしかしてアンタがあの化け物を……!?」


恐怖心が少女から距離を置いて後ずさりさせる。


「……いえ、違います。ここには……あなたにお願いがあって参りました」


「お願い……? お願いってなんだよ? お願いって言葉にあまりいい思い出がないんだが?」


 清冽な少女の目に意思の光が宿る。


「その腕輪であの竜を倒して頂きたいのです」


一瞬、頭の思考が止まり、少女の青い目を見入った。


「…………は?」


 沈黙の呪縛から逃れて出たのは、間の抜けた言葉だった。


「その腕輪で、先日この世界に現れた竜を倒して頂きたいのです」


「いや、聞こえてないわけじゃない! 腕輪なんかでどうやってあんな怪物と戦えっていうんだよ!?」


声を荒げる自分に対し、リザという少女は少しも動じる事なく、目を見据え続ける。


「先ほども申しましたが、その腕輪は手にした者に、力と加護を与えてくれます」


「……力って、具体的にはどんな力だよ」


「一概に一括りはできませんが、例えば、膂力を上げる事でしょうか」


(……りょりょく? 筋肉の力か?)


筋力なんか上がった所で、あんな化け物に勝てるとは到底思えない。

しかし、この腕輪も普通でない事は言われずともわかる。


「…………」


とりあえず、ものは試しにとその場で力を入れて跳んでみた。

腕輪から光と力場の波動が拡散し、いつもと違う感覚に気付いた時にはもう遅かった。


身体は空高く舞い上がり、眼下には雑居ビルの屋上が見える。


「なっ……!?」


半信半疑だった事が現実となり、思わず目を開いて驚きの声を上げる。

足下を見ると、小さくなった少女がこちらを見上げていた。


ジャンプの最高点に達すると、万有引力の法則に従って、体が落下を始める。

そして高所からの落下という、本能的な恐怖が身体を襲い始めた。


「う、うああああああ――――――――っ!!」


目の前に一気に地面が迫り――


「………………ぐえッ!!」


地面に叩き付けられて、思わずカエルが潰れたような声を出す。


「大丈夫ですか?」


頭の上の方から、少女の声が聞こえる。


「大丈夫なワケ……って、あれ……? 痛くない……?」


「力に伴い、身体の強度も上がっています」


ムクッと立ち上がり、身体についた砂埃や汚れをはたく。


「信じていただけましたか」


「む……」


こっちはエラい目に会ったというのに、淡々とした少女の言い方に少し苛立ちを覚えた。


「……まぁ、とりあえずこの腕輪はいいとしてだな……異世界か何か知らないけど、そもそもなんでそんなに日本語が流暢なんだよ。こっちの世界でも日本語は難しいんだぞ? 知ってるか?」


何だか負けた気がして悔しかったので、思い浮かんだ疑問を口にして強がってみた。


「いえ、この世界の文化や風習などについては一通り調べましたが、言語については、この魔導器で、お互いの言葉を変換しているだけです」


そう言って、服の中から青い宝石が埋まったブローチのような小物を取り出す。


魔導器? 魔法のアイテムみたいなものか? そんな便利なものがあるのか。海外に旅行する事になったら是非貸してほしい。


……いやいや、そんな事はどうでもいい。


「しかし、多少筋力が上がった所で、あんなバカでかい竜を倒せるわけないだろ! いくらなんでも、身体のデカさが違い過ぎだろ! 格闘技じゃないんだぞ!?」


「その腕輪は、持ち主の精神に呼応して、力を増幅させる神具です。あなたが強く望めば、より多くの力を与え、また様々な姿にその身を変えるでしょう」


……なんなんだコイツは。どうしても俺を、あんな化け物と戦わせたいのか?

ちょっと美人だからって、男がみんなホイホイ言う事聞くとでも思ってんのか?

 

あんな……あんな……、軍隊でもどうしようもないバケモノと……。


頭蓋に刻み込まれた竜の咆哮が、体を震え上がらせる。


「いや、だから無理だって! 軍隊でも敵わない相手なんだぞ! 神具だか何だか知らないが、こんな腕輪一つでどうにかなる相手じゃない!」


今度は激高して叫んだ。


少女は何も答えず、そのまま押し黙ってしまった。

叫んでしまった自分の方も、少し気まずい気持ちになる。


「……悪い。大声出して」


 罪悪感から逃れるように謝罪した。


「あと、これがそんな大層なモンとは知らずに、手に取っちまって悪かったな。今返すよ」


装着された腕輪を外そうとする。だが、腕輪は手首から下に下がろうとしなかった。何か留め具を外すのだろうか、と腕輪を調べるが、それらしき物も付いていない。


「……あれ? どうなってんだこれ? 離れないぞ?」


手が引きちぎれんばかりに腕輪を引っ張ったり、離れろと念じてみたりしたが、頑として腕輪は、手首から離れようとはしなかった。


「……この、この、このやろ! くぬやろ! こんちきしょーめっっ!!」


「無理です。あなたが自分の意志で掴んだ瞬間に、その腕輪はあなたと一体になっています。それに、それは私の物ではありません。神が神託によりあなたに授けたものです」


「そんな……ちょっと触っただけで、それはもうあなたの物です!(はあと)とか、何かの悪徳商法かよっ!」


「大変に困難な事だという事は承知しております。ですが、この世界を救うためにも、お力を貸していただけないでしょうか」


「ぐっ、まだ言うか……」


そりゃ、俺だって世界は平和な方がいい。

あんな化け物が飛んでくるなんてオチオチ散歩もできやしない。


だけど、その為に我が身を危険にさらしてもいいかというと、それは満場一致で全否定、別問題だった。


「何か他に方法はないのかよ……。すごい魔法とか。そうだ、この腕輪を作った神様に頼んでみるってのははどうだ? こんな腕輪くれるんなら協力してくれるんじゃないか?」


とりあえず何でもいいから思い付いた事を言ってみたが、ナイスアイディア、困った時の神頼みは万国共通、異世界でもお約束なハズだ。


「あの竜の身体は、強力な魔導防壁で覆われている為、魔法の力は通用しません。神に関してですが、神が我々の世界にできるのは神具や魔法の力を授けるといった事のみで、直接、その力を私たちの世界に行使する事はできません」


 思い付きはことごく却下された。

 どこの世界も神頼みってのはそんなに甘くないらしい。


 しかし、自分としても命がかかっている。

 小市民代表として、そんなに簡単に引き下がるワケにはいかねえ。

いかねえんだよ!!


「それじゃ、そっちの世界に勇者とかはいないのかよ?! 世界を救うよう宿命付けられた、伝説の勇者みたいな存在はよ?」


これまた思い付いただけの、月並みなファンタジー物の設定を言ってみる。

遊びやゲームでなら勇者になりたい派だったが、現実問題としてはなりたくない派だった。


「……伝説の勇者……。……そう呼べるかはわかりませんが、多くの英雄や戦士があの竜に挑みました。しかし……」


目を伏せて、その先の言葉を続ける事はなかった。

しかし……なんだよ? 続けろよ……気になるじゃねーか……。


「むしろ伝説の勇者、という存在に近いのは、その神具を手にしたあなただと思います」


「………………」


一体何言ってるんだコイツは……?

言葉は通じても話がまるで通じてない……。


……いや、それよりも気になる事がある。


「ちょっと待て。さっき言った英雄や戦士とやらは竜に挑んで、どうなったんだ?」


その質問に、少女が目を逸らす。


「言えよ。ここまできて言わないのは卑怯だろ?」


「……戦いに敗れ、その多くは命を落としました」


「…………」


しばしの沈黙。


「それを知った上で、俺にあのバケモノと戦えって言うのか?」


「…………危険だという事は、重々承知しています。ですが、もう最後に残された望みは、その神具を託されたあなただけなのです」


 少女の目が少し陰りを帯びる。


「俺の意志はどうでもいいのか?」


そう言って少女の瞳をじっと見返した。


「……お願いします……この世界を救うには……もう、あなたに頼るしか……」

悲痛な表情で少女はうつむいた。


それまで物静かだった少女の悲しげな姿を見て、それ以上は言うのをやめた。

少女は顔を伏せたまま押し黙っている。

お互いに沈黙してしまったため、夜のオフィス街に静寂が戻る。


……このままここでこうしていても、仕方ない。

何とも話しづらい雰囲気になってしまったが、重い口を開く事にした。


「……俺は別に、この世界の勇者とか戦士じゃないし、兵士でもない。あんな化け物と戦えとか、世界を救えとか言われても……俺には無理な相談だ」


こんな美人の前で情けないが、正直に自分の本心を述べる。

少女は何も答えず、ただ俯いて聞いていた。


「…悪いけど俺はそろそろ帰るよ。夜も遅いんだから、アンタも早く帰った方がいい」


何かの魔法で帰るのだろうか? 異世界の移動手段など知る由もないが。


「ちゃんと帰れるよな……?」


「…………」


話しかけても、少女は黙ったままだった。


(どうすりゃいいんだよ……)


こんな顔をした女の子を、このままにして去るのも、なんだか気が引けた。


あーもう、くそっ。

ゴソゴソと財布から、あるだけのお札を取り出し、少女の手に渡す。


「こ、これ、この国のお金だから! これだけあったら、あそこのビジネスホテルなら二泊ぐらいはできるだろ。余った金で食事とかすればいい」


向こうの方に見える、ネオンの看板が光るビジネスホテルを指さす。


(誰かが見てたら誤解しかねないシーンだな……)


今月分の小遣いがなくなってしまうのは痛かったが、それは我慢すればいいだけの話だ。まぁこの腕輪を買ったと思えば、むしろ安すぎるぐらいなのだろうが……。


「この辺はそんなに治安は悪くないから大丈夫だと思うけど、気を付けて行けよ。何かあったら大声上げろよ?」


「………………」


やはり何も答えない。


「……あぁ、もしなんか困ったら電話してこい。電話ってわかるか? わからなかったら、その辺の親切そうな人にでも聞くといい。今、俺の番号を書くから……って、いや、決してヘンな気持ちじゃないからな? って、違う世界から来たやつにそんな事言ってもわからねーか……」


どぎまぎして頭を掻きながら、カバンの中からペンと紙を出し、自分の電話番号を書いて少女の手に握らせる。 


これで、自分にできそうな事はやったよな……? 

いや、告白とかそーいうんじゃなくて……


今一度、少女を見る。

確かにとんでもない美人には間違いない。


「……じゃあ、気を付けて行けよ……?」


なんか後味が悪い気も、こんな美人を置いて名残惜しい気もしたが、とりあえずはこの場を離れた。

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