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gemstone of the wind

「大気に宿りし力よ 制約の戒めの鎖となれ ――風精縛圧バインドプレス


人狼の身体が何かの力で絞め上げられていき、苦しそうにうめき声を上げる。

化け物の動きが止まっている間に、リザの所に駆け寄った。


「リザ! どうしてここに!?」


「大きな魔力を感知したので、追跡していました」


「一体なんなんだ、あの化け物は……?」


「この世界の言葉で言う所の、ライカンスロープやワーウルフ、狼男に近い存在です。力は非常に強く、人と同等の知性を持ちます。異なる点は、月の満ち欠けに関係なく自在に変化できる事でしょうか」


「そりゃ便利な事で……。で、どうすればいいんだ? 対処法を教えてくれ」


「彼らの生命力は凄まじく、心臓を貫いても生き続ける事が可能です。倒す方法は、頭部を切り離すか破壊する以外ありません」


……なんのスプラッタだよ。というか、今の状態だと殴り叩くしかないんだが……。 


(だけど……)


血の海に横たわる女生徒を見る。


(―やらなきゃやられるだけか……)


自分を奮い立たせるように、拳を強く握り締めた。


獣人が動きを止めた事で、落ち着きを取り戻したのか、混雑を続けていた入口は流れ始め、あと少しですべての生徒と教員の脱出が完了しそうだった


リザがこちらに手を向け、魔法の詠唱を始める。


「主なる光 聖なる衣よ 我らを包み 加護を授けたまえ ――聖光衣ヴァレン・クロース


リザの手から生まれた水色の淡い光が、自分とリザの身体を包み込む。


「光の防御魔法です。しかし、あまり過信なさらないで下さい。ナイフの切れ味が悪くなる程度だとお思い下さい」


 ナイフか……。人狼の鋭く伸びた爪を見る。

あんなのに動脈でも切られたら、それだけで終わりだろう。


「いや、十分助かるよ。サンキュー」


「まもなくあの者にかけた魔法の効果が切れます。お気を付けて」


「わかった。リザは離れた場所で援護を頼む」

「了解いたしました」


グオオ―――――ッ!!

不可視の縛りから解放され、雄叫びを上げる人狼。


「貴様!! なぜここにいる!!」


 人狼の言葉はリザに向けられていた。


(コイツもリザの事を知っているのか……?)


 先日の魔術師の仲間か何かだろうか。

 リザに問いたかったが、そんな暇も与えず、人狼が猛速で向かってくる。


「クソッ……!」


 応戦するべく、腕輪の力を解放し、人狼の方へと向った。

どう見ても近接戦型には見えないリザの方に、向かわせるワケにはいかない。


 射程範囲に入ると、人狼が振り上げた腕を伸ばしてきた。

しかしタイミングを計ってかわし、懐に踏み込んで、人狼の脇腹に拳を叩き込んだ。確かな手ごたえが伝わり、獣人の身体が宙に浮く。


「ガァッ!」


苦し紛れに、人狼が手を伸ばしてくるが、後ろに飛びのいて回避した。

とんでもない化け物だが、腕輪のおかげで、力と速度はなんとか対処できるようだ。


「貴様……一体、何者だ……」


「……日本の男子高校生だ。ナメたら痛い目見るぜ……ワン公」


「この俺を畜生扱いするか……小僧!!」


 ……そうだ、もっとこっちに注意を向けろ。

そうすればそれだけリザへの注意が減る。


 人狼が両手を前に上げ、指に力を込め始めた。獣の爪が伸び、一つ一つが短剣ほどの長さになる。


「マジかよ……」


「ここからが本番だ」


言うやいなや、人狼が接近し伸びた爪を振り回す。

空を裂く音と共に、衣服が切り裂けていく。


(……くそ、ただでさえあったリーチ差が……)


近付くどころか、攻撃を避ける事さえ困難になってきた。

今はかろうじてなんとか凌いではいるが、このままだとやられる……。


(せめてこちらにも何か武器があれば……!)


そう思った時、手首の腕輪が輝き出し、腕輪から伸びた光が手の中に収まる。


(なんだ……?)


気が付くと、腕輪は消え、両手にそれぞれ一振りの剣を握っていた。


(……腕輪が、変化した……のか?)


人狼が振り下ろした右の爪を咄嗟に左の剣で受け止め、もう片方の右手の剣で、人狼の胴を薙ぎ払う。


「なにっ!?」


人狼が驚きの声を上げる。その胴体には横一文字に、刀傷が刻まれていた。間髪を入れず、追撃を開始する。


「クッ! なめるなよ小僧!!」


俺と獣人の剣戟が、体育館の真ん中で火花を散らす。


しかし、さっきは意表を突いたおかげで一太刀浴びせる事ができたものの、まともに切り合い始めると、戦闘経験の差か、慣れない戦闘と死ぬかもしれない恐怖感で息が上がり始める。


(……くそ……息が……!)


獣人の猛攻に完全に押され始めた時、


「セナっ!」


体育館の入口から、名を呼ぶ声が聞こえた。

目を向けると、遥が心配そうな顔でこちらを見ている。


「は、遙……!? ば、馬鹿! なんで来たんだ!」


「だ、だって……!」


「余裕だな」


(しまっ……!)


隙を突いて人狼が鉤爪を薙ぎ払う。間一髪避けたが、態勢を崩した所に獣人の

前蹴りが鳩尾に入り、後方に吹き飛ばされた。


「ガ……ハッ……!」


腹部の痛みに息が詰まり、着地する事もできず、そのまま床に倒れる。


「なんだあの娘は。貴様の女か? ならばあの娘から喰ってやろう。……貴様の目の前でな」


 身の毛もよだつような笑い顔を浮かべた後、人狼が遙の方に身体を向ける。


「や、やめろ……!」


 こちらの言う事になど耳も貸さず、人狼が遥に向かって走り出した。

遙の目が恐怖に染まる。


「やめろ――――――っ!!」


その時突如、遙の方から風が吹き荒れ、遙の目の前に光輝く青い宝玉が現れた。


「な、なんだ……?!」


突然の異変に驚いた人狼が立ち止まる。

その宝玉から生まれた突風が、獣人を吹き飛ばし、壁に叩き付けた。


「ぬううぅぅぅ……っ!」


 吹き止まぬ強風が獣人を壁に押さえつける。


「な、なに……これ……?」


 目の前で風を放ち続ける宝玉を見つめながら、遙が困惑の表情を浮かべる。


「第二の神託……風の宝珠ゼレアス……」


 リザが遙と宝玉を見つめながら呟いた。

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