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talk of a principal

学校に到着し、教室に入って自分の席に着くと、疲れが押し寄せてきていつものように席に突っ伏して寝る。

……疲れが押し寄せたというより、単にパブロフの犬のように、学校に来ると疲れを感じるようになってしまっているだけかもしれない。


「また朝から、ダラけきった青春を送ってるねー」


「ダラけきった性欲を送ってるのは、坂田氏だけです」


「そんな性欲あるか! ってか、性欲を送るって意味不明だろ!」


渋々顔を上げると、いつもの漫才コンビが立っていた。


「疲れてるんだ。悪いが寝せてくれ」


そう言って、上げた顔を机に戻そうとする。


「アイツら、また来てるよ」


俺の話など無視して、坂田がウンザリした顔で教室の真ん中の方を見る。


「アイツら?」


坂田の視線の先を見ると、田中……いや田沼だったか、例の三人組が遥の席の前にいた。遙の横には、クラスの女子たちも並んで立っている。


「あぁ、お笑い三人衆か」


「いえ、イケメン三人衆です。一応。巷での呼び名は」


 デーヴが訂正してくれる。


「……別にいいんじゃないか。誰が誰と話そうと」


「そりゃまぁ、そうだけど」


坂田が不満そうな顔をする。

自分が嫌いな奴と仲間が仲良くなる事が、気に入らないのだろうか。


「クラスの奴らも、アイツらにあんまり来てほしくないみたいだよ」


周りを見ると、確かにクラスの男子連中が、嫌そうな顔を田沼たちに向けている。


「よそのクラスに集団でナンパしにくるとか、マジありえねっすわ」


デーヴも快く思ってない一人のようだ。

まぁ確かに普通はあんまりしないだろうな。

むしろ、あんな恥をかいてもやってくるバイタリティは、評価に値するのかもしれないが。


 しかし当の田沼たちは、自分たちに向けられたそんな悪意の視線など、気にした風もなく、笑って遙たちに話しかけている。

ただ、遙はあまり楽しくなさそうだった。


「……まぁでも、人を好きになるのは自由だしな」


「お前、それでいいのかよ。遙がもし、アイツらの誰かに取られても、それでいいのか?」


坂田が、少し怒ったような顔で見てくる。


「取られるって、お前……。……まぁアイツらの誰かの彼女になるって事か?」


「そうだよ!」


「うーん。遥があの三人の誰かとねぇ……あんまり想像できないけど。中学の時もことごとく振りまくってたし、今回も同じじゃないのか」


「でもわかんないじゃん、遥もお年頃なんだしさ」


「そりゃ、いつかは遥にも彼氏ができるだろうけど、……どんな奴がなるんだろうな」


「中学では、ただのイケメン、スポーツマン、成績優秀者には興味ありません、ってカンジでしたからな」


「それで今度はコメディアンがきたか」


「いえ、世間の認識ではイケメンスポーツマンです。一応」


「まぁ、イケメンでもツケメンでもいいけど、遙がいいと思ったならいいんじゃないか」


「……………。お前さ、前から聞こうと思ってたんだけど」


 坂田が少し不機嫌そうな顔で話しかけてくる。


「何だよ」


「遥の事どう思ってるワケ?」


「は?  なんだよ、いきなり」


「……なんでもない」


答えを聞くつもりでもなく、くるりと身体を返して、坂田は自分の席に戻っていった。デーヴと目を合わせるが、デーヴは肩をすくめて、自分の席へ戻っていく。


 ……遥の事をどう思ってるかだって?


「……決まってるだろ、そんな事」


 窓の外を見ると、先ほどまで晴れていた空が曇り始めていた。



◇◇◇


授業中、昨日から今日まであった事を思い出しては、考えていた。

坂田に言われて遙の事も頭に浮かんだ。


遙はいい奴だ。愛奈の事で心が折れそうになった時に助けてくれたのも遙だ。

遙の事が好きなのかと聞かれる事は今までもあったが、自分の中では好きという感情よりも感謝の気持ちの方が大きすぎた。


それに……遙なら自分のような人間よりも、もっといい奴が見つかるだろうし、そうなって欲しかった。

あの三人の誰かがそれになるとは思えないが、遙が選ぶのならそれでもいいと思った。


もしそれで遙が悩む事があれば、今度は自分が遙の力になればいい。

遙に関しては、自分の中で一応、そういう風に整理がついている。


今一番の問題は、昨日出会った少女――リザの事だった。

昨日の夜、親父に電話して同居の事を伝えたが、問題なく承諾してくれた。

親父は困っている人間に対しては問答無用で優しい。


あれこれと理由を考える自分なんかとは違って……。

そんな人柄もあり、父に対するみんなの信頼は厚く、人脈は広い。

その人脈を使えば、あるいは、あの島までリザを送っていく事も可能になるかもしれない。


……だけど、アイツは竜を倒すまでは帰れないと言った。

リザが見せた、真剣で、どこか悲しみを帯びた表情を思い出す。

その決意は変わらないように見えた。


だが勝てるのだろうか……。

昨日の魔術師との戦いでさえ、リザがいなければ逃げるだけで精一杯だった。


あんな規格外の異世界の化け物を、自分がどうにかできるなど到底思えない。

自分にできる事ならしてやりたいが……


俺は生き続けなければならない。


それからも色々と考え続けたが、答えなど出ないまま、その日の授業が終わった。



◇◇◇


臨時集会の時間となり、クラスメートたちが、ぞろぞろと教室を出る準備をする。


「ボクたちもそろそろ出ようぜ」


「まったく、若者の貴重な時間を、こんな事で奪わないで欲しいですな」


坂田とデーヴがやって来る。遙は、と見ると、クラスの女子たちと行こうとしていたが、そこに、笑いながら教室に入ってきた田沼たちが参加する。


 クラスのあちこちから、舌打ちするような音と、嫌悪の視線が田沼たちに投げかけられる。しかし頭一つ背の高いバスケ部の佐川が、辺りを見渡して睨みを効かせると、視線を投げかけていた連中は顔を反らして、目を合わせるのを避けた。


 ただ坂田だけは睨み続けていたが、佐川はこちらの方には、目を合わせてこなかった。昨日の件で、俺たちに苦手意識でも持ったのだろうか。


ちなみにデーヴは「爆発しろ爆発しろ」と一人呟いていた。

体育館は一応、学年とクラス順に分かれて並ぶのだが、田沼たちはそんな事気にする事もなく、列の真ん中辺りで遙の横に並ぶように座っていた。


俺たちは、いつものように列の後ろの方に座った。全校生徒が着座し、檀上に校長が上がり、長く退屈な全校集会が始まる。


「え~~、先日、我が国に謎の巨大生物が突然現れ、襲撃を受けた町が壊滅的打撃を受けた事は、みなさんも知っての通りだと思います。今日は、その事について、もし我が校が巨大生物の被害を受けた場合の、緊急避難の方法について説明していきたいと思います。え~~、また、みなさんの中には、先日の事件のせいで、毎日を不安に思ってる人が多数、見受けられるようですので、今日は特別に、専門のカウンセラーの先生をお呼びしてあります。え~~みなさんが健全な学生生活が送れるよう、アドバイスをご教授していただけるかと思います。え~~それではまず、我が校に被害が及んだ場合の対策と避難方法についてですが――――」


……………………。


校長が熱弁を振るい出して、5分もしない内に睡魔が襲ってきて、ウトウトし始めた。


どうして校長の話というのは、こう眠気を誘うような力があるのだろう。


真面目な遙はさすがに背を伸ばして聞いているが、周りの田沼たちの頭はカクカク揺れて舟を漕いでいるのが見える。


横を見ると、坂田とデーヴも燃え尽きたボクサーのように、頭を沈めて爆睡モードに入り、周りの生徒たちも、次々に校長の放つ眠りの呪文に撃沈し始めていた。


……きっと異世界に行っても、校長は眠りの魔術師として名を馳せるに違いない。そんな事を思いながら、自分のまぶたも次第に重たくなっていった……。


-----------------



 皆がそれぞれに、現実と眠りの世界を行ったり来たりしていると、突然、

ド――ン!! という大きな音と振動が響き、 


「キャ―――――ッ!!」


という女生徒の悲鳴が、体育館にこだました。


一瞬で目が覚め、辺りを見渡す。

そして、体育館の中央に身の丈が2mを超えるような人型の狼が立っている事に気付いた。


狼の化け物は、血まみれになった豚の生首を、その大きな口に食わえている。


「……な、何だ、あの化け物は……?」


 寝起きという事もあって頭の反応が鈍っているのか、理解できない状況に思考が停止する。

みんなも同じなのか、ザワザワという声が聞こえるばかりで、誰も逃げようとすらしない。


 そんな中、人型の狼は豚の生首を美味そうに、音を立てて喰いはじめた。

豚の頭蓋が砕ける音が響き、人狼の口から血がボタボタと流れ落ちる。


 そのおぞましく、凄惨な光景を目の当たりにして、ざわめきが悲鳴と叫び声に変わった。


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