fragment of memories-1
俺には愛奈という名の、3つか4つほど歳が離れた妹がいた。
正直、俺は愛奈の事があまり好きではなかった。
外では、チビのくせに俺の後をついてきては俺や仲間との遊びに入りたがり、仲間に迷惑をかけては泣き、家の中では俺の物を欲しがって勝手に取って喧嘩をしては泣く。とにかくよく泣く妹だった。
喧嘩の原因を作るのはいつも妹なのに、結局、最後に怒られるのはいつも俺だった。しかし、その理由が、「お兄ちゃんだから」とか「男だから」、「女の子だから」という、決まり文句の繰り返しで、子供ながらに、こちらの言い分を聞いて貰う余地のない、理不尽な理由で怒られる事に、納得のいかない思いを感じていた。
俺は好きで兄になったワケでもないし、好きで男に生まれたワケでもない。
仲間と遊んでいても、妹の面倒を見ないといけない事を煩わしく思い始め、俺は愛奈を家に置いて、一人で遊びに出かけるようになる。
愛奈の方はというと、未来と一緒に部屋で遊ぶ事が多くなった。
快活な遥や美奈と違い、未来は身体があまり丈夫でなかったのと、内気で優しい未来は、愛奈にとって付き合い易かった事もあり、二人は気が合ったようだ。
あの日も愛奈を家に置いて、仲間と遊ぶ為に、一人、外に出掛けていた。
家に帰ると、玄関に未来の靴があったので、未来が遊びに来ている事はわかった。
愛奈たちは、リビングで遊んでいる事が多く、女の子たちが遊んでいる中に顔を出すのも気恥ずかしかったので、俺は真っ直ぐ自分の部屋に向かった。
未来が帰るまで、ゲームでもして、時間を潰そうと考えていた。
しかし、自室のドアを開けて目にしたものは、見るも無残に破壊された俺の玩具と、その破片を持って楽しそうに遊んでいる愛奈、そして困ったような顔をした未来の姿だった。
衝動的に俺は愛奈につかみかかり、手に持っていた破片を叩き落とした。
突然の出来事に呆気に取られた愛奈だったが、自分が叩かれたという状況を理解すると、いつものように声を上げて泣き、未来も愛奈につられて泣き始めた。
思わずカッとなってしまったとは言え、未来まで泣かせてしまった事に戸惑っていると、泣き声に気付いた母が、俺たちのいる部屋へとやってきた。
「どうしたの!? 未来ちゃん、愛奈?」
部屋の状況を見て理解したのか、すぐに母は未来に駆け寄った。
「ごめんね、未来ちゃん大丈夫?」
そう言って泣いている未来をあやす母に、愛奈も泣きながら抱き付く。
「セナ、また愛奈を泣かせたの? それに未来ちゃんまで」
二人の女の子を抱きながら、母が俺を咎めるような目で見た。
「だって愛奈が……」
壊れた玩具の破片を母に見せて、自分は悪くないという意図を伝えた。
だが予想に違わず、母はいつもと同じ言葉を口にした。
「だめじゃない。セナはお兄ちゃんでしょ」
まただ……また始まった……。
「それに男の子なんだから、女の子には優しくしないと」
毎回毎回同じ言葉ばかり聞かされ続け、もういい加減、我慢の限界だった。
「うるさ――――――――いっ!!」
突然の俺の叫びに、母も、愛奈たちも驚いて静かになる。
「好きで、好きでなったわけじゃない!!」
溜まりに溜まった思いをぶちまけるように声を上げる。
そのまま愛奈の方に向き直り、妹に最後の言葉を叫んだ。
「お、お前なんか……お前なんか、いなくなればいいんだっ!!」
びっくりしたような顔で目を見開く愛奈。
次の瞬間、俺の頬に熱い衝撃が走った。
一瞬頭が真っ白になり、気が付くと、母が怒ったような、悲しそうな顔で俺を見ていた。
自然に目から涙が流れ、初めて母にぶたれたショックと、女の子に泣き顔を見られた事の恥ずかしさで、逃げるように部屋から駆け出した。
「セナ!! 待ちなさい!!」
後ろから呼び止める母の声にも構わず、階段を降り、そのまま家から飛び出した。
怒りと悲しみと罪悪感が入り混じった感情を爆発させるように、叫びながら夕暮れの街を駆抜けた。
思いを走りにぶつけて、疲れた俺は、普段来る事もない公園の遊具の中で一人、
じっと座っていた。
辺りはもう真っ暗で、公園には自分の他に誰もいない。
孤独と空腹感の中で、母の悲しそうな顔と、愛奈の目を開いた顔が目に浮かんできた。
二人のあんな顔を見たのは初めてだった。罪悪感で胸がチリチリと痛む。
(……謝ろう)
そう思って遊具の中から出た。
こんなに暗くなるまで外にいて、きっと怒られるだろうな、と思いながら、トボトボと、家に向かって歩く。
家の近くの通りまで来ると、赤色灯を光らせるパトカーと、その周囲を囲む人だかりができているのが見えた。
なんだろう、と思ったが、早く帰りたかったので、特にそれ以上は気にせず、通り過ぎた。
家に着いて玄関のドアを開けると、家の中から飛び出してきたのは、家族ではなく坂田の父親だった。
「セナちゃん!!」
「……おじさん……どうしたの?」
予想していなかった人物の登場に戸惑う。
「セナちゃん……、……お母さんと……愛奈ちゃんが!!」
さっき見た人だかりと赤色灯。
嫌な予感と不安で、心臓の鼓動が早くなる。
それから坂田の父親に連れられ、街で一番大きな病院へと着き、廊下の奥にある暗い部屋の中に入った。
そこには魂の抜けたような顔をした父と、白いシーツで身体を覆われた母と愛奈が、台の上に横たわっていた。
「……母さん……愛奈………」
目から涙が流れてくる。
「……どうして……?」
俺の問いかけに誰も答えない。
母と愛奈の顔を見る。二人の顔は青白く、寝ているようだった。
「……母さん……どうしたの……? ねえ……起きてよ……」
母の身体を揺さぶる。だが母は目を閉じたまま微動だにしなかった。
「……ねえ、母さん……母さん……起きてくれよ!」
ガクガクと強く揺さぶるが、それでも母は眉一つ動かさない。
「セナ……」
後ろから父が俺の肩を押さえて制止する。
父に母から離され、力なくうなだれた俺は、取り憑かれたように愛奈の方に向かった。
――お前なんかいなくなればいい――
愛らしい顔で目を閉じた愛奈を見て、自分が最後に妹に言った言葉を思い出した。
「…………うそだ……こんなの……」
ポタポタと愛奈の顔に涙が落ちる。
「……こんなの……うそだっ……!」
……殺した……俺が……二人を……
――お前なんかいなくなればいい――
……俺が……あんなことを言ったからっ!!
「……っく……う、ううぅ!! うあああああああああああああああああああああああああああああ―――――――っ!! あああああああああああ――――――――――――――――――っ!!」
愛奈の顔を抱えながら、俺は病院全体に響くような声で泣き叫んだ。




