少年と老人
ちょっと電波かもしれません。苦手な人は非難してください。すいません
寒さに耐えられぬ日があった。
一人の少年が一つの部屋に閉じ込められた。
閉じ込められたというが強制されたわけではない。少年は自らの意志で部屋に入った。寒さから逃れるためだったのかもしれない。
部屋は、大人が5人寝転べば畳が埋まってしまう程度の広さだ。
そこで少年は一夜を過ごす。
次の日、少年は部屋に閉じ込められたことを知る。
少年は特にすることもなく、壁を背にあぐらをかいた。
時を同じくして部屋の外には、年老いた男が一人、食事を持って歩いている。
この老人は、少年のいる部屋、部屋というよりは小屋なのだが、その小屋の持ち主である。
時は戻り、昨晩。
小屋に少年が入っていった。その光景を見ていたのが、小屋の持ち主の老人である。
老人は鍵を閉めた。
当然小屋の中に、少年が居ることはわかっていた。
少年は窓の外を見ている。窓を見ているのかも知れないが、景色を見ているものと思いたい。
少年はふと、指を硝子につけると、つーと円を描いた。
円の始まりと終わりからは水滴が一粒滴り、落ちる。
ほかにも、犬や猫等を描いては、少年なりに楽しんでいるようだ。
少年はこの一日を何事もなく過ごした。
ドアに開けられた隙間には、一定の間隔で三度、飯が置かれていた。
少年は明かりを消し、仰向けになりながら、今までの生活を思い返していた。特に理由もなく、町をさまよう。勉強もせず、働きもせず、ただひたすら歩く。
小屋に閉じ込められた。
そんなことが、自分の
生きるという行為の何の妨げになるというのか。
三度の飯に、雨露を凌ぐ屋根に壁。
いざとなればドアを、窓を壊し外に出ればいい。そんなことを思いながら、この日も眠りについた。
夢を見ていた。
ある日少年は思った。夢が現実になればいいのに、と。
それは、現実が夢であればいいと思うことと同じなのだろうか。それはそうとして、少年は次の日も、窓に指で絵を描いていた。
昨日の跡が残ってはいるが、問題はない。
決して楽しいとは言えないが、なにもない小屋の中では、他にすることもなかった。
老人は飯を運んでいた。
小屋のドアから飯を中にいれると、ついでにスケッチブックと色のついた鉛筆も一緒に差し出した。
少年は阿呆のように鉛筆を動かした。最初は窓から見える景色を描いていたが、次第に存在しない風景を、描くようになっていった。
存在しない風景、といってもそれは、少年の想像を描いたものであり、以前の記憶を辿って描いたものだったのかもしれない。
数日経ち、少年のスケッチブックは色で満たされた。
決して上手とは言えないが、日増しに上達している。
老人が新しいスケッチブックを持ってきた。
これでまた、描けるのだ。
少年は飢えていた。
少年の絵は、金による取引の対象とできる程に上達していた。あれからいくつ、日は昇り、落ちたのか。
少年の飢えは頂点に達していた。原因は小屋だ。
徐々に狭まる小屋に対し、少年は僅かな恐怖を抱いていた。そもそも、この小屋は何なのだろうか。
少年は今更になって思った。改めて考えれば、あの老人は何を考えて、少年をここで生活させているのだろうか。
少年のなかにあった僅かな恐怖は、その時、空気を一気に送り込まれたゴム風船のように膨らみ、破裂した。
少年は走っていた。暗い森の中を一人で、スケッチブックといくつかの色鉛筆を持って。
老人が、窓硝子が割られ、中の少年が居ないことに気付いたのは、次の日の朝だった。
少年は、走るのをやめて座り込んでいた。
少年はもう走ることは出来ない。
少年は激しい疲労感に襲われ、呼吸をするのが精一杯だった。
そこに狼の遠吠えが聞こえてきた。少年は別段、狼に対して恐怖を感じたことはなかったが、この日は違った。今の少年にとっては、まわりにあるもの全てが敵に見えるのだ。
夜風にざわめく木葉の音までが、自分を襲う算談なのではないかと不安で仕方がなかった。
老人は何事もなかったように、小屋の掃除を始めていた。
部屋の中には、少年が残したスケッチブックが何重と積み重ねられ、部屋を圧迫していた。
老人は、その山を箱に詰めると、自宅へと持ち帰った。
少年は震えていた。
その震えが寒さによるものなのか、恐怖からくるものなのかは、わからない。
闇に向かいひたすら歩く。
道があるとはいえ、必ず町に辿り着けるという保障はない。
そんなとき、少年は背後から足音が近づいてきていることに気がついた。
老人は家につくなり、一番奥の部屋へと向かった。
その部屋は薄暗く、雨戸が閉められている。掃除をしていないのか、物がない分、余計に埃が目立っている。
その部屋の中央に、少年のスケッチブックの入った箱を置くと、老人はまた小屋へと向かった。
少年は木の影にその身を小さくして、足音の主を待っていた。
どうやら二人の男らしい。一人は明かりを持ち歩いている。
男等は少年には気付かない。どうやら話しをしているようだ。
少年は、男等に助けを求めようと考えた。助けと言っても、一緒に町まで行く仲間が欲しいのだ。
老人はしばらくの間、小屋と自宅を行き来していた。
少年の残したスケッチブックは、全て老人の家に運び込まれたのだ。
老人は小屋をしばし見つめた後、自宅に戻ろうとしたが、小屋の外の一部に、窓硝子の破片が散乱していた。
老人が、硝子の破片を全て拾い終えた頃、辺りは夕焼けに染まっていた。
少年は男等に声をかけようとして、躊躇した。
人殺しだ。
前を通り過ぎようとしていた二人は、人殺しだった。
いや、それは単なる少年の思い違いだったのかもしれないが。
二人は人殺しの感想を、互いに嬉々とした表情で語り合っていた。
あの女の最後の顔、男の怯える顔、あがった悲鳴と血飛沫。
断片的ではあるが、それとわかるような会話であった。
少年はそれまでの恐怖から、男等の会話が冗談なのか真実なのか、考えずに、道を外れた背丈の高い草を掻き分け、暗い森の奥深くへ走っていった。
衝動的なものだった。
老人は家に戻り、暖炉に火をつけるとスケッチブックを取り出した。
少年の残した物である。
老人は、スケッチブックを少年に与えていたが、少年が老人に対してスケッチブックを差し出したことはなく、これが老人が初めて見る、少年の描いた絵である。
もちろん窓から覗き、少年の絵を部分的に見たことはあったが、全体を見たのはこれが初めてだった。
老人は飽きる事なく、大量に描かれた少年の絵を見ていた。
気がつくと、日が昇っていた。
少年は傷だらけになっていた。草を掻き分け走り抜ける度に、その草によって、体に傷をつけられていた。
だが、今の少年には痛みを感じている暇はなかった。
少年を突き動かしているのは恐怖だ。
息は乱れ、足はもつれ、心臓は今にも破裂しそうな程脈動している。
だが少年は足を止めない。いや、止めることはできない。
少年が足を止めたとき、走ることだけに集中している思考が、他の情報をも取り入れてしまう。
それだけは避けなければならない。
少年は心のどこか、もしかしたら頭の片隅に、そんな思いがあったのかもしれない。
自分に鞭を入れなければ、自分自身が壊れてしまう。
そんな、どこか矛盾した考えがあったのかもしれない。
老人は眠りについた。
長い長い、少年との擬似的な生活に幕が降りたのだ。
老人は、少年の消えた日から、今日までの一日で、自らの老いをひしひしと感じた。
老人はこの日、目を覚ますことはなく、静かに呼吸をやめた。少年は座り込み泣いていた。
涙は少年の意志とは関係なく流れ、スケッチブックの端を濡らしている。
少年はなにも思わず、ただ泣いていた。
走るのをやめても、泣くことで不思議と恐怖が柔らいでいた。
少年は夢を見ていた。
明るい草原を、笑顔で駆け抜ける少女。
少年は、その後を追う。少女は走るのをやめ、少年の方を向き、言った。
少年が目覚めると日が昇っていた。
木々の間から射し込む光りは、辺りを幻想的な空間へと変えていた。
少年が感じていた、昨晩の堪え難い恐怖はなくなっていた。
気付くと少年は、スケッチブックの真っ白なページにその風景を記録していた。
一枚だけではなく、二枚三枚と、時が経つのも構う事なく描いていた。
少年は夕暮れになる事に気付き、手を止めた。
早く森を出なければ、また昨晩の恐怖を味わうことになるからだ。
それに少年は飢えていた。単純に飢えていた。
夜が来た。
少年は町に居た。
家族はいなかった。
少年の心には大きな絶望と、それに比例する形で大きく膨らむ後悔の念で埋め尽くされていた。
夜の寒さが、容赦なく少年を襲う。
その痛みは身体的なものよりも、精神的に少年を追い詰めた。
少年の飢えは限界だった。
次の日、少年は倒れた。
スケッチブックを抱きしめたまま。
少女は、この日も母親に言い付けられ、買物に出掛けた。
この買物は、少女の家族の中で決められた役割であり、大切な仕事でもある。
どれだけ家庭の出費を抑えることができるか。
決して裕福とは言えない家庭の中で、金銭を託されるというのは、母親の少女に対する信頼が感じとれる。
その買物の帰り道。
少女は、一人の少年を見つける。
よく晴れた日、少女は草原を笑顔で駆け抜けている。
少女は少しして立ち止まり、画家である父と優しい母親に駆け寄り、言った。
おしまい。
途中、どうしても残酷な描写を挿入することになったのですが、そこは全削除。そして全削除したために、ラストが180度変わりました。残酷描写有の「少年と老人」は、いつか書こうとは思ってます。欝展開やグロが苦手なんですが、どうしてもそっちの方向に。これを機会にハッピーエンドを量産したい。でも少年と老人の残虐編も書きたいという矛盾は、あります。