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extra edition side 郁  作者: 宇部松清
9/13

♯9 バンギャ

「ねぇ、(かおる)ちゃん! 昨日、(あきら)君見たよ!」

 興奮気味の千尋がいつものように店の奥にある郁の部屋(バックヤード)に飛び込んできた。

「そう」

 郁は興味なさげに目の前の発注書を記入している。

「晶君、すっごくカッコよかった!」

 その言葉に郁の手が止まる。「見た……って、もしかして、ライブ?」

 郁がやっとこっちを向いてくれたことに千尋は満面の笑みである。

「そう! 友達がね、追っかけしてる『BLASTERS(ブラスターズ)』っていうバンドなんだけど、何か急遽ギターが1人抜けちゃったんだって。それで、晶君が助っ人にって」

「助っ人ねぇ……」

 そう言いながらコーヒーメーカーから千尋の分を注いで渡す。

「友達もね、前のギターの子よりカッコいいしうまいって! も~、こないだ会った時とはべっつじんじゃーん!」

 千尋はブラックコーヒーをふぅふぅと冷ましながらゆっくりと啜る。

「別人よ、ギターを持ってる晶はね。で? どう? 惚れちゃったのかしら?」

 目を細めて意地悪っぽい笑みを浮かべる。

「ま~たそんな意地悪なこと言ってぇ~。私が郁ちゃん一筋なのわかってるでしょぉ~?」

「……その恰好で言われてもね」

 郁はロングヘアのウィッグをつけ、ひらひらとしたチェック柄のワンピース姿の千尋を見てため息をついた。

「でも~、『女・千尋』としてはぁ、ファンになったかもです!」

 そう言って、わざとらしく敬礼をしてみせる。「妬いちゃう? ねぇ、妬いちゃう? 郁ちゃん!」

「……男の千尋だったら、妬いたかもしれないわね」

 素っ気なくそう言って、発注書に視線を戻す。

「んもぉ~、郁ちゃん、かっわいい~い!」

 千尋は満面の笑みで郁に後ろから抱き付く。

「……女の時は止めてもらえないかしら。そういう趣味ないから、私」

 表情を変えずに郁は電卓を叩いた。


 翌月、また晶がデザイン画を持って来た。

「毎回毎回思うんだけど、あなたの頭の中ってどうなってるのかしらね」

 奇抜なデザイン画を見ながら苦笑する。

「……真っ二つに割って見せようか」

 郁が勧めた簡易椅子に大股を広げて座り、面倒くさそうに答える。

「結構よ。まぁ、不思議と売れるから、文句はないんだけど」

「だったら言うな」

 顔を背けてコーヒーに口をつける。

「……ところで」

 眉間に深いしわを刻んで郁をにらみつける。「アイツは何なんだ」

「アイツって誰のこと?」

 思い当たる節はあるが、わざと知らないふりをしてぺらりと書類をめくった。

「こないだ店にいたやつだ。紗世さんじゃないな」

「紗世さんの弟」

「お……?」

 目を丸くして「お」の口のまま固まっている。これはこれはなかなかレアな表情ですこと。郁はその顔を見てくすくすと笑った。

「そして、私の恋人よ」

「……お前はオカマが好みだったんだな」

 だから普通の男とは合わなかったのかと納得する。

「オカマじゃないわよ。彼は女装が好きなだけ」

「同じだろ」

「同じじゃないわよ。あなただって、男装が好きなくせに」

「好きでやってるわけじゃ……」

 晶は憮然とした表情で冷めたコーヒーを飲んだ。

「最近、どのサポートのライブでも最前列にアイツがいる」

「でしょうね。何かファンになったみたいだから」

「ファン? お前の彼氏だろ?」

「あら? 別にそんなの浮気にもならないじゃない? それに、女の姿の時だけって言ってたもの」

 晶は右手で瞼を覆ってため息をついている。

「それに、私と同じ顔の晶のファンになるなんて、やっぱり私のことが好きなのね」

 郁はそう言ってけらけらと笑う。

「付き合いきれん、お前達には」

 残ったコーヒーを一気に飲むと、そう吐き捨てて、部屋を出た。


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