♯8 turn off the love
晶の店『turn off the love』の売り上げは上々だった。
店舗での販売だけではなく、インターネット注文も始めたのが良かったのかもしれない。
店が忙しくなってくると、接客に追われ、工房との交渉や経理に支障が出る。1人ぐらいアルバイトを雇いたいと晶に相談すると、「郁に全部任せる」と一任された。こんな性格だから、本当に他人に任せなくて良かったと思った。
「郁ちゃん、バイトを探してるなら、ウチのお姉ちゃん雇ってよ」
店が忙しくてデートが出来ないでいると、たまに千尋が来て接客を手伝ってくれた。その中でそろそろバイトを雇おうと思っていると話すと、笑顔でそう言われた。
「お姉さん……。どういう人なの?」
「んー、明るくて、落ち着いてて、可愛い感じ!」
自分の姉をこんなにべた褒めするのもどうかと思ったが、千尋は私に嘘なんてつかない。
「お姉さんが働きたいのなら、すぐにでも」
そう言うと、千尋はその場で電話をかけ始めた。
千尋の姉、紗世が働き始めたのはその翌日からだった。
自分よりも3つ年上だったが、腰が低く、感じのいい女性だった。
その日から接客はすべて紗世に任せ、自分は裏方に回ることにした。
晶は1ヶ月に1、2度店を訪れ、デザイン画を置いて行く。デザイナーと店長という肩書になってからの方が話す回数が増えた気がする。私達は『姉妹』というだけでは足りなかったのだろうか。
晶の持ってくるデザインは変わったものが多く、見る度に「これはどうかしら」と首を傾げるのだが、そういったものほどよく売れた。
晶は頑なにデザイン料というものを受け取ろうとしなかった。趣味でやっているから、というのが理由だった。その代わりに、と言って、出来上がったサンプルを持って行った。だから指輪のサンプルはすべて晶のサイズで作る。デザイン料のみならず、店の売り上げは必要経費を抜いた分をすべて私と紗世さんの給料に当てろと言ってきた。店内に自分の曲を流してくれれば宣伝になるし、それが売れれば自分の懐に入ってくるから、と。何とも晶らしい発言だと思い、なおさら、自分が引き受けてよかったと思った。
いつものようにアポなしで晶がデザイン画を持ってきたのは、珍しく紗世が急用で店を休んで入る日だった。そういう日は千尋に手伝ってもらうことになっている。そして、そういう時はたいてい『女』の千尋だった。
「紗世さん……ですか?」
この日が初対面の予定だった晶は、店番をしている千尋を紗世と勘違いしたようだった。千尋の方でも、話には聞いていたものの、生の晶とは初対面である。
「郁ちゃんとそっくりだぁ……」
目を丸くしてそうつぶやくと、晶の問いかけを無視してレジの裏にあるバックヤードへ走った。
「郁ちゃん!」
郁はものすごい勢いで飛び込んできた千尋に不思議そうな顔をして、「千尋、もう少し静かに開けてちょうだい。電話中だったらどうするの」と言った。
「ごめんね、郁ちゃん。あのね、来たの」
「来たって? 誰が?」
「郁ちゃんが言ってた、妹さん! ……妹さんだよね?」
話では、妹と聞いていたのだが、さっき見た感じでは、完全に男だった。むしろ、『男』の時の俺より男らしいんじゃないかと思った。
飛び込んで来た時の勢いを少しずつ萎ませながら混乱している千尋を見て、郁はくすくすと笑う。
「妹よ」
ゆっくりと立ち上がって、千尋の隣をすり抜けると、店の中で呆然と立っている晶に向かって声をかける。
「いらっしゃい。店は千尋に任せるから、入ってきていいわよ」
そして、ゆっくりと振り向いて、千尋に笑いかけながら「そういうわけだから、店、戻ってね」と言って店内を指差した。




