♯5 久し振りの声
久し振りに晶から電話がかかってきたのは、残暑の厳しい日だった。電話越しの晶の声はぐったりとしている。
「久し振りね。まだ夏バテ?」
「別に、バテてなんかない」
晶が「別に」という時は、たいていが「YES」だ。わかっているが、ここで指摘をすると絶対にへそを曲げる。
「どうしたの? 晶からかけて寄越すなんて珍しいじゃない」
「郁の知り合いで、店を任せられる人はいないか」
「随分いきなりね。どういうこと?」
話し下手な晶の話を根気よく聞いてみると、どうやら趣味程度でシルバーアクセサリーを自作していたところ、どこから漏れたのか、それを買いたいという人が現れたらしい。1人や2人ならば良かったのだが、最初に売った人間がまずかったようで、あっという間に口コミで広がり、会社にまで問い合わせが殺到したらしい。そこで、湖上が手ごろなテナントを探し、店を開くことになったものの、さすがに晶が店に立つわけにはいかないとのことだった。
「晶が店に出れないっていうのは忙しいから? それとも、接客ができないから?」
意地悪くそう質問してみると、案外素直に「……どっちも」という返事が返ってきた。
「いいわ。私がやる。あなたも見ず知らずの他人に任せるより、身内の方が安心でしょ」
「郁、仕事は」
「辞めるわよ。もちろん」
「……いいのか」
「いいに決まってるじゃない」
「ありがとう……」
今日はやけに素直ね。そう思ったが、それを伝えてしまったらこの電話もすぐに終わってしまうだろう。せっかく久し振りに声を聞けたのに。
今度はアクセサリーデザイナー……。
あなたはどんどん私に差をつけていくのね。
郁は携帯を握りしめてしばらくその場に立ち尽くしていたが、再度携帯を開くと震える手で着信履歴から千尋の名前を探し、発信ボタンを押した。
『明日、会える? 必ず男の恰好で来て』
珍しく郁から電話がかかってきたと思ったら、何だか疲れているような焦っているような声で畳み掛けるようなデートのお誘いだった。もちろん大丈夫だよ、と嬉々として答えると、一方的に時間と待ち合わせ場所を告げられ、あっという間に切られてしまった。
「郁ちゃん、へーんなの~」