♯4 女の私と男の俺
「もうお客さんやめるっ!」
そう言ったにも関わらず千尋は店を訪れた。しかも、来店する時は必ず女の姿である。郁の店はレディース専門店だからそれは構わないのだが、これまでは男のままで『彼女の服を買いに来ました』という雰囲気を醸し出していたのだ。
2度目のデートでそのことを指摘すると、可愛らしい女の姿で「『女』の私はお客さんだけど、『男』の俺は郁ちゃんの恋人だから!」と器用に2種類の声色を使った返事が返ってきた。
「千尋とは恋人でも何でもないでしょ」と冷たく突き放す。
千尋は目を真ん丸にして驚いた顔をした。「違うの? いまデートしてるのに?」
「あなたの中ではデート=恋人なの?」
「違うよぉ~。お互いに好きって思ったら恋人だよ~」
満面の笑みで肘をついて、両手の上に顎を乗せ左右に揺れている。
「じゃ、なおさら違うじゃない。私、千尋のこと好きじゃないもの」
「あはは~、またまたぁ~」
てっきりまたあの表情で驚くのかと思いきや、千尋はにこにこと笑っている。
「郁ちゃんは、嫌いな人とデートなんかしないでしょ。それに、絶対好きになるよ。絶対」
「随分自信があるのね」
「へへ~。だってぇ、郁ちゃんのこと好きだも~ん」
「女の姿で言われてもね……」
「そしたらいますぐ着替えてこようか。男の姿でびしっと告白したら、好きになるかな?」
「それはどうかしらね」
郁は頬杖をついて顔を背けた。たしかに女の姿で告白されるよりは、男の方がいい。でも、本当は見た目なんてどうでもいい。
やっぱりこの人も見た目重視なのね。
「やっぱやーめたっ!」
千尋は浮かせかけていた腰をすとんと落とすと、テーブルに肘をつき、にっこりと笑って身を乗り出した。
「別に着替えなくたって、俺は俺だし!」
「え?」
その言葉で郁は正面を向いた。千尋は満面の笑みで「こっち向いたぁ~」と喜びの声を上げる。
「郁ちゃん、俺はこんな恰好でも、心の中はびしっと男だよ! 郁ちゃん大好き! 俺とお付き合いしてください!」
千尋は深く頭を下げ、右手を郁に向けて差し出した。
その姿を見て、郁は苦笑する。
差し出された右手に触れると、うっすら汗ばんでいる。
しっとりとした手のひらを優しく撫でる。
「郁ちゃん?」
「いいわよ」
「それって……」
「お付き合い」
「……やったぁ……!」
千尋はテーブルの下から左手を出すと、自分の右手に触れている郁の手に添えた。
「汗……、かいてる」
ぽつりと言うと、千尋は少しだけ顔を上げた。「へへ……。ちょっと緊張しちゃった」
恥ずかしいのだろうか、引っ込めようとしたその手を郁は両手で優しく挟んだ。