♯2 手を伸ばしても
湖上から、晶がデビューしたと聞いたのは、家を出てから3ヶ月後のことだった。
デビューしたといっても、誰かと組んだとかではなく、晶の作った曲がCMで流れるのだという。
そのCMを見ると、姉として誇らしい気持ちが半分、あっという間に手の届かない存在になってしまったという寂しさが半分だった。
それから、そのCDが出ると聞いて、発売初日に買いに行った。CDショップに行って驚いたのは、晶は私に内緒で高校の時から何枚かCDを出していたことだ。自分の知らない晶が悔しくて、全部買った。しかし、その日のうちに聞くことが出来ず、何となく1週間ほど寝かせてから聞いた。
聞いてみると、CM等で聞いたことがあるものが何曲かあった。
何よ、デビューなんてとっくにしてたんじゃない。
私はどれだけ晶に置いていかれるんだろう。
私はどれだけ2人に隠し事をされているんだろう。
高校を出てからは湖上と2人きりの生活だったが、その頃にはツアーなどで家を空けることが多く、1人で過ごすことが多くなった。
晶に言われた『愛想もいいし、人付き合いも上手い。空気も読めるし、言葉もたくさん知ってる』という特技を活かしてアパレルメーカーに就職し、都内のデパートの中に入っている店舗に配属された。
「ねぇねぇ、ここ何時に終わるの?」
その店に小林千尋という名の小柄な男が毎日のように通ってくるようになった。
「当店の営業時間は8時まででございます」
得意の営業スマイルでそう対応すると、その男はそうじゃなくて、と笑った。
「飯田さんの営業時間を知りたいんだけど、俺」
千尋は屈託のない笑みを浮かべてカウンターに頬杖をつく。
「私のですか……? でも……」
「終わったら、ご飯行こうよ」
「いえ……、ちょっと……困ります……」
「困るって、何で? もしかして、彼氏、いる?」
「いませんが……」
「じゃ、いいでしょ? ね? ご飯だーけっ。変なこと絶対絶対ぜーったいしないから!」
そう言って、懇願するように顔の前で両手を合わせる。
「お客様……、ここでそんな風にされますと……」
「飯田さんがOKするまで、止めないっ!」
千尋はより大げさなリアクションでお願い!と叫んだ。
「わかりました、わかりましたから。もう止めてください」
声を押さえてそう言うと、さっきまで泣きそうな顔をしていたくせにケロリとして、やったね、と笑った。
『変なことは絶対にしない』と宣言する人は、たいてい、その『変なこと』をしようとしてくる。
自分は今年で19になる。高校の頃はずっと拒み続けてきたけれど、もう頑なに守る年ではないのかもしれない。
ころころと恋人を替える私に、湖上は「避妊だけはちゃんとしろ」と言ってきた。湖上は想いを寄せていた私達の母が亡くなった後、寂しさを埋めるようにたくさんの女の人と関係を持っていたので、それを咎めることはできなかったようだ。
だから、言ってやった。「そういうことをしようとしてきたから振ったのよ」と。
この男も、いままでの男と同じ。
私の見た目だけが目的で、アクセサリーみたいにぶら下げて満足するのよ、きっと。




