♯12 怒りのクリスマス
「ねぇねぇ晶君、何かお手伝いすることないっ?」
晶が黙々とクリスマス用のレアチーズケーキを作っている後ろで、千尋がぴょこぴょこと飛び跳ねている。
「黙って座ってろ。それが出来ないなら帰れ」
晶は千尋に目もくれず、ひたすらに作業を続ける。
「千尋~、アキがキレる前にこっち来た方がいいと思うぞ、俺」
長田がリビングから声をかけると千尋はしぶしぶキッチンを出た。
「ねぇ、オッさぁん、さっき車の中で言ってた『章灯さん』って、晶君の恋人?」
千尋はソファに浅く腰掛け、床に胡坐をかいている長田に顔を近づけて甘い声で問いかける。
「あのな、千尋。俺に色目使ったって無駄だぞ」
長田はため息交じりでそう返す。
「色目なんか使ってないもぉ~ん。ねぇねぇ、それよりっ。しょ、お、と、さんっ!」
「ああ? 章灯はアキの恋人じゃねぇよ。仕事仲間だ」
なおも近づいてくる千尋の顔を鬱陶しそうに手で避ける。
「なぁんだぁ。つまんないのぉ~。ねぇ、章灯さんって、晶君が女の子って知ってるの?」
「まだ知らねぇよ。あ、でも絶対言うんじゃねぇぞ! って、お前口軽そうだなぁ……」
「ちょっと~! 失礼じゃないですかぁ~。私、そんなおしゃべりじゃないもんっ!」
千尋はわざとらしく頬を膨らませている。
「……章灯さんにおかしなこと言ったら、ただじゃおかないからな」
背後から、いつもより低く抑揚のない晶の声が聞こえる。
「千尋……、コレはマジで怒ってるぞ」
「それくらいわかるよ……。晶君、ケーキは出来たの?」
取り繕うように笑顔を貼りつけて問いかけてみるが、晶は眉間にしわを寄せたままだ。
「あとは冷やすだけだ。それより……。お前、何であんなところに下着を入れたんだ。どう考えてもわざとだよな」
晶は腕を組み、千尋を冷たい視線で見下ろしている。
こんなに怒っている晶を見るのは初めてかもしれない。晶は普段、極力感情を表に出さないようにしている。その晶がこんなにも怒りを露にしている。
「ごめんなさい……」
「謝罪はもういい。理由を言え。納得出来るものなら、許す」
これは大した迫力だ。アキって本気で怒るとこうなるのかぁ……。長田は2人のやり取りをただ見つめていた。
「だって……」
「だって、何だ」
千尋は俯き加減で足をばたつかせている。晶は、それを表情を変えずにじっとにらんでいる。
「……晶君には無理してほしくないんだもん」
「無理って、何だ」
「プライベートくらい、女の子に戻ればいいじゃん。章灯さんにもさ、本当は女の子だって言ったらいいじゃん」
「……お前には関係ないだろ」
「関係……なく……ないもん。郁ちゃんの大事な家族だもん」
その言葉で晶は一度俯いた。腕を組んだまま、自分の二の腕を強くつかんでいる。
「……関係……ない」
それだけ言うと晶はその場に崩れ落ちた。
「アキ!」「晶君!」慌てて2人が駆け寄る。
「ちょっと……立ちくらみです。少し……休みます……」
晶は青白い顔でそう言うと、テーブルに手をつき、立ち上がろうとする。
「俺が運ぶから、無理すんな」
長田は晶を横抱きで持ち上げた。「千尋、アキの部屋のドア開けろ」
「千尋、アキにはアキのペースがあるんだからな」
晶をベッドに寝かせた後で、長田はコーヒーを勧めながら千尋に諭す。
「わかってるけど……」
「悪気はないんだろうけどさ。アイツも不器用だから、時間がかかるんだよ」
「うん……」
「俺らもついてるから、アキだけが苦しむようなことにはさせねぇって」
千尋はほかほかと湯気の上がるコーヒーをゆっくりと啜った。
「……ケーキ食ったら帰れよ。郁も待ってんだろ。せっかくのクリスマスだぞ」
「うん……」