♯11 爆弾設置完了
「ねぇ、郁ちゃん、私、今日晶君のところ行ってくる!」
頭のてっぺんからつま先まで女になりきっている千尋が両手いっぱいの紙袋を持って『turn off the love』の郁の作業部屋へやって来た。
「あら、どうしたの? そんな大荷物で」
「前の郁ちゃんのお店がセールやってたの~」
言われてみると、千尋が持っている紙袋は以前に勤めていた店のものだ。でかでかと『PINK POISON』と書かれている。
「まだあそこで買ってたのね」
「だって可愛いんだもん~。だから、晶君のところでファッションショーしてくるから!」
晶の許可は取ってるのかしら。それに、社宅なんだし、あんまり騒いだら迷惑だと思うけど……。そう思ったが、そのまま口にするのも何だか面倒くさく、「晶によろしくね」とだけ言った。
インターフォンが鳴った時、晶は翌日のクリスマスライブに向けての練習中であった。自分のユニットのではない。『thousand hands』という同じ事務所の先輩バンドのサポートである。ギター2本とベース1本の3ピースバンドで、本来はギターのサポートは不要なのだが、リードギターが病み上がりらしく、念のため控えておいてほしいと頼まれたのである。
幸か不幸か自分の部屋で弾いていたため、インターフォンが聞こえてしまい、しぶしぶ玄関へ向かう。この時きちんとモニターで確認すれば良かったのだが、つい面倒でドアを開けてしまった。
「おっ邪魔しまぁ~すっ!」
そう言いながら有無を言わさず上がり込んでくる。いくら晶より小柄だと言っても力は男だ。ぐいぐいと押され、結局リビングへ通してしまった。
「お前の彼氏をどうにかしろ」
晶から電話がかかってきたのはその日の夜だった。
「どうにかしろって……。何かやらかしたの?」
「何かも何も……、人の前でいきなり脱ぎだして……」
「あら? 襲い掛かった?」
「そ……っ、そんなんじゃないけど! 次から次へと服を着替えて……!」
「ああ、いつものファッションショーよ。新しい服を買った日は必ずやるのよ。いつもはウチのバックヤードでやるんだけど……。今日は晶の家に行くってきかなくって」
「何でウチがバレたんだ……。とにかく、郁の方でしっかり見張っておけ」
「あら、千尋を束縛する権利なんて私にはないわよ」
「なかろうがなんだろうが関係ない。どうにかしろ」
そう言って電話はぷつりと切れた。郁はため息をつきながら振り向く。
「晶、相当怒ってたわよ」
「えへへ~、ごめんごめん。少しでも女の子の恰好に興味持ってもらえるかと思ったんだけど。失敗だったね」
千尋はちっとも悪びれた様子はなかった。
「女の恰好に興味持たせてどうするのよ。あなた、『男』の晶のファンなんでしょう?」
「うーん、そうなんだけどさぁ。もしかしてなんだけどぉ、晶君、男の人と同棲してるかもなんだよね」
「どういうこと?」
「洗面所に歯ブラシ2本あったし、髭剃りもあったし……」
「まぁ、いくら晶でも髭は生えないわね……。でも、それ、湖上さんのじゃないかしら」
「そうかもしれないけどさぁ~。でも違うと思ったの! これは『女』の勘!」
「……あなたは『男』でしょう」
郁は呆れた顔をして千尋を見つめた。
「まぁまぁ、細かいところは気にしなーいっ。でね、ちょっと爆弾しかけてきたの」
千尋は両手を口元に当ててぐふぐふと笑っている。
「……爆弾?」
「『私』のブラジャー!」
郁は視線を宙に泳がせて大きくため息をついた。「それのどこが爆弾なわけ?」
「え~、いろいろあると思うんだけどぉ。たとえば、晶君が発見した場合、その同棲相手が女の子を連れ込んだ! って修羅場になるでしょ」
「……なるかしら」
「で、逆に同棲相手が発見したとして、晶君を『男』だと思ってたら、晶君が女の子を連れ込んだ! ってなって晶君質問攻めでアワアワ……みたいな!」
「……そうかしら」
「で、もし、晶君の『女』がバレてたら、ラッキー、晶君の下着Get! って盛り上がって……とか!」
「……馬鹿馬鹿しい」
「まぁ、それは半分くらい冗談だけどさ。もし、その人が『男』だと思ってたとしても、ブラジャー発見したらさぁ、もしかして晶君って『女』なんじゃないかって気付くと思うんだよね。いくらそれっぽく振る舞ってても、やっぱり晶君は女の子の身体だよ」
千尋は口を尖らせ、少しだけ真剣な顔で言った。郁はその表情を意外そうな目で見つめる。
「あなたはその同棲相手に晶が『女』だって気付かせたいの?」
「ん? まぁ、そうだね。自分を偽って生活するのって、郁ちゃんが思ってる以上に大変なんだよ」
千尋は笑顔でそう言った。
「千尋、あなた……」
「いやいや、俺は好きでやってるけどさ。晶君、強がってても女の子だもん。毎日嘘をつき続けるなんて身体に毒だよ」
そうだ。晶は強く見せてるけど、あれで結構繊細なところがある。千尋はそれを見抜いているということだろうか。まったく、この人は……。
郁は足をバタバタとさせている千尋にゆっくり近づくと、前髪をかき分けて額にキスをした。
「郁ちゃん?」
不意打ちのキスに千尋は顔を赤らめた。
「あなたのそういうところが大好きよ」