♯1 凡人と天才
私は凡人だ。
勉強も運動も人並みに出来る。
芸術の方面も取り立てて秀でているわけではない。
家事も一通りこなせる。
友達も多からず、少なからず。
辛うじて突出している部分があるとすれば、それは、容姿だ。
『郁は美人だよね』
『昨日も告られてたでしょ? どこの学校の子?』
『いいなぁ、あたしも郁みたいに美人だったらなぁ』
クラスメイトからの賛辞は、妬みが見え隠れしている。
下手に謙遜しても面倒なだけだ。ありがとう、と適当に笑って返す。
あなた達、私の妹を知ってる? 知ってて言ってる?
心の中ではいつもそう思っている。
双子の妹は、凡人ではない。
小さい頃から絵や工作で賞をとっていたし、中学生になって父親代わりの湖上からギターと料理を教わったが、あっという間に超えてしまったようだ。いつも陽気な湖上が、真夜中にがっくりと肩を落として誰かに電話をかけていたのを見たことがある。
高校でも吹奏楽部に入部したが、妹目当てで入部希望者が殺到し、部がパンク寸前になったこともある。楽器が足りなくなるから、と、経験のない楽器に移っても、すぐに先輩よりもうまくなってしまう。
その上、美人だ。
一卵性で同じ顔のはずなのに、決定的な何がが違う。
髪を短くして男のように振る舞っているが、隠しきれていない。
髪が長いとか、可愛らしい格好をしているとか、薄っぺらい表面しか見ていない男共は、私みたいなわかりやすい容姿の女を好きになる。
だから、16歳から、彼氏は途切れたことがない。皆似たり寄ったりのつまらない男達だ。外見だけを見て、すぐに駒を進めようとしてくる。
何よ、私じゃなくてもいいんじゃない。
私みたいなのは、そこら辺に溢れているもの。
でも、妹は、世界のどこを探しても、きっとどこにもいない。特別な人間なの。私と違って。
その長く伸ばしている前髪を上げてごらんなさいよ。
私なんかよりずっとずっと綺麗な顔をしてるくせに。
これ以上、どんな才能を持っているのよ、あなた。
「卒業したら、家を出る」
高校3年の2月、妹は、晶はそう言ってきた。
「家を出て、どうするのよ」
「コガさんと同じ事務所に入ることになった。プロになる」
湖上はカナリヤレコードという音楽事務所に所属するプロのベーシストだ。晶のギターの腕はすでにカナリヤレコードの社長の耳に届いていたらしい。いや、もしかしたら湖上が紹介したのかもしれない。
「それならここにいてもいいじゃない。いままで通り3人で……」
「嫌だ」
「どうして……」
「もうお前と比べられるのはたくさんなんだ」
「晶……?」
「郁と一緒にいるのが辛い。自分がどうしようもないダメ人間に思えてくる」
「何言ってるの……? それは……」
それはこっちの台詞なのに。
「愛想もいいし、人付き合いも上手い。空気も読めるし、言葉もたくさん知ってる」
「そんなの特別なことじゃないじゃない」
「でも、生きてく上では大事なことだろ」
「そうかもしれないけど……」
私はあなたみたいに光るものは、ひとつも持っていないのに。
「……郁みたいになりたかった」
その言葉を最後に、晶は家を出るまで、私と口を利こうとしなかった。