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過去あるいは未来の記憶

1940年2月22日 ターラント港


 戦艦扶桑は、船団護衛部隊の中心戦力である加古と古鷹からなる第六戦隊第二分隊に加えて駆逐艦数隻。そして、護衛対象たる貨物船隊を従えてイタリア海軍の要衝、タラントに入港してきた。なお、タンカー隊は分派された駆逐艦および巡洋艦阿賀野からなる第六水雷戦隊の直衛を受けている。


「ターラント・・・ようやく我々の欧州への旅路も終了と言うわけか」


「ここまで長かったですな・・・」


 感慨深げにターラントの港町を眺めながら松浦や洞院は微笑みを浮かべた。

もっとも、旅路の終了はあくまで船団としてでしかなく、扶桑自身はこの後もっと北にあるジェノバに向かうことになっているし、タンカー隊は石油の積み出し港であるトリポリに、貨物船隊は扶桑や古高、栗駒率いる6水戦と共にジェノバに向かう予定になっていた。ここでドイツからの工作機械や武器とゴムやマンガンなどを交換することになっていた。

一方の義男はどこか渋い表情をしていた。旅路の半分が終わったことで安堵はしていたが、彼の心中ではこの地を複雑な思いで見ていた。


(ここで、史上初の航空部隊による港湾襲撃があるのか・・・)


 彼の中ではここは世界で始めて戦艦を航空機によって撃破したということの方がインパクトがあったのだ。曲がりなりにも戦艦の艦長を務めているのだからどこか思うところがあったのかもしれない。義男とて転生者である以上、航空機によって戦艦が撃沈できると言う事実を知っている。だが、それであってもなお、義男には信じられなかった。この巨大な戦艦が蚊トンボのような航空機によって打ち沈められてしまうのだと言う事実に。

実は、意外なことかもしれないがターラントの空襲は日本海軍にはそれほど大きな衝撃を与えることがなかったらしい。「まぁ、停止しているんだし、魚雷食らえばそりゃ沈むよね」という認識だったらしい。むしろ、この後に自らの手によって行われたマレー沖海戦のが遙かに衝撃的であったと言われている。なにしろ戦闘行動中の戦艦を撃沈できたのだから。


 だが、たった一夜にして戦艦を3隻も行動不能にされたという厳然たる事実が存在していた。戦艦がボコスカ沈んだ太平洋戦線やジュットランド沖海戦などの方に注目しがちな我々からすれば少しぴんときにくいこともあるかもしれないが、戦艦という物はこの時代、世界最強の戦略兵器であった。いうなれば現代の核兵器と同義なのだ。そして外交における重要なカードでもあった。それがたった10機やそこらの航空機によって沈められたということは戦艦という兵器そのものの時代の終わりを象徴した一幕であったといえるだろう。だが、それで戦艦が無価値な者へと転落したのかというと別にそんなことはなく、その後も戦艦は各地の戦線に投入されている。しかし、戦艦の価値がそれなりに低下したことは間違いないことであった。だいたい無用論なんて振りかざす奴はいつの時代も碌な奴ではない・・・というのが義男の持論であった。


 とはいえ、義男としてはこの扶桑をジェノバまで持って行けば今回のお仕事&30年くらいやってきた軍人生活の任務も終了することは間違いなく、とりあえずここまできたんだから後はまぁ、予備役にでもはいって最悪、太平洋戦争での予備役招集で護衛船団の司令にでもなれたら御の字じゃね?と考えていた・・・いや、それどころかこいつはタラント空襲についての考察を終えてしまった以上、考えることなんてこれからジェノバへの行程をどうするかだけでしかなく、むしろこれからタラントに寄港して、船を下りた後にどんなイタ飯を食べようかと食欲に彩られた思考の海に埋没しようとしていた程である。全く、脳天気にも程があるというものだ。・・・いや、というよりもむしろ諦めていたといった方がいいのかもしれない。

 義男は気づいてしまったのかもしれない。歴史という巨大な川の流れに逆らおうと考えた自分自身の無力さというものに・・・というか厨二病が治癒した後に発生する自己嫌悪が数十年間ぶっ通しで続いているからなのかもしれないが・・・


 まぁ、とりあえず義男にとってタラントという港町は、食事以上にそういった歴史的なターニングポイントの一つであると判断すべき所であったことは間違いない。


 そんなわけで、このホモ疑惑まで発生するほどの無自覚ハーレム主人公並の楽天気質なこいつは早速司令官に意見具申を行うことにした。


「司令、折角タラントについたことですし、半舷上陸の際に降りて飯でも食いませんか?」


何気ない言葉であった。

稚内の事務所ではよく交わしあった言葉である。辺境の僻地に飛ばされ、入ってくる海軍艦艇も偶に北方の警備にやってくる駆逐艦や海防艦などの小型艦艇であり、それも補給でとっとと出かけてしまう。冬になるとその駆逐艦もほとんど寄りつかなくなることもあって、もう日々暇で暇で仕方なかったこともあって、二人は半ば仕事そっちのけで(最低限の仕事はやったが)よく事務所で熱燗や鍋を楽しんでいた仲であった。そんなわけだから、松浦もまたホイホイと乗っかってしまう。


「そう・・・だな。もうすぐだしな。参謀長、君も一緒に来たまえ」


「え?よろしいのですか?」


少し洞院は戸惑ったような顔を浮かべたが・・・


「喜んで、御招はんに預かりましょう。」


ニッと微笑を浮かべながら言った。

なんだかんだで彼もイタリア料理を楽しみにしていたらしい。

イタリア料理には前世の経験である程度知識がある義男も含めて・・・



だいたいそんな感じで船団司令部が和やかな雰囲気に包まれていたのだが、時代はそんな和やかな雰囲気をぶっ飛ばすのがある種のお約束といえた。全く持って暢気なモノである。


倫敦 某所


葉巻をくゆらせながら、禿げたオッサンが報告書を読んでいた。


「つまり、日本の船団は無事にイタリアにたどり着きつつあると言うことかね?」


「ええ。残念ながら」


「ああ、全く持って残念だ」


フンッと花から紫煙を吐き出したオッサンは嵐でも起きて全部沈めばよかったものを・・・とでも言いたげな顔でいた。


「日本の艦隊戦力は?」


「ハ、タラントの工作員や付近の我が国の艦船らからの情報によりますと、タンカー6隻、貨物船4隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦7隻といった勢力でした。」


「ふむ・・・彼らがイタリア艦隊と共同すれば拙いことになりそうだな。」


「ハイ閣下。中途半端と言えば中途半端ですが、無視することもできません。」


「全く、全てはあの忌々しいリビア油田の発見からだ・・・」


おっさんは葉巻を吸い、スコッチで追っかけながら静かに思い返していた。

およそ10年近く前となろうか?まだあの暗黒の木曜日に端を発する世界恐慌が世界に文字通り広がりつつあったときのことだ。イタリアのとある石油掘削会社が本当の本当に偶然、油田をキレナイカ地方にて掘り当てたのである。たしか・・・モンデュアル・・・とか言ったか。第一次大戦頃から出てきたイタリアの新興財閥だ。・・・なんか男の子が空飛んで槍を振り回してそうなイメージがオッサンの仲に浮かんだのだが、多分それは気のせいだろう。


 まぁ、そんなことはどうでも良い。兎に角、その油田の発見によってイタリア経済は一気に回復した。安い石油を求めて独逸がやってきたからだ。当時ヒトラー独逸によって推し進められていた経済改革によって独逸経済は飛躍的な回復を見せた。そこの裏にはイタリアからの相場よりもやや安めな石油の輸入やイタリアへの企業の進出による独伊を中心とする経済圏の形成などがあった。ムッソリーニによって勧められた経済政策&マフィア撲滅も又イタリア経済の好循環に一役買っている。


 おかげでイタリアマフィアの残党や地下組織から地中海の情報がより正確になったというメリットが大英帝国にももたらされたが、イタリアという地中海を分断する存在・・・それはつまり大英帝国の地中海を経由してでのアジア政策に影響を及ぼしうるやっかいな奴らが相対的に力を得つつあると言うことに、大英帝国としては黙ってみているわけにも行かなかった。


 イタリアは海外から石油などの各種資源の輸入が途絶した独逸に中継貿易などといった形で物資を提供しているのである。これでは大戦はより大英帝国にとって不利になる。ただでさえソ連と独逸は不可侵条約を結んでしまっているのだ。北欧でもイギリスは結果的に敗北した。独逸がソ連を攻めないのであれば、それはすなわちフランスにその矛先が向くと言うことに他ならない。下手をすれば又第一次大戦のような血みどろの泥沼化した塹壕銭のような戦いが起こりかねない。それはイギリスにとっても避けたいモノであった。まぁ、独仏国境にはフランスが精魂込めて建設した要塞線「マジノライン」が存在していることもあって、警戒すべきはベルギーでの国境線に限られている。


 現状ではエバン・エマール要塞をはじめとするベルギーでの要塞線と少なくとも数字上は独逸軍を凌駕していると考えられる英仏機甲軍をもっての機動戦闘になると考えられていた。それは半分正解であり、間違いであったのだが、それはまだ少し先の話であった。そのため、連合国にとってはいずれ本格的な戦端は開かれるにしても、それはまだ先の話でしかなく、当面はにらみ合いが続くだろうと考えられていた。だからこそ、今のうちに独逸の国力を出来る限りそいでおくことこそが二度目の大戦における連合国の再びの勝利につながるのだと誰もが考えていた。


 しかし、この中立の状態でふらふらしているどころかむしろ独逸よりとなっているイタリアの存在はおっさんにとってみたら迷惑というか不届き千万以外の何者でもなかった。いずれどちらかが有利になったところで不利な方に宣戦を布告するのだろうと言うことは誰もがある程度考えていた。おそらくそれはドイツのヒトラーも同じだろう。ただでさえ、イタリアは第二次大戦前に現状の旧式戦艦郡の一斉改造してしまう。またそれに加えて、ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の建造に邁進しているのだ。それも、すでに初期ロットの2隻が就役しており、第二ロットの2隻はすでに進水し、艤装工事が進んでいる状態なのだという。全く持って最近のイタリアは確かに締め切りこそ守らないが、それに出来るだけ近づけようと努力している辺りイタリアらしさを捨てようとしているのだ。それもこのオッサンにとってはいやなことだった。


 地中海を分断する彼らが万が一英仏連合軍に対して牙をむいたら・・・おそらく現状のフランス海軍では相手にならないだろう。英国海軍だって現在ドイツがヴィルヘルムスハーフェンにて展開している高速戦艦部隊に対抗するために貴重な高速戦艦群を配置しているため、地中海に舞わせられるのはせいぜい旧式なQ級戦艦群であった。これではフランス海軍の力を借りてもイタリア海軍と戦うのはちょっと厳しい。港に逼塞させられてはなかなか敵を撃破するのは難しいからだ。そう、英国には第一次大戦期のガリポリの戦いというトラウマが刻みつけられていたのだ。

 

 そして、オッサンを悩ませているのはここで極東の新興国、日本が独伊と連携をとりつつあると言うことだ。戦艦を10隻保有しているというこの国の存在は決して無視して良い存在ではない。つまり、イギリスは地球的な視野で見れば三方向の敵と相対しかねないと言うことでもある。出来れば相手はしたくない。が、ここで日本はイギリスの・・・もっと言うと血圧がちょっと危険帯に達しつつあるオッサンの神経を逆なでするかのように旧式ながら戦艦を含めたそれなりに有力な艦隊と船団を派遣してきた。その船団の積み荷がアジアからドイツに向かう戦略物資であることはほぼ間違いないだろう。攻撃を掛けたらそれを理由に日本が対英仏参戦。逆に攻撃を掛けなければドイツはその命脈を伸ばしてしまう・・・。オッサンにとっては厄介極まりないというかすごくい嫌らし一手であるようにうつった。が、事実船団がそうした側面を持っていたことは事実であろう。

 

「だが、逆に言えばイタリアを早期に味方に付ける、ないしは叩きつぶしてしまえばドイツの下腹部を直接突くことも出来ると言うわけだが・・・」


「そのためには早期に伊太利亜を叩きつぶさなければならないでしょう」


「そうだ。が、それも難しい・・・と言うわけだが、君はどう思う?トゥービー大将」


トゥービーは静かに言った。


「確かに、イタリア海軍を早期に撃破することは難しいでしょう・・・が、ある一定の損害を与えることは出来るかもしれません」


「どの程度かね?」


「多くても数隻の戦艦を航行不能ないし何らかの損害を与えられるかと・・・」



「詳しく、話を聞こうか・・・」


オッサンは身を乗り出してそう言った。

結構いやらしい笑顔を浮かべていたりする。



 



と言うわけで、久しぶりに書いてみました。

オッサンはどうも葉巻が好きなようです。ちなみに私は煙草は吸いません。義男は・・・どうでしょうね?

売却予定とは言え戦艦1隻、そして船団護衛に巡洋艦3隻に駆逐艦7隻はなかなか豪勢です。でもどこか中途半端さもまたぬぐえないものです。

さて、こんな艦隊が第二次大戦にどう関わっていくのでしょうかね?

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