会得と絵
「……はっ!?!?」
「おはようございます。キーナさん。いい夢は見られましたか?」
キーナは椅子から飛び起きた。
「はぁはぁはぁ…、苦し……くない。息、出来る……」
「どうやら、いい夢にはならなかったみたいですね」
「リタさん、なんですかあれ!?」
「あれは自己顕現を習得するための幻術空間。通称、『夢見式』と呼ばれています。寝ている間に修行が出来る、素晴らしい術式です」
「自己顕現の修行だったんですか!?」
「はい。これから修行する、と伝えたと思いますが…」
「私、窒息死したんですけど!?」
「殺されてしまいましたか…先は長そうですね」
「いきなり襲ってきて…私より強い魔法でハメ殺しされました…」
「いわゆる"レベチ"ですね。その状態だと…まずはあの修行からですね」
「修行って?」
「はい! まずはお絵描きです!」
「はい?」
◆
ミヤフィはまだ走っていた。
「走れオラァ!」
「もう無理い〜!」
ミヤフィの足取りはフラフラと、もはや走れるような状況ではない。一桁年齢、しかもリハビリ中なのに既に10kmは走っていた。
「足が疲れたか? なら休ませてやろう!」
「…ゃ、やった!」
「シャドー(ボクシング)だオラァ!」
「ぴええええええ! 足使ってますよ! 大地を蹴ってるじゃないですか!!!!」
◆
「お絵描きですか? 魔法とは関係ないのでは?」
「はい。それ自体は全く関係ありません。ですが、今のキーナさんには自己顕現に一番大事なものが足りていません」
「足りないものですか? …魔法の技術とか?」
「いいえ。簡潔に言えば『やりたいこと』です。自分を強く持たない者に自己顕現は使えません」
「うっ……たしかに、今まで生き残る事だけ考えてた……ミヤフィと会ってからも」
「今まで大変だったでしょう。それは仕方ありません。ですが、それでは自己顕現は使えません。あなたには固有の魔法もあります。まずはそれで良しとするか、それとも今から自分に問いかけるか。あなた次第です」
キーナはリタの言葉を受け、俯いていた。魔法も少しは使えるようになっていた。ミヤフィは勇者のマントをきっかけにとんでもなく強い魔法使いになった。魔力操作も凄くて、魔法器械も自分で作ってしまう程だ。それに比べて自分には何も無いから、手っ取り早く強くなれる……いや、自己顕現を覚えれば何かした気にはなれる。
青空にさえ見透かされているようだ。透けているのはそっちだというのに。
「私は……強くなりたいんじゃない。ミヤフィみたいに、この世界を探究したい訳でもない。まだ、あそこにいた頃みたいに……生きてるだけの、空っぽです。だから、自分を見つけたい。ただ、何も描ける気はしないです」
キーナは本当に自信がなかった。何も浮かばない。
「ではどうしますか? 絵だけではありません。街を見て回って見聞を広めますか? それとも瞑想して自分を見つめ直しますか? それとも……」
リタが神妙な顔付きになってキーナを見た。キーナの喉が鳴った。
「そ、それとも……?」
「メイドになりたいというのならば、今日にでも自己顕現をマスターさせてあげましょう!」
リタはスッ…と銀食器を出した。擬似的に聖銀空中でと化したナイフとフォークはエアステーキのエア食事を静かに行っていた。
「……やっぱりお絵描きにします」
キーナはちょっと引いていた。元パンピーのキーナは、メイドをオタク文化だと捉えていた名残が消えないのである。
自己顕現、将来の夢については、できるかどうかではない。とにかく描くしかないようだ。
「畏まりました。まあ、将来の夢でも描くと思って気楽にお描きください」
キーナはリタから炭筆とキャンバスを渡された。あと椅子も。
目を瞑る。今までの思い出を、無理やり思い出した。
ーー谷口海奈は12歳で死亡した。飛行機事故だった。
まだ早いと言われていたがはじめての一人旅行、夏休み、祖父母の家に一人で、しかも飛行機で行く挑戦をしようとしていたところだった。
何もかも順調である。いや、空港までは両親の助けがあったが。
どうやら、日本での…新しい方の記憶から思い出しているようだ。
「ここでトランクを預けて、引換券を貰うのよ」
「飛行機から降りたら、最初に『荷物のお寿司』のところに行くんだよ。場所は覚えてるよね?」
「うん! 降りたらエレベーターに2回乗って、お寿司の部屋に行くんだよね!」
「(…エスカレーターだけど、まあいいか)」
海奈の父は娘が行き先を間違えるのではないかと心配したが、その心配は杞憂である。向かう先の空港はどの道を通っても一方通行だ。ここ羽田空港が特殊なだけである。どちらにせよ、飛行機がこれから墜落するのだから、荷物は残らない。
「会いたいなぁ…魔法で戻れないかなぁ…? ……そういう難しいのはミヤフィに任せよう!」
飛行機に乗った後、しばらくは外を見ていたが、最終的には寝てしまった。次に目を覚ましたのは、隣の人に酸素マスクをつけられた時だった。
そして……墜落間近。飛行機はきりもみ回転しながら自由落下していた。
「頭を下げて! Head down!」
「わあああ浮いてる!」
「きゃああああ!」
機内はパニックだった。海奈は飛行機が姿勢を崩した後から呆然としていたので、朧げな記憶であった。
「あの時魔法が使えれば…今でも飛行機を浮かすことはできないけど…」
どうやったら助けられただろうか。飛行機を浮かす必要はないかもしれない。衝撃さえ逃がせれば、それでよかったのかも。例えば墜落する直前に運動の向きを変えるとか。氷属性下級魔法・鉄砲水で生んだ水で勢いを殺すとか。
…どちらにせよ、魔法はなかった世界だ。関係ない。
(やりたい事とは関係ないよ)
やりたいことやりたいこと…と目をつぶってぶつぶつ言い始めたキーナ。
ちなみにリタが自己顕現を習得したのはメイド道を志した後。この段階は一瞬だった。
バサバサバサバサ、バッッッッッ!!!
魔法書が内に記した魔法を検索し、目的のページで止まる。
「此方へ来よ、寄生木の芽。阻みの因果を超え撃ち貫け!」
少女の周りに一本の大きな矢が生成される。
「「吸命の矢、ミストルティン!」」
少女が杖を敵の方へ突き出すと、少女と融合していたシンクロデバイスもまた同じ動きをして魔法の威力を増大させた。光の矢が怪物を貫き、近い部位から干からびていく。
そして矢が光を強めると、怪物と矢はパリッと砕け散った。
(魔法少女ミナキュアTOPGUN、小さい頃は好きだったなぁ…真似したりして。あ、魔法なら使えるじゃん)
ムクムクっとキーナの「やりたい」が起き上がる瞬間だった。ムクムクっと。
カッッッッッ!!! と目を見開いたキーナは、キャンバスに鉛筆を走らせた。ちなみに鉛筆はとても硬くて重い木である、カボンの木を窯で加熱し、炭素分と少しの繊維質を残したものだ。繊維質は水分が抜けたことで適度に脆くなり、鉛筆としての性能、つまり折れにくさと崩れやすさを両立していた。
サラサラッッッッ! と、キーナの筆は止まらない。
そして数分後、キャンバスには一冊の辞書があった。
「描けましたか。これは?」
「魔法の本です!」
「何が書かれているんですか?」
「何も。書かれていません」
「意味がないのでは?」
「いいえ。……今教えた方がいいですか?」
「……いいえ。イメージがしっかりしていれば問題ありません。キーナさんの自己顕現、何が起こるのか楽しみですね。では」
リタの神速の速攻により、キーナはまたもや夢見式の空間へ誘われるのだった。




