異世界エルデ初の機械加工
ご無沙汰しております。遅筆の私です。
帰ってきたミヤフィは魔力で万力を作った。それに鉄のインゴットを嵌め、魔力操作でクランプする。
「大魔法は禁止って言われてるけど……これくらいなら」
『理識る闇の絶対聖布』起動。万力の出力を高め、鉄を握り潰していく。授業で使ったSS400より柔らかかった。視界に「私は工作機械ではありません」との表示がされたが「殺しよりはいいでしょ」と返事をした。
そして円盤のようになったインゴットを、魔力で作り出した円盤に乗せた。直径はミヤフィの顔くらいで、厚さがミヤフィの手ほど。それを高速回転させ……ピザ状の鉄インゴットを削っていく。
「魔力で作った平面は超平面……シリコンバレーも真っ青な程の、超平面だ。母性の原理……限りなく平面に近い加工はこれでしかできない!」
しばらくして超平面の加工が完了する。
「うわぁ、切り株みたい…」
一流の木こりが切った切り株の様な鉄の超平面板が出来上がった。
「これはスゴい加工技術なんだねぇ……魔導器械職人より鍛治職人の方が向いてるんじゃないかねぇ……」
「まだまだこれからですよ!」
魔石を乗せ、鉄の平面盤の上に魔力でクランプした槍を構え、高速回転させる。
「あれ? そんな平らな板を作れるんなら魔力で加工すれば良かったんじゃないの?」
疑問を呈するキーナ。
「魔石を高密度魔力で加工すると爆発しちゃうからね。固定はできるんだけど。まあ簡単なフライス盤代わりだよ」
「なるほどねぇ〜、魔石を削るために鉄を加工したんだねぇ〜? ところでフライス盤ってなにかねぇ〜」
鉄ブロック面に平行に動いた槍は、回転して魔石を平面に削っていく。
そのままでは波打った様な面になるので、荒削りをしたら槍の刃も直線に加工し、歯の側面を当てて削っていく。魔石は鉄より軟らかいため簡単に削ることができた。
そして魔石が正八面体状に加工された。簡単なフライス盤代わりと言う割にセルフ5軸加工である。物質化した高密度魔力、マシニングセンタばりの大活躍。
平面が6個ある。
「1面は魔力供給用に使うとして……残り5面をどう使うか
魔法の転写に入った。ここからは魔力操作により細い線を刻印していく作業だ。大得意である。
ミヤフィは残りの5面の内4面に〈理識る闇の絶対聖布〉のライブラリーから上級魔法を一つずつ抜き出し、一枚一枚転写していく。
表面がジャガイモの様に凸凹とした魔石と比べて、6面フライスサイコロ魔石は各面が平面なので、作業は目茶苦茶早い。
「凄い……んだねぇ。5倍以上の作業スピードになる……んだねぇ」
「なんだこの刻印! 俺の20倍は速いぞ!」
そして最後の面を4つの魔法陣への魔力供給用として。
練習してきた魔力操作能力により刻印技術は世界トップクラスのミヤフィ。ものの10分で6面の加工が完了した。
「完成! 『基本四属性魔法匣』!」
ミヤフィの周りには人が集まっていた。加工技術だけでも十分注目に値するものだ。ミヤフィの加工は地球のメソッドを応用し、エルデでの加工技術の域を超えていた。
「凄い加工だったねぇ……ミラマーフェ魔法国の『塔長リーザイコ』に匹敵するんじゃないかねぇ……」
「魔石を削ってから加工なんて……思いついてもやらねぇよ……」
「そうだな……魔法器械職人は鍛冶屋に伝なんか無いしな」
「ああ。互いにリスペクトはしているが、不干渉の不文律がある。鍛冶屋が魔石を割ったら大損害だからな!」
「しかも魔石を削るなら錡を使うものだと想像していたが……刃物を回転させて魔石を削るなんて誰も思いつかない!」
「いや、問題はあの魔法器械が何を出来るかだ。魔法器械コンペティション的には」
「実演します! これは一つで基本四属性の上級魔法を発動できる魔法器械です。この面に魔力を通すと、『火竜』『水竜』『風竜』『土竜』が……発動しました」
「おおお!」「なんと!」「たまげたなぁ」「こらすげぇ」「なんで驚いてるの???」←キーナ
基本四属性上級魔法、竜シリーズはそれぞれの属性の竜を相手にぶつける古典的な魔法である。誘導して飛ぶ魔法だが、他の魔法と違って竜の体の一部が相手に当たると、残りの体も全てが相手を包み込み攻撃する、非常にコスパの良い魔法である。
ミヤフィが『基本四属性魔法匣』に魔力を送ってしばらくした後、四体の竜が天に登る。一同は口を開けてそれを見送った。
「すげぇ……俺ミヤフィちゃんに投票するよ」
「僕も」
「私も」
「やるのねぇ。ミヤフィ君。しかし、どうやって異なる属性の魔法陣同士を繋げたのかねぇ?」
炎と氷、大空と大地属性の組み合わせは、一般的にそれぞれ同時に発動することはできない。魔力同士が中和され《《属性が無に帰してしまう》》からだ。
ミヤフィが秘匿したい企業秘密中の超機密事項である。
「それは……さっき皆さんが見ていた通りです」
「わからんわい!」
言いたくないんだけどなーと思考を巡らせるミヤフィ。しかし魔法器械コンペティション、原理を説明できない魔法器械は失格なのである。
仕方がないので説明することにした。
「この匣、6面あります。そのうち4面は魔法発動用ですが、残りの2面は魔力蓄積・解放と分配用の魔法陣に使われています」
「ほう……よくある魔法陣の組み合わせだねぇ。新しいことをするのには使い古された技術も必要だってことかねぇ。しかし、それでも『分配魔法陣』から対称属性ペアへの同時分配は失敗した例しか無いんだよねぇ?」
「確かにそうだ! 教科書に書いてあったから、ずっと昔から解決されてない問題だよこれ! 一体どうやったんだ!?」
「……あんまり言いたくないんですけど」
「おいいいいい! そんな事だと失格にするんだねぇ!」
うーん、この発明、後悔するんじゃなかった…と思うミヤフィ。
「確かにここは学会的な場なんだよなぁ……先生、この国ってって発明が保護される法律ってありますか? 例えば発明者は20年間専売権を得て、生産と流通をコントロール出来るとか」
「無いんだねぇ。そんなことしたら文明が廃れてしまうんだねぇ! いいかねぇ、発明なんて大量にあるんだねぇ。そんな処理してたら役所がアリの巣の大雨なんだねぇ! 魔道具職人はリスペクトし合い、例え仲が悪くても魔法陣は真似し合い、魔法器械の質を無限に高めていく。そうして技術を高めないと魔物に飲み込まれて我々は死んでしまうんだねぇ!」
ミヤフィはアリの巣の大雨ってなんだよと思った。パンクするってことかな? それともシャットアウト? この世界に空気圧式のタイヤはない。
「ミヤフィ様、お困りですね。とはいえ、ここで発表してしまったのが運の尽き。この世界は特許ではなく相互の技術公開です。発明者の得は……素晴らしい発明を沢山して認められれば、他の人が発明を送ってくれるという、技術的なもの、そして発明者として公認されるという名誉……ブランドに関わってきます。みんな、真似っこの魔法器械よりも『ミヤフィ印』を自慢する文化に染まり切ってます。近辺の国はそういう風習なので特許なんかいらないんです」
「なるほど。『粋』ってやつですね」
「これはこれはねぇ、クァルテット教授。解説ありがたいねぇ。付け加えるとねぇ、そうやって気前よくやる人にしか刻印士は付いてこないんだねぇ。いくら君がみんなの20倍の速度で刻印できるとして、私には40人が一瞬で集まるんだねぇ」
就任して数ヶ月で教授かよとミヤフィは思った。
そして異世界エルデの風習をまた一つ理解した。とは魔道具ダールグリュンには出してくれなかったのである。
「分かりました。ごめんなさい、『引っ越してきたばっかりで』知りませんでした」
「ま、まだ5歳ってことかねぇ」
「4歳です」
えっ!? と一同が驚く。
「山人族じゃなくて5歳かよ!」「4歳だろ」「やべーな、天才じゃん」「勇者らしいよ」「すげー!」「かわいー!」「ミヤフィ様お可愛いですよ」「やーいミヤフィ神童!(笑)」
「(うわ超恥ずかしい、授業参観で親が騒いでる気分だ)」
便乗してきたリタとキーナじとーっと見るミヤフィ。
「……というわけで同時に対称属性の魔法を発動するミヤフィ驚異のメカニズムを解説させていただきます」
パチパチパチパチ……! と結構大きい拍手が送られる。ミヤフィ、ノリノリである。
「実はこの匣、私の刻印技術によって《《内部にまで立体的な刻印》》がなされています」
この時点で、あ、これ真似できないやつだ。とみんな思った。ニンジ教授も冷や汗をかいている。こいつヤベーと。
「基本的に魔石の表面に魔力蓄積・解放の刻印を施すと『魔石全体に渡って』魔力蓄積が行われます。既存の魔力分配魔法陣は、蓄積された魔力を決まった割合で2箇所以上に分配するだけの機能です。これは皆さんご存知でしょう」
「テストで出るんだねぇ。限られた時間によく勉強したんだねぇ」
「得意ですから」
「……で、ここからが本題ですが、この匣、魔力蓄積・解放の魔法陣で魔力蓄積するエリアを体積の半分でカットする魔法陣を内部に刻印しています。
このように」
ミヤフィは空中に魔力でブロックを作った。魔力蓄積の面から半分までを黒く塗りつぶしている。
「そして残りの体積を冷やし中華の野菜のように4分割……」
「冷やし中華ってなんだ?」
「(しまった。まあ中国ないしな)」
「角材のような形で4分割……」
「角材とは?」
「知ってる! 気を四角く長く切って作った棒だよ! 屋根裏の梁とかにあるよね!」
「天井裏の柱か!」
「(家の探険とかしないのかな)」
「……しています。対称魔力の魔法の同時発動は、魔力の出所が1つだと魔力が相殺して失敗しますが、一つの出所から1つの魔法なら成功させることができます。後は通常の上位魔法の魔法器械と同じく、発動の魔法陣に魔力を伝達するだけです。以上がこの魔法器械の肝です。ご清聴ありがとうございました」
「「「「「「……」」」」」」
ゴクリ。全員が息を呑んだ。気軽に発言できない雰囲気が周囲を包む。
「(えっ理解できない説明だったかな)
何かご質問のある方は……」
シーン……と沈黙を保つ会場。ニンジも含めて誰一人動けなかった。
「えっちょっと皆さん……せっかく発表したんですけど……」
「ハッ!? 異次元の発想すぎて思考が飛んでいたんだねぇ! 質問質問だねぇ! そもそも! 魔石の内部に刻印をする技術なんて誰にも無いんだねぇ! どうやったんだねぇ!」
「え……それはこう」
そう言ってミヤフィは指先から魔力の糸を伸ばした。それを内視鏡のカテーテルのように伸ばす。いや、内視鏡のカテーテルは直角には曲がらない。自在に伸びる針金の様な魔力カテーテルは、目を瞑っていても魔石内部を5分割した魔力遮断の魔法陣を構築した。
「100回は練習しましたよ〜」
「あがががが、あごごごご」
「ミヤフィ大変! ニンジ先生の顎が外れてるよ!」
ゴキッ。顎が元に戻ったニンジはゆっくりと頷いた。
「優勝だねぇ」
ミヤフィ、2種の発明をぶちかまして魔法器械コンペティション優勝である。
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