経緯
変質魔力発生魔導器械による騒動を力技で解決したミヤフィは予定通り街の中心で魔力切れにより気絶していた。キーナはそのミヤフィを背負って初めにリタの所に向かった。ミヤフィはまだ小さいとはいえ子供が子供一人を背負っての歩きだったので、到着した頃にはとっくにリタは目覚めており、周りの人の介抱をしていた。
「キーナさん、ご無事で・・・ミヤフィ様は寝ているのですか?」
「はい。町の中心で魔力を全部放出して変質魔力を押し流してくれたんです。そしたら魔力切れで寝ちゃったので、こんな感じです」
「そうでしたか、相変わらず発想がお空の彼方、魔力量が青天井ですね」
「一番よく知っているはずのリタさんでもちょっと引くんですね・・・一応衛兵の詰所に言って事情を説明しましょう」
というような会話があって詰所に報告、そのあと宿屋に着いて私が目を覚ましたらしい。後ほど感謝状の授与式があるので行かなければならないのだと。
「目が覚めた?」
目を開くと昨日見た天井だった。まだ暇になったわけでもないのだが、木目を数えるのが楽しい、良い板だった。
「ふわああああ、んー、ねむねむ」
「ミヤフィ起きて! もう夕方だよ? 今日寝られるの?」
「魔力切れだったからしかたないのーむにゃむにゃ」
リタさんが入ってくる。
「あ、ミヤフィ様、起きたのですね。お腹が空いてますよね? 食堂に行きましょう」
ぐー、とリタさんのお腹が鳴った。輪唱のようにキーナのお腹が鳴った。
「ぷぷー。二人ともおっかしいんだ」
まだすこし眠くて朧げだった意識が笑いで開けた瞬間、糖分の消費が増えたのか。
ぎゅるるるるる。
「行こう。うん」
「くすっ」
自らの身に起こる異変を自覚したのは起き上がろうとした時だった。
「足が動かない」
立てないミヤフィを背負って、リタは近くの医者のところまで急いだ。背負われているミヤフィは太ももがリタの手に抱えられている感覚は多少あるものの、その感覚が薄いと感じて危機感を覚え始めていた。
初めに向かったのは街でも有名な医師の所だった。
触診、魔法での聴診、良く分からない様々な方法で一通り調べた医者は申し訳なさそうに言った。
「すみません、私では原因不明です・・・国立医院への紹介状を書いておきます」
「(嘘、やばい、とにかくやばい。足が動かないと・・・)」
原因不明。危機感は増すばかりで、冷や汗をだらだらと流しながらそのままの足で国立医院へ向かった。ミヤフィの足ではないが。
そして設備が揃っている病院で言われたのは、ただ足が動かない原因だけ。
「人間は身体を動かす時に、誰しも大空属性の雷魔力が流れるものなのですが・・・それが微弱です。上半身には平均的に流れているようなのですが、何か心当たりは? 大地属性の強い攻撃や呪いなどを受けた、などですが」
ここ最近というか、オダワラ以外から攻撃を受けたことはない。受けたといってもそれも防いだし、炎属性の爆発だったし、後は邪属性の奔流。でも全て防ぎきれた筈だ。
つまり思い当たる節なし。神経に何かがあることしか分からなかった。つまりその医院でも原因不明、治療法不明。治すには金貨百万枚はかかる万能薬、エリクサーを使うしかないのだとか。
治せないと考えるしかなかった。
血の気が引いた。頭がクラクラする。こんなときに限って継臓は絶好調らしく、あと半分足りない魔力をせっせと補充しようとしていた。
「ですが勇者なのに・・・いえ、こうなったら彼への紹介状を書くしかないでしょう」
また紹介状か。今度はどんなヤブ医者に書くんだろうか。これがたらい回しというものか。
「ユチロー=ウイ先生への紹介状です。天才と呼ばれるほどの彼なら、どうにかしてくれるかもしれません。
ユチロー=ウイ先生は軍に勤める天才医師。戦闘が特にない時、軍医は最高医療機関として市井の人々の治療をしているのだった。ただし基本的に紹介状、または緊急の外傷でしか診察、治療はしてくれない。国費での治療は予算との闘いだからである。
本当に治るかどうかが分からなくなってきた。動かないけど、足が震えている気がする。
最後の望みをかけて診察室にはいると、ちょうど受付の人から貰った紹介状を読み終わったところのようで、愚痴を言っている白衣のお兄さんが回らない椅子を回そうとしていた。
「何でこんなちんちくりん連れてくるかなーさっちんは。今だって設備も金も足りてないんだから。こんなの金の無駄だよ何で下半身不随なんていう面倒くさい症状なんて発症するかな。今まで一例も見たことないんだけど。あーMRIとかが欲しいよー」
先生ってこんなに騒いでも良いのかな。すっごいくせのある人にしか見えないけど。、一月になることが。
「MRI? 知ってるんですか?」
何もかもが魔力頼りのこの世界で、MRI何てものを知っている……まさか彼は?
「そうそうこういうときに便利で、いややっぱり筋電位計かな・・・そういう患者のキミはどうしてMRIに反応するんだい」
「それはもちろん・・・」
私たちは息を合わせるように言った。示し会わさずに、息ピッタリだ。
「転生者だから・・・あっ」
「転移者だから・・・ふむ」
合わないものもあったらしい。しかし転生者と聞いて、先生はこいつ何歳だ? という目になった。
一番目に見えて驚いたのはキーナだった。
「え!? 先生も日本から来たの!? すごーい! 私も日本から生まれ変わってこっちに来たんだよ!」
キーナの場合、若くして死亡したのでMRIなどは知らず、転移者というワードでやっと理解したみたいだった。
「待て待て、まだ日本から来たかどうかなんて分からないだろう。もしかしたらイギリスとか中国かもしれないぞ」
「あ、ほんとだ! じゃあ本当はどこから来たの?」
小首を傾げるキーナ。キーナって海南の面影がある、というか、何年経っても、世界が変わっても性格は変わらないんだと思うと、ちょっぴり嬉しい。
すぐ騙されてるのも可愛い。ドジなお姉ちゃんみたい。
「キーナ、日本人以外に中国を中国って呼ぶ人はいないよ」
「あっ~! 本当だ! ひどい!」
リスみたいに頬を膨らませるキーナは面白かった。
本当は中国ではなくイギリスをイギリスと呼ぶのは日本人位だと言うべきだろうがミヤフィは気付かない。
「可愛いお姉さんだ。さて、そろそろいいかな」
ん? そろそろ?
「はじめよう。キミの足の話だ。青ざめた顔が戻って、緊張も解れたところで今から診察するからね」
「・・・はい」
完全に忘れていて、急に来たので息を飲んだ。ちょっと強張ったけど、震えはなくなったみたいだ。日本から来ただけあって優しい。
膝を叩いたり足を揉んでみたりして具合を確かめる先生。さっきまではやらなかったことをやっているので期待はできそうだ。
手が光ったり、目が光ったり。一通り調べ終わったようで、カルテになにかを汚い字で書いてから問診が始まった。
「神経細胞自体に異常はないようだね。顕微鏡魔法で……オリジナルなんだけど、見てみたたんだけど特に異常はなかった。ただ神経の信号が継臓を起点に少しずつ弱くなっているみたいだ。連れの方、心当たりはないですか」
例えば魔力ダメージとか。とペンを回しながらおっしゃる先生。
「ミヤフィ様は今日の魔力ダメージ事件でも変質魔力を吸収していませんでした」
「むしろ魔力を全部使って町の変質魔力を吹き飛ばしたくらいです。魔力ダメージは負ってません」
すらすらとカルテに走り書きしながら、なるほどなるほど、と頷くユチロー先生。
「魔力を全部使って・・・ですか。どのような感じで使いましたか?」
「変質魔力を吹き飛ばすために身体中の魔力をオーラみたいな感じで一気に放出しました。二分くらいかかったと思いますけど・・・」
「二分は速いですね・・・なるほど、分かりました。でもこれは」
「これは・・・?」
緊張感のある面持ちで先生は言った。
「いや、やはり確証を得るためには魔法を使って貰わなければいけませんね。一番よく使う魔法を教えてもらえますか?」
「はい。一番使う魔法……魔法じゃないけど、これか」
魔力の壁を作った。こんなときに限って調子が良くて、いつもの半分の時間で完成した上に、強度が高そうである。
「えっ、何ですかこれ。新手の魔法? でも魔法っていうのは最低でも名前は言わないと発動できないはず……」
「これ、魔法じゃないんですよ。魔力操作の一環で、体の外に魔力を集めて壁とか床とか、剣とかも、自在に作れますね。なんか今日に限って調子良いみたいで・・・はい、クリスタルスカル」
壁を組み換えて作った魔力の骸骨は、複雑な形のわりに一瞬で完成した。
「ほお・・・これはすごい。魔力操作は体の外でも出来るんですね。ところで、今日に限って魔力操作の調子が良い、というのは本当ですか?」
「うーん、どうしてですか?」
「とにかく」
なぜそこに疑問をもつかは分からなかったのだが、確かめるためには対象実験をするしかないだろうと思って、『矢』を詠唱からではなく、構造の模倣から発動させて・・・難しいんだよな、こ・・・れ?
「もうできた? いつもより速い?」
驚く私を他所に、先生は納得したような表情になった。
「・・・あ、病気が分かったんですか!?」
「ええ。分かりました。・・・しかし、新しい病気で僕自身、存在しないことはないとは思っていたんですけどね。『小児継臓性神経異常』とでも名付けましょうか。体の成長度に適さない過剰な魔力の使いすぎによる、本来下半身に行くべき神経パルスが継臓に集中する病気だと……思います」
「治る見込みはあるんですか?」
「正直に言いましょう・・・分かりません、と」
今度こそ、全身の血の気が引いて、椅子から落ちそうになった。
今、先生は、症例がないと言った。確かに、症例がなければ分からないよな。
仕方が・・・ないか。
「どうして!?」
「え? リタさん!?」
リタさんが声を荒げるのは、これが初めてだった。




