非人道兵器・壱
前回の復習:解体と魔法は練習あるのみ。
ミヤフィとリタが星降街に着いて、五日目の朝。いつも通り日の出とともに目覚めたミヤフィは昨日までの行動を思い返していた。
お金稼ぎは全ては後の研究のためである。
勇者の自覚は全く無い。ミヤフィは人族、キーナは森人族の勇者だが、とにかく人数が多い人族が滅亡する程の強敵や災害が起こる予兆は無いようだし、森人族の集落にも特に危険は迫っていなかったらしい。危ない封印の類も無い。なので、勇者の使命が一体なんなのかが全く分からず、お手上げなのが現状である。
お金稼ぎの話に戻ると、学費は発生するのが分かっているので入学までに稼げばいいだけである。ミヤフィ一行は強い。冒険者は強ければ儲かる商売なのですぐだろう。ただ先の報酬で既に足りており、払うだけならできる。
実験の費用も恐らく大丈夫だろう。アカシックレコードに繋がっている理識る闇の絶対聖布に聞けば材料の生息地や鉱脈など一瞬で分かる。自分で探せばいいのだ。
だが問題は本代だ。この世界の本は高い。何故なら紙が異常に高いから。ダールグリュン家のあの本棚は超高級品だったのだ。それを知った時には、全部読んでいて良かったと腰が抜けた。それほど高価である。
世界の紙のほとんどが羊皮紙か鉋のようなもので削った木の薄皮だったりする。羊皮紙は高いがそれなりに保存できる。薄皮は安いがすぐ破けてしまう。研究成果を書き残すにも一苦労だ。
この世の全てがわかるというアカシックレコードが手元にあるのにどうして本代なんかを稼ぐのか、そういう疑問も最もだが・・・そうはいかない。四日目の話だ。
「順調ですねリタさん!」
「そうですね。このまま一気に五年分の本の分まで稼いでしまいましょう」
色々とあったので三日目までで五年分、卒業までの学費分は貯まっていた。主に討伐報酬だが。残りは五年分の本代と生活費だ。ケインとは一度別行動で、次のクエストで組む約束をした。キーナは一緒に行動している。
今日は後々迷わないために街を散策しているのだが、住宅街に入ったところでふと井戸が目に入った。綺麗な井戸だ。屋根も桶を掛けるところも、中世くらいの欧州の都市のような街なのによく手入れされていて清潔な水場だと主張していた。ここの水なら安心して飲めそうだと感心したが、よく見ればあるべきものが無かった。
「リタさん、あの井戸なんですけど・・・?」
「どうかしましたか? 変では・・・ないみたいですけど」
「桶を引き上げるのに滑車とか・・・無いんですか?」
「かっしゃ? なんですかそれ?」
「水を引き揚げるのが楽になる道具ですけど・・・」
「そんなの使わなくても水なんて普通に引き上げられますし、風の魔法を使えば楽に上げられますよ?」
「・・・そんなもんですか」
「はい」
『理識る闇の絶対聖布』で調べても、滑車の情報は無かった。
他にもこんなことがあった。
学校の下見に来た時のことだ。校庭で魔法戦をやっていたらしく、闇魔法を使っているところを見ることができたのだが。
「・・・無駄ですッ! 闇の無力によって消え去れ! 『超減衰』ッ!」
そう唱えると、闇の円柱が術者の手から伸びて行き、相手が繰り出したであろう、白熱の火球に重なる。火球は直撃目前、その領域に入ると、瞬く間に小さくなっていった。同時に色が青くなりオレンジになり・・・そして最後にはロウソクのような炎となって消えた。
そして彼は反撃の小さい魔力球をヘッドショットして、模擬戦に幕を下ろした。
「超減衰・・・?」
闇属性は全て覚えたはずなのに、それは知らない魔法だった。
というわけで。
「アカシックレコードとか言ってるけど知識が少ない、地球だけに存在する知識やこの世界の最先端技術は載ってない。さっきの魔法も無かった」
この世界には存在しない、地球の知識については仕方ない部分もあるだろうが、将来この世界で使われる技術の記述もないのは、果たしてこれをアカシックレコードだと認めてもいいのだろうか、と考えさせられた。
なにしろ、てこの原理すら載っていないのだ。車輪だけはなぜか存在するが、この分では歯車や軸受などは確実に存在しないだろう。歯車がなくてどうやって製粉をしているのかが気になるが、『理識る闇の絶対聖布』のデータベースはアカシックレコードではない事は明らかだった。
他の世界の知識は兎も角、この世界の最新技術の知識が存在しないアカシックレコードとは一体何処の過剰広告だろうか。地球のインターネットの方がよっぽど情報量が多いわ、と大声で叫びたくなった。
そこで金稼ぎの話に戻ると、問題は最新技術の本が『高額である』ところに収束した。持っている物に知識が無いのなら新しいものを買うしかない。ただでさえ本は高いというのに、最新鋭の技術書ともなればきっととても高いのだろう。
「世界の理はきっとお金なんだ・・・」
地球でもそう言っている人がいたなぁと言いながら思った。
それは兎も角、今日の予定はミヤフィ待望の『固有魔力』と『自己顕現』講座だ。『理識る闇の絶対聖布』への接続は疲れるのでリタに教えてもらうことに決めていた。リタからすればキーナに教える義理はないが、勇者であるし、手が掛からないのでついでだった。一日の計は朝にありと言わんばかりに、朝食後すぐに授業が始まった。
宿の部屋なのでベッドの上での手取り足取りな授業だ。何処からか眼鏡を取り出したリタは始めに固有魔力についての話をし始めた。
「魔法を使う時には体内の魔力を使います。周囲から魔力を吸収する時には『継臓』を通すと言われているのは知っていますね?」
はい、と答えた二人によろしい。と頷くリタ。
「このとき何も意識をせずに魔力を取り込むと・・・このように空気中の魔力と固有魔力がある一定の割合で混ざり合います。『球』を使ってみてください」
「「『球』」」
キーナはなんとなくでしか分からなかったが、九対一位だろうと目星は付いた。ミヤフィは・・・宙に浮かぶ球の魔力を普通の魔力と固有魔力に分離していた。九割五分が普通の魔力、つまり純粋魔力だった。
「相変わらず魔力の体外操作は神の領域ですね・・・こほん。混ざり合い方には個人差がありますが、一般に固有魔力の割合が低いほど、相手に『抵抗』あるいは『掌握』されやすいと言われています。」
「『抵抗』ってなんですか?」
「掛けられた魔法の効果を弱めたり、打ち消したりする事です。例えば炎属性『発熱』は指定した場所を加熱する魔法ですが、生き物に掛けると『抵抗』されて発熱が少なくなります」
へー、と頷くミヤフィとキーナ。本当に分かっているのか。
「次に『掌握』は魔法の制御を他人から奪うことです。ミヤフィ様、『矢』は使えますよね?私に向けて撃ってください」
「えっ、大丈夫ですか? 魔法は人に向けちゃダメって・・・」
「教えてませんよ? どこの世界の箸先ですか。魔法はまだ私からは教えていませんからね?」
「うぅ・・・分かりました。我が魔よ、此方から彼に飛び示せ。『矢』」
ミヤフィの正面に闇属性の矢がぴょこんと現れた。ミヤフィはそれを見て少し躊躇しながらもリタに向けて発射・・・しようとした。
「あれ? えいっ、やっ、動かない!」
「はい。『掌握』とはこのようなものです」
リタはしてやったりというような顔で続けた。
「こうもあっさり『掌握』出来るとはミヤフィ様もまだまだですね。これからきっちり教えていきますから覚悟してくださいね」
なぜだろうか。笑顔が輝いている。お肌もツヤツヤに見えた。それからは先の技術を練習するでもなく、リタによる魔法知識の詰め込みが行われた。
そして昼食時。
「お昼の鐘ですね。一旦中止でご飯にしましょうか。終わったら休憩して、その後今日の授業を実践してみましょう」
「「は、はい」」
大学まで通っていたので授業には慣れているはずのミヤフィ、義務教育を修了していないキーナ。前者は体力的に、後者は精神的に疲労が見えていた。スパルタ式教育である。直近に生命の危機が迫った経験からこうなるのだろうか。
とにかく三人は立ち上がって階下に降り、昼食後は昼寝かな食堂に入ったのだが、そこには異様な光景が広がっていた。
「うぅ・・・」
「ぐっ、あ!」
「・・・」
全員が何かを痛がっていたのである。中には意識を失っている人もいた。
駆け寄るミヤフィ。キーナは無意識のうちにリタのメイド服の袖を摘んでいた。リタもゆっくりと近づいていく。
「お兄さん! 大丈夫!? どこが痛むの!?」
ミヤフィは比較的軽装をしている短剣使い《ダガーマン》に駆け寄った。痛みで動けないのか、テーブルに突っ伏している。
「可愛いお嬢ちゃん・・・大丈夫なのか? 全身が痛・・・大丈夫だよ、気に、気にする事はない」
掠れた声で言うと、意識を失った。
「あっ! なに・・・これは」
恐らく全員が同じ症状なのだろうと直感したミヤフィだが、原因は不明だ。ただ解決しないと可哀想だし、全員が罹っているのだ。自分も被害にあう可能性があった。不気味な感覚に全身が粟立つ。
ガタ・・・ガタ・・・ゴト。
「ひっゾンビ!?」
ゾンビハザードが起こっているわけではない。パンデミックといえばゾンビとは思い込みが強すぎである。
響いた音は階段を降りる音であった。その顔は同じく青ざめていたが、その主はリタを見るなり歓喜の表情を浮かべた。
「無事な人がいる!」
降りてきたのはトンガリ帽子にローブ、斜めにかけた杖と、いかにもな魔法使いだった。
彼は原因を知っていたようで、ミヤフィ達に素早く近寄ってきて、リタの手を取り言った。
「この症状の原因は、魔力ダメージです!」
だから・・・と言いかけたが、彼もまた限界だったようで、リタの胸に体重を預けるように倒れこんだ。
「ちょっと! 大丈夫でーー」
「・・・」
ミヤフィはリタさん優しい、私もあんな包容力(物理、精神両側面で)を身に付けたいと思いながら解決策を探る。
全員が魔力ダメージを受けるようなもので物的被害がない魔法とは何だろう。
そして自分たちには未だ影響がない。部屋に引きこもっていたからか、あるいはーー
そこまで考えたところで、魔法の経験はあまり無いのでリタに助けを求めようと思い彼女を見ると魔法使いを寝かせているところだった。
リタは彼を優しく寝かせてから言った。
「ニヤけてたので後でぶっ飛ばしますね」
安らかだった彼の顔が少し青ざめた気がするのとは対称的に、メイドのリタは恐ろしい程笑顔だった。




