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異世界の運動方程式  作者: 見開き7頁
二章 魔力の奔流の入り口にて
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ワンサイドゲーム

 一体を仕留めるのには向いているが多数を相手取るには不足な魔法『(プファ)』に状態異常の魔法を乗せただけの魔法で、ミヤフィが何をしようというのか、リタには分からなかった。


「一体どうする気なのでしょう・・・? 確かにあの込めた魔力の量なら一体を倒すには十分でしょうけど、さらに『爆発(エクスプロジオン)』でも乗せるのでしょうか?」


 魔力の矢は魔力ダメージを与えるだけでなく刺し傷を与えることもできるが、それを爆発させてしまえば対象にはもちろんその周囲の敵にもダメージを与えることができる。だが爆発というのは効率が悪い。ピストンの中でならともかく解放された空間では威力と魔力効率のコストパフォーマンスは数ある魔法の中でも最悪だろう。何しろ爆発の当たらなかった部分の魔力は無駄なものになるのだから。

 それに一本の矢を爆発させるとすれば、今回の大勢の魔物を倒す為にその威力はとても大きなものとなるだろう。そうなれば森は消し飛んでしまう可能性が高い。


 リタはそれで倒したとしても後がない――と叫んで伝えようとしたが、ミヤフィの魔法がそれを止める。


「なるほどね・・・『プファ』と『光払ブラックアウト』はこんな『構造』してるんだ・・・無詠唱でもいけそうだ」


 ミヤフィはオダワラとの戦闘を思い出していた。魔力の剣を敵の魔法に刺した時、魔法のが見えた。そこで知った、魔法には構造がある。この事実から発想の枝を伸ばした。


 魔法に干渉した時分かったように、魔法の内部にはその魔法を構成する骨子とでもいうべき情報が詰まっている。敵が発動した魔法ではその情報が読み取れなかったが、自分で発動させた魔法の構造を把握する事は魔力コントロールの達人であるミヤフィには容易い。


「ならば一度マントの知識で魔法を発動させ、構造を把握してその通りに魔力を組めば詠唱など不要・・・という発想。上手くいった」


 狙い通り詠唱を以って形作られた『矢』の構造を解析したミヤフィは二本、三本・・・と次々に大量の矢を生成する。全ての矢は闇属性であるため全くの光沢がなく明るくもない。まるで空間が矢の形に切り取られたようだった。


一秒に約三本のペースで形成される魔力の矢は十分で二千本程になる。弱い魔物はともかくとして大きい魔物には二、三本の矢で十分だろうと思われた。あまりスペースを空けずに設置されていく矢はミヤフィを中心として闇が空間を削っていっているようにも見えた。決して不可視ではない。だがそこを通る光を吸収してしまう闇属性の黒い矢は、なかなか距離感を掴ませてくれない。発動しているミヤフィが見ても視覚的には距離感がつかめないのだから周りのリタやキーナも当然分からないはずだ。


「(視覚以外ではどこにあるかわかるけど若干不気味だな・・・いや集中集中)」


 今生成している矢は、既に『光払(ブラックアウト)』が乗った矢の構造をコピーしたものなので新たに『光払』を乗せる必要はないが、十分もあればマントの能力でロックオンはできるだろう。


「マルチタスクで一網打尽、行けるよね」


 数ではむしろ一網打尽にされる方なのだが、何しろアカシックレコードの名を冠したマントなのだ。魔法器である以上、その演算能力は底知れないはず。いや、実際に底知れない。今でさえ矢を生成するのに演算を少し肩代わりしてもらっているのだ。なのにまだ余裕があるらしく、もっと演算させろと言わんばかりにちょっとずつ配分が奪われている。最終的には何もしなくてよさそうだが、それはダメ人間になりそうで怖いので奪い合っている。それはそれで無駄なタスクなので、他の仕事を押し付ける事にした。


「照準でもやってて」


 一気に矢発動のリソースを奪い取り敵魔物のロックオンを全て任せる。一本一本の矢に目標を照準させる作業をマントに任せるとマントはそちらに集中して演算をし始めた。

 しかしどちらかというと一部を任せたら全部やろうとするという感じだった。一つの仕事は一人で。それがこのマントに演算を任せる際のルールで、そうすると最も効率が良いようだった。実際一秒あたりの矢の生産量は一本増えた。


 マントから次々とロックオンされた魔物の情報が共有されてくる。その数は一秒あたり約二体で、発射された矢はマントの誘導に従って勝手に曲がってくれるようだ。


「って発射した後誘導開始じゃなくて発射する前に誘導弾の情報をインストールしなきゃいけないのか、ややこしい」


 やらないと当たらないのでインストールを始めるミヤフィだったが、それでリソースを取られて矢の生産量が一秒に三本に戻った。


「遅くなった・・・元に戻っただけか」


 魔法を使うときに独り言を言うなんてことは無詠唱の魔法でないと出来ない。無駄知識である。

 しかしマントからの知識にも無詠唱は存在しなかった。アカシックという名が付いているとはいえ、未来に開発されるものは分からないようだ。アカシックの名折れである。


 後は構造を複製するだけの作業だ。既に考える事はなくなり、後は本数を揃えるだけとなった。刻一刻と空間は闇に削られていき、魔法発動から十分が経ったとき、闇の増殖は止まった。


「ふう、出来た。大分近づいてきたな・・・まだまだ射程からは遠いけど撃つかな? でも減衰で倒せなかったら骨だしな・・・いや、もう一つ条件があった。もう少し待ってからにするか」


 

 矢を撃つには条件が足りないし、まだ魔物が粒に見えるような位置にいるので発射は控える。魔物達が目に見えない死に近づいていると思っているミヤフィは、待つのを面倒くさそうにしていた。











 ミヤフィの準備が整うまでに約十分。それは魔物を見つけた兵士がそれを本部に報告し、本部が強行偵察隊を出発させるのには充分な時間だった。走り去っていった兵士は壁を四分の一ほど周ったところにある通信機から本部に連絡を入れた後、魔法を発動するミヤフィを眺めていた。戦闘用装備は登って来る隊員が持って来る手筈になっているので、それまでは無心に立っていても怒られない。しかしいつの間にか壁の上に不審者が、それも大規模魔法を発動させているのであれば注視せざるを得なかった。


「何だ・・・闇属性、見たことのない魔法だ。少しずつ大きくなっているのは何だ? ・・・あれは『(プファ)』か!? 全部がそうだとすれば、なんて数だ!?」


 魔法兵でない彼には魔法の発動などとても難しいことだとしか分からないが、訓練で魔法兵との連携をとることもあるのでよく分かる。


 魔法は一回に一種類一つまで。


 魔法の発動には詠唱が必要なのは誰でも知っているが、魔法の発動中に同じ魔法の詠唱をすると、既に発動している魔法は干渉を受けて崩壊し、込められた魔力量と同じだけの魔力爆発を起こす。意外と知られていない小ネタのような事実である。


 魔力爆発自体の威力は人によるが、耐性も人による。さらに詠唱中の魔法使いは無防備なので無視できないダメージを負うことは目に見えている。自分たちの学を誇りに思いがちな魔法使いが自分の魔法に対して無防備なのは当然なのだろうが。


 それなのに『矢』の多重発動を目の前で見せられている。しかも数本という単位ではない。何百本という目も眩むような数だ。


「これは・・・凄いことなんじゃないか・・・? 他の職種ももっと勉強しておけばよかったか?」


 呆然とする彼に声をかける者が現れる。下だ。


「サム! 状況はどうなんだ!? ってなんだあれは!?」


 魔力リフトで通信機の近くに登って来た数人の集団の中でも一人だけ装飾品の数が多い者、恐らく隊長が兵士――サムに尋ねた。


「はっ・・・はっ! 外部に大量の魔物を視認、報告しました! その後魔物は真っ直ぐこの街に向かっております! それと・・・」


「あの闇属性の魔法はなんだ!」


「壁上に四名の不審者を発見、三名は視認できますが、一名は闇属性『(プファ)』を大量に発動させ、その内部にいる模様ッ!」


「ふざけているのか貴様ァ! 大量の同種魔法だと!? ありえん、真面目に報告せんかッ!」


 隊長らしき人物はサムに殴りかかった。見たままを言ったのに殴られるなんて運が悪いと諦めたサム。鋭いフックが彼の顎に――


「ふざけておりません! この目で見ました!」


 刺さらなかった。サムの真剣な表情が拳を止めた。


「・・・危険性はあるか?」


「矢は全て魔物を向いております!」


「・・・サムと俺で敵性評価! 他全員は遠視装置の準備に入れ! 通信機との同調確認忘れるな!」






「誰か来たな」


 マップ機能で集団の接近を感知した。多分人だと思いつつも種族を確認すると人だった。これですべての条件は揃った。目撃者がいないとあれだけの数では報酬が出ないかもしれない。精々謎の大量死事件とでもなるだけだろう。狙撃の最終条件は人目につく事だった。学費を稼ぐ必要があるのだ。授業料ではなく、本代はとてつもなくかさむ。高校大学の教科書代は馬鹿にならない。一年で五万円を超えることなどざらだ。


「それじゃあ・・・発射!」


 ミヤフィの掛け声とともに千本ほどの矢が端の方から発射された。その様は訓練されたウェーブのようだった。


「さて・・・当たるか?」


 光魔法の『望遠(ナロサイト)』で最初に着弾する予定の敵を注視する。闇魔法を発動中であるミヤフィは、これをマントに発動させた。闇魔法と光魔法は同時に発動すると干渉して減衰するが、ミヤフィとマントがそれぞれに発動させると別々の扱いで、同時発動にはならないらしい。


 『(プファ)』の一本は滑るように空を切り、獲物との距離を詰めていく。少しずつ拡大倍率を上げていったので、少しづつ近づいていく様子が見て取れる。



 そして――着弾。


 トカゲのような魔物の鱗を貫いて黒の矢は鏃が見えなくなるほど深く刺さった。そして一気に魔力ダメージを浸透させようというのか、尾っぽの方からだんだん短くなっていく。それはまるで――


「注射器みたいだ、鳥肌立ってきた」


 ミヤフィは注射が苦手だ。そんな事はどうでもいい。望遠を解除して見渡してみると次々に『矢』が着弾。大きい魔物には数本から数十本が一気に刺さった。魔物の多くは過剰に与えられた魔力ダメージによって体内魔力成分が変化、さらに視覚を失って何が起こったか分からずにパニックを起こし、魔力ダメージの対処ができずにショックで死亡した。


 望遠を解除したミヤフィ。弾道の制御はマントがしているのでミヤフィは矢の維持に魔力を分配するだけで良かった。魔法とのつながりを感じたが着弾するたびに切っていった。


 それからは一瞬だった。後続の矢が着弾して一瞬遅れで、森から澄んでいて、グラスを割ったような音が響いた。高密度の魔力はガラスのような音を出す。一つ一つは微々たる音だ。だが約二千本の矢がほとんど同時に着弾したとき、その音波は拡散が抑えられまっすぐに飛んでくる。甲高い音が耳を刺し、ミヤフィの髪は音を拾って細かく震えた。


 一斉に炸裂する魔法。だが特に爆発や衝撃はなく、一切の煙を生じなかった。はた目から見るとただ黒く削れた空間が森の方へ移動し、消えていっただけだった。矢の山による闇が晴れた時には、魔物の大多数が命の灯を消していた。



 ミヤフィ以外は、呆然としていた。

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