ぼっち卒業
キーナが財布を届けたという衛兵詰所に着いた。最初は抵抗していたペシュトロミレイアだが、力技でも魔力で干渉しようとしても初めて見るその魔力の拘束は魔法の構造を持たず、術式もないので穴を突いて綻ばせることはおろか、魔力量の差のせいで魔力任せに破壊することも不可能だったのを悟ると黙って着いて行った。
キーナの魔力が落ち着いてきた頃、詰所に着いた。
「ほぼ交番だね」
この世界での交番、衛兵詰所は、外装がこの世界風なのはともかく中身の机の配置は日本の交番とほとんど変わらなかった。違うのは一度に相手をすることができる組数だ。五六組分の椅子と衛兵が並んでいる。
ペシュトロミレイアの拘束を解いて詰め所に入った。
中に入ると開いている席が詳しく分かった。何席かは空いていたがキーナは空いていない人の方を指差して、「あの人に財布を渡したわ」とミヤフィ達に教えた。
「うん。話を聞きましょう」
ちょうどその人の担当の人が終わったみたいなのでその椅子の前に立ちミヤフィが質問をしようとした瞬間、先手必勝とばかりに視線を遮ってペシュトロミレイアが訊いた。
「この子が私の財布をここへ持ってきたというのは本当ですか? 白い麻の袋で、中に私の身分証明書も入っているから分かると思います。私はペシュトロミレイア。周遊兵の二尉です」
鎧もつけていない無防備な、しかし堂々としていて優しさが皺のある顔から滲み出る衛兵はキーナを見ると肯定して、微笑みかけて財布を取ってきた。
ペシュトロミレイアがキーナに剣呑な視線を送っている事に気付いてか、それともただ事実を言っただけなのかは分からないが、それから彼が発した言葉もキーナを擁護するものだった。
「この財布は確かにあなたのもののようだ。中身を抜き取られた形跡もなく、その子が拾って持ってきたようだから感謝しなさい。他の人が拾っていればここには届かず使い切られて捨てられていたかもしれないからね」
ペシュトロミレイアは目を見開いた。そして財布を少し強引に取って中身を数えた。
「み、見せてください。・・・ひーふーみーよー・・・銀貨十四、銅貨二十八・・・あと」
「ほらね! 三割引かれてると思うけどそういう法だしあたしじゃないって分かるわよね? だから詐欺とかじゃないって言ったじゃない。あなたミヤビがいなかったらあたしを殴ったり蹴ったりするつもりだったでしょ!」
「うっ・・・でも彼女が拾わなければ私も落とした事に気付いていたかもしれません。詐欺なんです!」
ペシュトロミレイアは衛兵に語りかけた。
「うーん、何かの魔法の話かな? それともネコババ?」
「あたしの魔法よ。ネコババじゃないわ!」
「ネコババみたいなものじゃないですか」
「違うわよ!」
「ネコババ」
「違う!」
言い合いで拉致があかないと思ったのか、二人はガンを飛ばしあい威嚇する。そしてキーナはそっぽを向いて衛兵に頼んだ。
「埒があかないわ、あたしの魔法の公式記録があるはずだから、出して」
「どの分類だ?」
「・・・未分類よ」
彼は分類を聞いて奥に取りに行った。そのとき一瞬目を見開いたのは、キーナが挙げた分類が未分類だったからだろう。
「ほら、これだ」
彼が取り出したのは表紙に未分類と書かれた一冊のファイル。表紙には事件魔法:未分類と書いてあった。
「その三十七号よ」
「・・・『落物入れ』だね?」
「そう」
羊皮紙を何枚も捲って、目的のページに辿り着いた彼は決定的な言葉を口にした。
「これは犯罪に使う能力ではないね。彼女はスリではない」
「なっ、どうしてですか!?」
「この能力は、このキーナの性格もあって盗みに使う物ではないという判定がされている。このファイルの判定、貴女もこの判定が正しいと知っているはずだ」
「そんな・・・」
衛兵が抜いた三割分からキーナに一割分の銀貨と銅貨が渡されたが、手数料銀貨一枚が引かれていて、これだから物わかりの悪い人と話すのは嫌だとキーナは眉を顰めた。用事が終わったと判断された一同は次の人がいるから後は外でやってくれ、と言われて席を立った。
「すみませんでした!」
席を立って外に出る。詰め所の入り口を少し離れてから、顔を青ざめさせたペシュトロミレイアが謝罪して、それでもミヤフィの溜飲は下がらなかった。
キーナもキーナで口をへの字に曲げて、
「いいのよ? 森人族はお金が欲しいんでしょ? その通りなら、あたしは一割貰ったから不満はないらしいわよ? どこかの公僕さんが言ってたわ」
と皮肉を言っていた。
「それについては・・・撤回させてください。あなたはいい森人族でした」
そもそも追求する気のなかったキーナは形式的に答えた。
「分かれば良いのよ。ミヤビ、こんな人ほっといて行きましょ」
キーナは手を引いたがミヤフィは動かず、ペシュトロミレイアを見て訊いた。
「子供を殴るのは普通なんですか?」
「・・・普通です。キーナさんは犯罪者ではありませんでしたが、被疑者を殴って尋問するのはおかしな事ではありません。寧ろ私にはあなたの行動がおかしく見えます。中身はともかく、年齢は子供なので気にしませんけど、そのままだと友達がいなくなると思います」
「・・・そうですか」
事実上の決別だった。それからミヤフィとリタはペシュトロミレイアと別れた。キーナは手を引かれてミヤフィとリタに付いてきた。
「私はわがままだから、それでも良いです。友達ができましたから」
ミヤフィの魔圧が元に戻った。急に魔圧が高まったからか詰所から沢山人が出てきたが、何事も無かったのを見ると帰っていった。
◇
宿の部屋に戻ってきたミヤフィ達。ベッドの隣で靴を脱いで腰掛けたミヤフィ達は一息ついた。
「やっと街に入れたって感じだねリタさん!」
「そうですね、最後は喧嘩別れみたいになりましたけど。明日からは冒険者ですね、どうしましょうか?」
「取り敢えずお父さんとお母さんのお墓を建てます。墓石のお金はありましたよね?」
「土系魔法は得意ではありませんが頑張ります」
「墓石って自分で作るんだ・・・」
さらに部屋にはキーナもいて、椅子に座っている。宿代は部屋ごとなので追加料金は無かった。増えたのは食事代だけだ。
「ところでミヤビ、あたし付いてきて良かったの?」
「もちろん。なんなら理由も言ってあげるけど」
「あるならあまり聞きたくないような」
「訊きたいことがあるんだよね」
「そう」
ミヤフィは一息吐いて、訊いた。
「どうして私の名前を知っているの? しかも前世の名前を」
一瞬遅れて、キーナから邪属性と闇属性の混成魔力が溢れ始めた。
「ふっふっふ・・・はっはっはっはっは! ようやく気づいたかこの間抜け! 我こそは魔王、勇者の貴様が成長する前に倒しに来――」
「・・・」
無言で魔力の剣が向けられた。
「あーごめんなさいごめんなさい! 嘘です嘘です! 本当はやっとこっちに来た雅に会いに来たんですー!」
魔力の放出を止めて言いつくろった後、面白いと思ったのに、とぼやいたキーナ。
「・・・やっとこっちに来た? 私を待ってたの?」
「そうだよ! あたしの前の名前は・・・当ててみて?」
「前の名前・・・?」
ちょっと鬱陶しかったが、前の名前、と言うと転生者だ。今の名前からして、変な名前じゃないし、キーナに近い名前で、私を知っている人・・・と考えて思い当たる名前があった。
「もしかして、『海奈ちゃん』?」
「せいかーい!」
「・・・あのときこっちに来てたの」
今自分は四歳だから、異世界でありがちな時間のズレが無ければキーナは単純計算で十一歳。確かに見た目はそれ位だ。
「死体が無かったから行方不明で別の場所で死んだのかと思ってた」
「あのとき、飛行機が揺れたと思ったらいつの間にかこっちに来てたの。遺体は魂を運ぶエナジーに使われたんだ、残念だけどトリックだよって地球の神様? が言ってた。そして気が付いたら森人族の赤ちゃんになっちゃった」
「・・・!」
色々疑問があるが置いておいて、目を涙に覆わせてミヤフィはキーナに抱きついたが、身長差のためほぼ抱っこになっていた。
「久しぶり・・・海奈ちゃ、いや、キーナ。自分でこっちに来たわけじゃないけど、死ぬほど会いたかった」
「あたしもよ、雅・・・今の名前はミヤ・・・何?」
「ミヤフィ。前はあったけど、今は性は無いよ」
「私はリタ=クァルテットです。キーナさん。ミヤフィ様、生きて再会出来て良かったですね」
「「一回死んだけどね!」」
部屋に笑い声が溢れた。お前らそれでいいのかと突っ込む人はいなかった。
しかし溢れたのはそれだけではなかった。突然、キーナのマントが輝いて眩い光が溢れ始めたのである。
「何!?」
そしてキーナから外れて、ミヤフィに装着された。輝くマントでミヤフィが見えなくなった。ミヤフィも目を瞑らざるを得なかった。
「眩しっ・・・ミヤフィ様、大丈夫ですか?」
「えと・・・大丈夫みたいです」
「あたしはもっと眩しい!」
マントの輝きが収まって、特に実害が無かったのを確認してリタは気が付いた。
「マントが綺麗になってます・・・」
ミヤフィもマントの変化に気づいたが、他にも変化はあった。
「それだけじゃない」
「少し紫がかってる・・・あと、何これ、服装変わってない? うわ、これスカート短くない!? でも何かしっくりくるなこのマント。・・・魔力操作が今までより上手くいきそうな気がする」
「それ以上上手くなってどうするんですか?」
「そんなこと言われても・・・えい」
ミヤフィが魔力で創り出したのは、立方体。しかし魔力を放出して領域を指定して収束で固めるという三段手間の手際は今までとは格段に違っていた。えい、の一言が
「リタさん、一息で出来るようになった。すごいねこのマント」
「もう判断基準が分かりません」
「へぇ、可愛いわね。魔法少女みたい。それとミヤフィって身体の外で魔力を操れるんだ。私なんて、というか皆だけど、普通は強いて身体の外って言っても掌で掴める範囲でしか動かせないのにね」
「(?)」
それに首を傾げたのはリタだった。
人の魔力循環的には、そこと皮膚表面までは身体の中扱いなのだという。この世界で体内というのは自然に魔力を扱える所を指す言葉だ。現代のような医学が発達する前に魔法が発達して、優秀な人材が医学から魔法に流れた結果である。人は魔力基準でものを考えている。魔力は基本的に体内で運用し動かすもので、逆に魔力がめぐっているところが体内だ。リタにとって掌でつかめる範囲は体内である。
ミヤフィは不思議なマントについて気にならずにはいられなかった。
「キーナ、これどこで手に入れたの? レア素材とか?」
「あたしが産まれる時持ってたらしいけど・・・あげるわよ? あたしにはそんなに上手く使えないし」
「この世界の人って何か持って産まれてくるの!?」
「そんなことはありませんよ!?」
否定したリタは一息置いて思い出した。
「そういえばミヤフィ様、あの手甲『大地の絶対手甲』もミヤフィ様が産まれた時持っていたらしいですよ?」
「嘘!? 『大地の絶対手甲』ってただのレアな魔法器じゃなかったの!?」
「恐らく勇者関係でしょうね。あれはミヤフィ様とシルヴィア様しか嵌めることが出来ませんでした。国にも教会にも秘密にしていましたが、恐らく他の人も嵌めることが出来ないでしょう」
「そのマントもそんな感じよ? あたしとお母さんしか着れなかったわ」
「じゃあ勇者関係、ということは私がこれを着られたんだから・・・」
はい、どうぞとリタが大地の絶対手甲を差し出した。
「あ、嵌められるわね」
「反応は無いね。・・・いや、形変わってない?」
「形が変わっていますね」
「そう?」
さっきまで手甲の部分が第一関節を保護する部分だけだったのに手刀で相手に叩きつける部分、小指から手首までの部分が増えていた。
「進化していくの?」
攻撃力か防御力が上がっているようには見えるが、全員手甲は素人だ。そこは専門家に見てもらう他ないが、強くなっているということは分かった。
「分からないけど、マントと手甲は換えたほうが効果高そうだし、交換ってことで、はいこれあげる。マントは名前なんていうの?」
「・・・明日鑑定しに行きましょ」




