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異世界の運動方程式  作者: 見開き7頁
二章 魔力の奔流の入り口にて
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いろいろな怒り方

 ミヤフィはキーナの手を掴んだままリタ達の方に歩いて行き、キーナはされるがままに、嬉しそうに付いていった。手を引きながらなんだか懐かしさとそれに付随した違和感を感じたミヤフィだが、理由は分からない。


 リタとペシュトロミレイアも彼女が先程ぶつかった相手であると気付いていたようで、近くのベンチに合流し、キーナを座らせてミヤフィも横に座ったところで早速質問が始まった。

「貴女に質問したいことがあります」

 始めに問いかけたのはペシュトロミレイアだ。焦っているからか、威圧的な口調だ。ミヤフィとお話するつもりで付いてきたキーナは一体何事かと思った。

「は、はい・・・?」


 少し高級な服を見てキーナはほんの少しだけ緊張する。普通の反応だ。高い服というのは裕福さを表し、裕福さは即ち影響力を示唆するものだからだ。

 この街で少し高級な服を着ているのは中級官吏と商人の中でもある程度の後ろ盾を持つものがほとんどで、官吏は逮捕権を持っているし、そういう商人の後ろ盾というのは強いお兄さんたちだ。初めは小さな自警団から始まった彼らも、今では街の中で有数の勢力だ。


 大した影響力の無い一般庶民は、そういう人達に話しかけられると一体何が起こるのか、自分が何かやらかしたのではないかと少しだけヒヤヒヤするのだ。大抵は謝れば許してもらえるのだが、時々許されないレベルの事をする人もいる。

 それは主に、彼らに喧嘩を売るような面子を潰す行為と、犯罪行為の二つに大別される。それぞれがどちらを許さないかは言うまでもない。


 どちらも能動的にしか出来ないような行為だが、ごく稀に意識せずにやってしまう命知らずもいる。それを見ているから服の良い人々に話しかけられると、何もしていない場合は、普通緊張は少しだけしかしないが、それが威圧的な態度で話しかけられるとなると、自分が悪い事をしたのではと疑い始めるのだ。

「私何かしましたか・・・?」

 どうやらキーナは思い当たる節がないようだった。しかしここで「ああ、財布なら・・・」と続けていれば結論は違ったかもしれない。


「何かしましたか、ですって?」

 威圧が高まる。怖い、が涙目だ。キーナは未だに自分が何をしたかの見当がついていない。最近は悪い事をした覚えが全く無いのだ。一日一善を日々実践する彼女は、相手に喜ばれるような事をすれど、このようないかにも真面目な兵士のような私服の人に尋問されるような事をした覚えはない。


「(今日だって、ぶつかった人の財布を間違えて持っていた事に気がついて衛兵詰所に渡してきたのに・・・)」

 物心ついた時には既に持っていた魔法だが、いまだ何魔法にも分類ができていない魔法『落物入れ(ドロップギャザー)』。財布はその収納空間にいつの間にか入っていた。それに気づいたのは、雅の生まれ変わりに手を取られて恥ずかしくなり急いでその場を立ち去った後だった。そのときには追いかけて来る人たちも撒いていたし、当然彼女らもいなかった。

 きっとぶつかったときに落としたのだろうが、仕方がないので取り敢えず衛兵に届けたら、ただ走っているだけで落し物の一割の謝礼金受け取り権利札を貰えたので「良い事をすると運が回ってくる」と思ってホクホクしていた。

 上げて落とされた気分だ。


「(いい事したのにいい事っていうのは続かないのね)」

 そういえば大道芸の熱気で忘れていたが、ぶつかった後に手を取ってくれたのはこの銀髪紫眼の女の子で、夢のお告げでは彼女が雅の生まれ変わりだと言っていた。

 よく考えると彼女と一緒にいた人、この人とぶつかったような気がする。思えば確かにこんな格好だった。つまりあの財布は彼女の物であった可能性が高い。そしてぶつかったときに落とした財布を自分が持っていたのだから・・・


「(あたしがスリってことね)」

 状況だけ見るとそう見えるかもしれない。だがそれは仕方ないことで、自分は盗んではいないのだ。『落物入れ(ドロップギャザー)』は常時発動型で効果の発動を止める事は出来ず、落とした後に持ち主が忘れて立ち去ってしまうような落とし物(ドロップアイテム)は必ず拾うようになっている。

 落とし主が拾う物は回収しないので、言ってしまえば失くすものを回収する人助け体質なのだ。いつも通りしっかり衛兵詰所にも届けたので自分が悪いところは何もない。本来無くすはずのものを拾って警察機関に届けてあげたのだから感謝されるべきなのだ。

 ネコババではない。


「・・・貴女よくも白々しくそんな事が言えるものですね! 夕方頃にぶつかったとき、貴女が私の財布を取ったんでしょう!」


 キーナの予想は大当たりだった。面倒な事になった、と彼女は嫌そうにため息を吐いたが、それを見たペシュトロミレイアはさらに怒りのボルテージを上げることになった。


 逆にフリーフォールのように落ちたキーナのテンションに応じてその長く尖った耳は下がった。それは森人族の特徴であり、彼らが人族の都市にいるときは、大抵の場合遊びが目的である。しかしキーナはそんな事には関係なく、ただ雅に会うという目的のためにこの街に来ただけだった。

 そもそもが娯楽大国日本で僅かでも暮らしていたのだ。今更人族の娯楽に深嵌りするなどあり得ない。


「いや財布はえいへいに――」

「しかもよく見ると森人族じゃないですか! まだ小さいのに遊ぶ金欲しさですか!」


 ペシュトロミレイアは普通の子供が盗みをしても相手の言い分を遮ってそのような事は言わないが、それだけ森人族は素行が悪いということだ。

 森人族は静かな森の中で育つだけあって、娯楽に飢えている。いや、飢えているというよりは人族が生み出すより面白い娯楽に深みまで嵌って遊びすぎてしまうのだ。


 森の中での森人族は祭など自分たちの娯楽をを持っている。だが時々金属などの生活用品を求めに街に来たときに道に迷って、賭博場に行って嵌ってしまったり、吟遊詩人に貢いでしまったり、劇場に何度も通うようになったりする。そのように一見真面目な森人族を堕落させる要素は多く、堕落する森人族、その借金問題は一つの社会問題になっていた。

「いやだから――」

「ちょっとペティさ――」

「それとも借金のカタですか? どちらでも良いですが盗みは良くないです! 早く財布を出しなさい!」


 ペシュトロミレイアの勢いは止まらない。キーナの言い分とまだ口だけのミヤフィの制止、を全く聞かずに半ば怒鳴りつけるような形になっていたが、通行人は「また森人族か」と思うばかりで誰も仲裁に入らなかった。


 キーナの横にいたミヤフィは、キーナの口から衛兵と聞いて止めようとしたが、ペシュトロミレイアの勢いは止まらず、周りに止める人がいないので「この世界では犯罪者相手だとこうなるのかな」と思って止めず、せめて暴力沙汰になったら止めようと思った。

 リタは傍観を決め込んでいた。


 止める人がいないので質問は激しく続いた。

「まさかもう全部使ったんですか!? 全く森人族というのは後先を考えないで――」

 その後もペシュトロミレイアは森人族の悪口を言いつつ迫った。耳が長くても人の話を聞かないだとか、引きこもりだとか。

 次第に詰問しているのかただ悪口を言いたいのか分からなくなってきて、流石にミヤフィも止めようとしたが、


「だから衛兵に届けたって言ってるじゃない!」


 先にキーナの堪忍袋の尾が切れた。

 真横で急に大声を出したので隣でミヤフィがビクッと跳ねた。傍から見るとお姉ちゃんが怒ってびっくりした妹のようにしか見えない。


 ビクッと跳ねたのはミヤフィだけではなかった。

「うわっ!」

「なっ何だ!?」

「魔法!?」

 通行人が同じ様に驚いて周りを警戒し始めた。魔圧がいきなり高まったら誰でも驚く。地球で言えば街中で爆発音がしたのと一緒だ。


「(この子、キレたら魔力制御を全くしなくなるタイプの子ですね)」

 リタの分析よろしく、キーナの魔力が感情に伴い爆発したのだ。

 実際には爆発的に魔圧が高まっただけだが、堪忍袋の尾の様に、キーナの魔圧抑制は切れた。

 通常、人間は魔力の節約のために魔圧は無意識に抑制する様に出来ているが、感情により抑制が解けることがある。それは魔法のある世界で生き残るための進化かもしれない。日頃は節約して危険に陥ったときに爆発させるのだ。


「(それにしても魔力量が多いですね。ミヤフィ様の半分くらいでしょうか? ・・・ミヤフィ様は化物級だから基準になりませんね)」

 それで一般人の数十倍のオーダーは軽く超えている。


「(びっくりした、リタさん以上に怖い)」

 キーナより魔力の多いミヤフィは魔圧には怯えない。しかし魔力ではなく純粋に怒っている様子に顔を青くして、キーナには絶対に逆らわないようにしようと思ったミヤフィであった。

 

「あたしはさっきから何度もあんたの財布は衛兵に届けたって言ってるの! それをちょっと引き下がってたら森人族について有る事無い事喚いて、ほとんど侮辱よ! あたしがちっちゃいからって馬鹿にしてるの!?」


「私は本当だって聞きましたよ! それに状況からしてスリじゃないなんてあり得ません! いやスった物を落し物として届けたのだから詐欺です! 私も逮捕権は持っています、逮捕しますよ!」


「あんたが落としてそのまま放置していた運命だったからあたしが拾ってあげたんじゃない! 感謝さてれも、罪になる謂れは無いわ!」


「意味がわかりません! あなたが先にあの場を離れたんだからスリじゃないですか! ふざけないでください!」


 ペシュトロミレイアも本気で怒った。子供が変な筋の通らないことを言って反抗してきたのだから怒るのも当然といえば当然だが

--怒りが振り切れたのか、それとも子供相手でも尋問はそうするのが慣例なのか、彼女は手を振り上げた。その手は握られていた。


 スイッチが入る。


「(殴るのか、子供を)」


 咄嗟にミヤフィは魔力をキーナの正面に展開した。そこに放出された魔力が固まる前にペシュトロミレイアが手を振り下ろし、ミヤフィの魔力はその勢いを落とすだけしか仕事をしないかと思われたが、ギリギリのところで固まった。


「なっ!? ミヤフィさん、何の真似ですか!?」

 空中に紫色の煙のような魔力が漂ったかと思う間もなく濡れた砂のように固まったのでペシュトロミレイアの手は空間に固定された。ミヤフィは壁を作ろうとしていたが間に合わず予想していない結果になった。しかし固まった魔力に手をぶつけてけがをするよりはましだと考えないことにしたが、よく考えてみるとこの現象を応用すれば拘束ができるのではないかと、脳内メモ帳に書き加えた。


 時に、ミヤフィが雅だった頃、二回だけ本気で怒ったことがあった。

 どのような状況で怒ったかは今は関係ない。恐らく今と似たような状況だった。どちらも高校生の頃なのだが、そのときに雅は自分が激しく怒るときにどのような振る舞いをするかを知った。

 横で見ていた友達曰く、「ヒートポンプの冷やす側のアルミ吸熱板の上に立っているみたいだった」らしい。冷たいという事しか伝わらなかったが、その友達は変人として知られていた。その友達の通訳として扱われている友達が訳すことには、「全身の熱気を吸い取られているような怖さがある。怖い」だそうだ。

 どこに怖いというニュアンスがあるかは全く分からなかったが、彼自身、怒っているときの自分は頭が冴えていたと感じていた。頭が冴えるのは気持ちがいいと思うが、何も一番冴えている訳ではないので、そこまで怖いのなら友達に引かれるからできるだけ怒らないようにしようと決めていた。


 さて、それは過去のことで、今は怒らなくてはいけないのだ。そう考えている間に、ミヤフィはどんどん無表情になって、周りの雰囲気が冷えていった。

 メイドは周囲の人物の感情の機敏に反応しなければならないのでと訓練していたリタはミヤフィが怒っていることに素早く気付いた。



「雰囲気だけ・・・?」

 雰囲気も冷えているが、それだけではないとリタは気付いた。いつの間にか魔圧が下がっていた。それもごく自然に。自然に? それは魔力操作をある程度こなせる者が魔圧が下がったという『結果』しか分からなかったという自然さ。リタは魔圧が下がっていくことを知覚できなかった。


 リタはこの現象を知っている。

「(この下がり方は魔圧を下げようとして下がったのではなく、体内の魔力制御が上手くなった結果のものですね)」


 無意識の魔力制御による魔力節約の効率は、魔力制御の腕前が上がってもすぐには上がらず、ジェットエンジンの回転数のように緩やかにしか上昇しない。そして効率が上がると、魔力流出量が減って魔圧が下がる。それに気付けるのは達人位のものだ。

 逆に自ら魔圧を隠そうとして魔力流出を止めると魔圧の変化が一瞬で起きるので気付きやすい。


「(ミヤフィ様は怒ると冷静になって魔力制御が上手になるタイプでしたか。オダワラ戦の話を聞いて思いましたけど、本当に実戦向きの性格してますね)」


「・・・大人気ないですよペティさん。私もキーナが何を言っているかは分からないですけど、嘘をついているようには見えません。子供なんかを殴る前に、やる事があるとは思いませんか?」


「うっ・・・こ、この盗人の森人族の味方をするんですか?」


 キーナが嘘をついているようには見えなかったのは本当だ。懐かしさのせいだろうか。いや、単純にミヤフィは彼女が信用に値する人物に感じた。もしかしたら、その懐かしさには地球での思い出が含まれているように思えたからかもしれない。


 それにいくら犯罪の可能性があるとはいえ、子供に手をあげるのは許せなかった。ミヤフィの中にある大きな倫理観の一つだ。近所の悪ガキを叩いたことはあるが、握った手(グー)は良くない。


 自分でもどうしてそこまで怒るのかは分からないが、きっと海南を喪ったトラウマの産物で、同年代の子が傷つけられるのが嫌なのだろうと思った。

 ちなみにキーナはミヤフィの二倍くらい大きい。シュールな光景だ。


「違います。キーナが盗人かどうかは私にはまだわかりません。ですけど、財布の場所が分かっているのなら、取り戻すのが先決でしょう?」


「で、ですけど--」

 この世界では日本とは違い、子供相手でも尋問は厳しいものだ。殴るのは日常茶飯事で日本とは常識が違うのだが、ミヤフィは「問答無用です。キーナ、財布を届けた詰所はどこ?」と自らの意思を通した。


 そのまま魔力の枷を移動させて、キーナの道案内の通りに詰所までペシュトロミレイアを引っ張っていくのだった。

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