街中の人混み
やっと10万字です。長かった。そろそろ話を進めないといつまでたっても完結しない!
屋根に上ったところで、ペシュトロミレイアの足の速さでは既に見えないところにいる可能性はあったが、どうやら向こうに人込みがあったようで立ち往生していた。そこは建物三軒分位向こうで、止まって我に帰ったのか、周りを見回してミヤフィとリタを探しているようだった。割と質素な格好の人々の中で一人だけ少しだけ上等な服を着て挙動不審にきょろきょろしているので周囲から浮いていて直ぐに見つける事が出来た。
「全く、財布を無くして慌てるのもわかりますけど、足が速すぎですよ」
ぼやきながらリタは走り出した。ミヤフィを抱えながらだが、結構速い。
「・・・ペティさんいましたか?」
「はい、追いかけています」
ミヤフィはリタにお姫様抱っこされていた。上を向いていて仰角の範囲内のものしかまともに見えないので、彼女を補足することは出来ていない。もし下を見ていたら高さと疾走感に怯えていたかも知れないとリタは思ったが、元パルクール部の彼女はその程度の高さで怯えたりしない。
日は既に落ちているので夜空が見えた。ミヤフィはリタに抱えられて移動している。地球から見る星空と同じく星との間には想像もできないような距離があるので、空に浮かぶ星は動いては見えなかった。
しかし、この街の名前の由来となる風景が見えた。
「本当に星が降ってる」
淡く輝く白い光の塊が、舞い落ちる木の葉よりもゆっくりと、まるで地面に触れるのが嫌であるかのように落下していた。辺り一面、と言えるほどの数はない。
「(そんなにあったら昼と同じくらい明るいよな)」
見渡して精々十数個といった所だろう。リタが結構な速さで走っているのにあまり動いてないように見える事から考えると、わりかし遠い所にあるらしかった。
「・・・降っている星って結構でかいんだな」
そして大体の光は屋根よりも高い所、人が背伸びした所で全く届かない高い場所で霧散してしまうが、時々屋根くらいの高さまで持ちこたえているものがあった。その近くの人々が明るく照らされて、眩しそうにしていた。眩しそうにしている人としていない人がいたのは、この町の住民か旅人かの違いだろう。
星は時間がたって低いところに来るにつれ小さくなっているようなので、初めのサイズが大きくて長く持ちこたえたのだろうと思った。
まるでマグネシウムだけで作った極大の花火が降ってくるような幻想的な風景、それは――
「地球では見たことない。まるで異世界」
いやここ異世界でしょと自分で思いながら、その現象の原理、ひいてはこの世界で起こるすべての不思議な現象は、魔法で説明出来そうだと思った。
まず「光」が「輝きながら」「ゆっくり」落ちて来るなど普通の物理法則ではあり得ない。例えばレーザーポインターを思い出すと、光っているのはレーザーで指示されている部分、つまり光がスクリーンにあたっているところだけで、ポインター本体とプレゼンテーション画面の間に確かに存在する光は横から見えないはずだ。移動している光を横から見る事は出来ない。
それにこちらの世界でも光は光速で進むはずだが、遅い。
では速さからして発光体が落ちてきているのか、と言われるとなんとなく違うように見えた。確かにあの星は空から何か花火的なものが落ちて来ていると考えると自然ではあるが、それでは説明がつかない事がいくつかあった。
「(あれだけの光量があるのに赤外線の温かさを感じないし、プラズマだとすると燃え残りの物質があるはずだけど、多分無い。そして何より、魔圧があって、より低いところにある光からはより大きな魔圧を感じる。何より直感が「あれは光だ」と告げている気がする)」
つまりあの光は魔法の産物だ。
「(原理は・・・げんりは・・・zzz)」
「・・・様? ミヤフィ様?」
深い思考に入っていたミヤフィはリタに揺すぶられて戻ってきた。ペシュトロミレイアが目の前で何となく気まずそうにしていた。
「・・・ごめんなさい、突っ走っちゃって」
「「いえいえ」」
「じゃあ改めてスラムへ」
頷くミヤフィ達。はぐれてはいけないので、手を繋いで人混みに突っ込んだ。
中は夜の冷やりとした空気から一転して蒸し暑く、ミヤフィからすればいつ大人に蹴られるかわかった物ではない。魔力で戦う事自体は出来たって、身長は伸びない。早く大きくなりたいと思ったが、それよりも、「どうしてこんなところに人混みがあるの」と目の前の脚をどうにかしたかった。
幸いにして蹴られることはなかったが、何人かにぶつかりながら中心の近くに来た時、その理由が分かった。
「(『大道芸人』だ)」
「なるほど、大道芸人さんですか」
ミヤフィはこの時初めて大道芸人という言葉を聞いた。まだまだ聞いた事のない異世界語は多い。この身体の母国語なので何となく意味は分かった。
「だいどうげにん?」
「大道芸人ですよ」
「大道芸人」
「はい、覚えましたね」
「大道芸人!」
しかしこんな夜に大道芸なんて何をしているのだろうかと思って喧騒に少し耳を傾けてみた。
「はいはいお立ち会い! 今日は大盤振る舞い、驚天動地のマジカルイリュージョンだよ!」
周囲からおおーっと歓声が上がった。魔法での大道芸は珍しいのだろうかと思い心を惹かれ、別の方向に手を引かれながらもちょっと覗いてみると、見世物の歯車に引っかかってしまった。
「ではそこの可愛い銀髪のお嬢さん、こちらで手伝ってもらえるかな?」
シルクハットの司会者にミヤフィが指差しで指名されてしまったのだ。それから一瞬のうちにミヤフィとリタの手はノリのいいギャラリーに引き剥がされた。
「あら!?」
「あ、ミヤフィ様!?」
「ミヤフィさん!?」
周りの人に押され、司会者に腕を引かれてミヤフィはあっという間にショーの中心まで引き込まれてしまった。
「可愛いお嬢さんの登場だ! さて、今宵の輝かしい宴を始めるためには、もう一人のお手伝いさんが必要だ! では・・・そこの隅っこで興味津々に見ているボロ布のお嬢さん! ・・・そう、君だ。手伝ってくれ!」
次に司会者が指名したのは、裕福ではない家の女の子のようだ。その女の子は、誰にも押されることなく自分で走って出てきた。
「・・・あ」
白いぼろ布の女の子、それはペシュトロミレイアと先程ぶつかったホームレスっぽい女の子であった。
「(見つけた)」
ターゲットを思わぬ形で見つけてかつてない笑みを浮かべるミヤフィ。実はご飯を食べたので眠たくなってきたのだ。早く見つけられず長引いていたら途中で寝ていたかもしれない。さっきちょっと寝たけど。寝ないと身長が伸びないので寝たかった。まだ日は落ちたばかりだが、照明のあまり発達していないこの世界では、もうそろそろ就寝時間だ。
司会者に感謝しつつ彼女を観察する。
彼女は白い布をマントかポンチョのように使っているらしく、中に服を着ていた。白い布はフードが付いていて、遠目から見るとぼろ布に見えたが、近くで見ると全く擦り切れたり破れたりしていない、汚れただけの布だった。洗えば綺麗になりそうだ。
「さあ、二人とも、手を繋いで!」
二人は手をつないだ。そのときミヤフィの手にマントが当たった。
「(これ絹より柔らかいぞ!)」
まさかの良い布である。手触りに関心していると、女の子が話しかけてきた。
「あ、あの、私、キーナ。ねえ、あなたってミヤ・・・」
「私はミヤ・・・」
「では行きましょう! 今から二人は空を飛びます! それには皆さんの力が必要です! はい拍手!」
司会者のはいはいはいはい! というコールに合わせて皆が拍手をし始めて、ミヤフィ達の声は打ち消されて互いに聞こえなかった。
「ありがとうございます! さあ皆さんの拍手の力で二人が浮き上がっていきます!」
「本当に浮くのかな・・・」
司会者の足元には魔法陣が浮き上がっていて、何となく魔圧は感じるが、何が起こっているかは分からない。
「はい浮きました!」
「え?」
いつ浮いたのかも分からなかった。足元を見ると本当に浮いていた。
「本当だ!」
「浮いている!?」
「すげー!」
「新魔法か!?」
謎の魔法にギャラリーは大盛り上がりだった。騒がしいそこへシルクハットを持った助手の可愛らしい少年が駆け寄っていけば、それはみるみる銅貨や銀貨で一杯になる。
「皆さんの拍手の力でなんと彼女らは浮いてしまいました! 不思議なことは続くもので、お次はなんと、彼女たちを一瞬にして消してしまいましょう!」
彼は円形の魔法陣を手に移してからミヤフィ達に近づいて耳打ちした。
「本当に消したりしないから大丈夫だよ、闇魔法だから見えなくなるだけだ。途中で歩いたり喋ったりしないでね」
「うん」
「はい」
そして二歩下がって、「では消されてしまう哀れな少女達の許可も降りたところで、消してしまいます!」と告知した。
皆が息を飲む。
魔法を掛けられるといえば、とミヤフィは魔法の授業を思い出した。リタは言っていた。誰かに魔法を掛けられそうになったら、抵抗の準備をするようにと。
「(確か抵抗の基本は魔法に魔力をぶつけるだけだけだったっけ、これがダメだと目隠しのピッキングみたいに詠唱一つ一つを解除していくしかないって言ってたな)」
「あー! 皆さん! 何かお忘れじゃあないですか!? 力が足りないなー! 分かってますよね、はいはいはいはい!」
助手の少年が可愛らしく拍手をし始めた。それに続いて皆が拍手をし始める。
「さあ、行きますよ! 三、二、三二一はい!(固有闇魔法『仮消去』!)」
何故かミヤフィには心の声が聞こえた。固有属性魔法なんてリタの授業でも聞いたことがない。精々固有魔法というものを聞いたことがある位で、それもやり方は知らない。
「(これって結構大変な発見かな?)」
と思っていると目の前が真っ暗になった。同時に周りが盛り上がっているのが聞こえて、成功したのだと思った。お金の音が聞こえて、視界が回復した。
「さあ、今日はお終いだ! みんな楽しんでくれてありがとう! そして協力してくれた彼女らに拍手だ!」
ミヤフィとキーナが拍手を浴びて、大道芸の形をとった魔法ショーは幕を閉じた。抵抗hs決まらなかった。この魔法はミヤフィの周囲の空間に掛けられていただけで、ミヤフィに掛けられたものではなかったからだ。
立ち去ろうとするキーナの手を、ミヤフィは離さなかった。




