おごり
パエリアはスペイン料理でした。前話が修正されていますがストーリーに変更はないです。
ミヤフィはパエリアが好きです。
イタ飯、一人はスペイン料理を食べ始めたミヤフィ達。テーブルの上では黙々と食事が進んでいた。食事中は会話が減る。ペシュトロミレイアは上手くフォークを使えるようになったにも関わらず巻き取りに集中しているし、リタはピザを食べる傍で二人分の『聖銀食器類』の制御に忙しい。『自己顕現』は一度発動してしまえばその後は自動で行使される魔法なのだが、能力に応じて思考力が落ちてしまうのだ。勝手に制御されていて便利なのだが、発動中は何かしらの不安感を感じるのだ。いつもより何かが足りない気がして、言語能力も少し落ちる。
しかしそこは流石のメイド力で、時々ある会話でも話を逸らしたりして二人が話す様に誘導して何とかごまかしていた。店内の誰もリタが魔法を使った事に気がついていない。
そしてミヤフィも貝柱を集中して剥ぎ取っている。昔から苦手なのだ。
「(勿体無いし、綺麗に取りたいんだよなー)」
ただし手先が不器用なのではなく、こだわり過ぎが原因の多くを占めている。彼女は適切な線での妥協が出来ない人間ではないが、何故か蟹と貝柱とギターソロは妥協が出来ないのでスプーンで貝柱の部分を削るように同じ貝をずっとカリカリいじり倒している。あと一筋の貝柱が取れないのだ。
もしこの三人で蟹を食べに行ったら、一切の会話は無くなるだろう。
「(なんか蟹思い出してきた。食べたい・・・あ、とれた)」
中々大変な作業だが、いつの間にか『聖銀食器類』で強化されていたスプーンだと違和感を感じないレベルで比較的素早く行うことができた。それが掛けられていたことにミヤフィは気がついておらず、精々スプーンが業物だなーと思った程度だったが、美味しいので問題なかった。
すでにリタは四分の一、ペシュトロミレイアは半分位食べ終わっていて、貝を全て取り終わった頃にはかなり出遅れていた。
米と貝を掬って食べる。貝が苦い。思ったより苦い。じゃりっとした。にがーい、と口を閉じたまま天井に訴え、貝ってこんなに苦かったっけ、と思った。だが噛むほど出てくる米の甘みで苦味は打ち消され、その頃には美味しいと感じていた。まるでーー
「子供に戻ったみたい」
「ふふっ、子供ですよね?」
「そうですね」
ペシュトロミレイアは疑問を浮かべながらも、良い大人が子供にする様に微笑んだ。パスタを巻きながら頬を緩ませ、今にもミヤフィをナデナデしそうで、完全に子供扱いだった。彼女から見れば苦い貝を食べて顔を顰めたミヤフィは実際に子供にしか見えないのだが、ミヤフィ自身はたった今子供らしい反応をしてしまったのだが未だ世間相手に子供の様に振る舞うべきか否かで考えが纏まっていないので困惑するところだ。
そのまま各々が美味しい料理に舌鼓をうち、料理を少しずつ交換しながら食べ進め、ペシュトロミレイアの皿があと一口二口位になった頃には日は完全に落ちていた。
「そういえばお二人共」
「はい?」
「なんでしょう?」
「オダワラと戦って生き残るどころか、倒してしまったそうですね! 凄いです! ・・・最初から思ってたんですけど、それと合わせてこの国に来た記念に今日の支払いは私が持ちます!」
きゃあペティさん男前、と言おうとしたミヤフィだが寸前で止めた。代わりに口を開いたのはリタである。
「・・・いいのですか? 会って間もないのに」
ペシュトロミレイアは最初から蓋の開いたポーチに手を突っ込んで、財布を探しながら言った。
「いいんですよ! 明日給料日ですし、今月は結構残っている・・・あれ?」
ペシュトロミレイアの指は財布があるべき位置で空を切った。今度は別の場所を探ったが、握ったのは休みが少なくてあまり使わない化粧品入れだ。
「・・・あれ? あれ? ・・・え!?」
次に握ったのは身分証明書、その次に握ったのは支給の緊急時用魔法器械。その次に握るものは・・・何も無かった。
「財布が無い!?」
ペシュトロミレイアの顔がみるみる青くなった。財布の中には銀貨が二十枚と銅貨が四十枚入っていたのだ。庶民にとってはかなりの大金である。
「うそ!? 財布が!?」
「それは大変です!」
物価を絡めると、銀貨十枚で最低限の生活(食べ物だけ)が一ヶ月出来る。普通に暮らそうとすれば二十五枚位必要で、兵士の初任給は銀貨五十枚だ。
「結構大金が入ってたのに・・・」
とても悲しそうにうなだれるペシュトロミレイア。落ち込んだ彼女はため息を吐いた。
「はあ・・・」
「ーーっ!」
その仕草はミヤフィにとって、何だかとても引き込まれるものだった。
「探しに行きましょう」
ため息に特に引っかかる部分は無いはずだったが、何故か助けたくなった。そうでなくても当然助ける。
「困っている人を放って置けませんから! 早速行きまーー」
「ミヤフィ様、まだ半分残ってますよ」
「ーーはい」
出鼻を挫かれて精神的にずっこけた。
パエリアの美味さは変わらなかった。
◇
全員が食べ終わった後店を出て、財布の在り処を考え始めた。支払いはミヤフィ達が持った。亡命するときに行き先、マシュロの通貨わ持っておくのは当然、というより入ったときに両替していた。
ミヤフィの推理ターンだ。
「さて、財布は・・・多分さっきの女の子が持っていると思うんですけど」
「スリですね」
「・・・それしかないですね」
ゲームセット。小さな女の子にスられるなんと情けない、とペシュトロミレイアはぼやいた。彼女より小さなミヤフィは彼女より恐らく強いだろうが、それは特殊な例であり、決して彼女が弱い訳ではない。一般人相手なら十対一でも勝てる。
探す対象を決めたミヤフィは、早速走り出そうとしたが、リタに止められる。
「ミヤフィ様、どう探す気ですか? 手掛かりはありますか?」
「あっ・・・」
「はあ・・・でしたら一緒に探しましょう。あの子の見た目からして、スラムでしょうね」
「確かにそうっぽいですね。スラムはあっちです、付いてきてください!」
ペシュトロミレイアは先程ミヤフィが駆け出そうとした方向とは逆に駆け出した。
「ちょっと・・・」
「速いなー」
追いつけないリタ。走ってすらいないミヤフィ。このままでははぐれてしまうが、メイド服は街中でのスラローム走行に向いていない。スラロームが上手いだけでなく、ペシュトロミレイアの足は単純にかなり速かった。仮に直線で追いかけていたとしても既に家二軒程離れていただろう。
「ミヤフィ様、そんな呑気な・・・」
「まあまあ、大丈夫大丈夫」
追いついたミヤフィはほーと息を吐いて、屋根にまで届く斜めのスロープのような領域を指定して魔力をそこに溜めた。それだけでは特に意味はないものだが、次にそれをジグザグの平面へと収束させ、屋根へと登る階段を作った。
「固有魔力の階段・・・上手くいった。さ、リタさん。屋根伝いに行きましょう。途中も道は私が作ります」
高密度魔力で形を作るのは、オダワラ戦で剣を作った時に思いついたことだ。必要は発明の母だとはよく言ったものだ、とミヤフィは感心した。
リタがこの形のある魔力を見るのは初めてである。魔法を使えば消費魔力は少なく同じ事が出来るが、ミヤフィは魔法を知らないので、馬鹿でかい量の魔力を使ったゴリ押しだ。
「屋根伝いだなんて、『日本人』って本当に『ニンジャ』だったんですね・・・」
「それ違う! 私は日本人が忍者だなんて思ったことないから!?」
ミヤフィの記憶の中に本当にそんなものがあったのかどうかは気掛かりだが、リタが忍者を知っているという事はあったのだろう。
「リタさん、行きますよ。なぜか知らないけど注目されてますし」
「はい! ですがミヤフィ様、今後街中でこの様な大出力の魔術は使わないでください。必要以上に目立ちますので」
言われて階段を登ったミヤフィが眼下を覗くと周囲にいた人々が呟き声をあげていた。
「さすが魔術師は、贅沢に魔法を使いやがって」
「すげー」
実際には魔法ではないのだが、確かに悪目立ちしている様な気がした。
「(このまま変に目立っちゃったら・・・)」
夜の街、それは稼ぎ時。今日も食べ物屋はキャッチの競争をして売り上げを競い合う。ちょっとメインストリートから外れると胸が大きいお姉さんがパイプを吸いながら客引きをしている。
そこに一人、必死に走る少女。息は絶え絶えで魔力も減ってきていた。滝の様に汗をかいて服が透けている。その様な事を気にする余裕のない彼女は、どこか色っぽくもあったが、その胸が描くのは微小振動だ。
そのうち体力が限界に達した少女は転んでしまい、後ろから走ってきた男に追いつかれる。
「ヒャッハー! 観念しな!」
男は少女の胸倉を掴み、彼女を捕らえた。逃げられない様にか、顔面を殴り、首を絞める。
体力を無くしても反抗の意思を失くさなかった少女は、切れた口内からの血を垂らしつつ男を睨みつける。ただでさえ酸素が足りない彼女の腕は、首を絞められたことで最早上げる事は叶わなくなった。
「そんなに睨むなや。俺たちに協力できないってんならどうせ死ぬんだから、良くしてから殺してやるからよ?」
どんなに動けと命じても彼女の腕は動かず、彼女の視線は少しづつ上を向いていく。
そして次に目覚めた時は全身が熱く、下腹部に違和感を・・・
「いやあああああ!? ワカリマシタリタサンキヲツケマス!?」
嫌だ! ヒャッハーな人達に色々されて死んだり貞操を守れないのは嫌だ! 気持ち悪い!
と笑えない想像をして膝を笑わせたミヤフィにリタは首をかしげたが、分かっているならいいと、ミヤフィをお姫様抱っこして屋根の上を駆け出した。追いつけそうだ。