勇者の伝説
「昔々、私たちが想像もできないような遠い昔、この世に魔法は無く、世界は一つでした。その頃には人族も獣人族も魔族も、なかったのです――」
リタは暗唱でもするかのように語った。いや、実際暗唱なのだろう。しかし未だ人族しか見た事がないミヤフィにとっては驚く要素が無かった。
「ある日、私達が住んでいる地『エルデ』が、大きく揺れました」
「(この星はエルデっていうのか)」
「空の彼方から、大きな岩が堕ちて来たのです。大きな山にぶつかったその岩は、そこにあった山をバラバラに吹き飛ばしました。吹き飛ばされた山は虹色に輝きながらエルデの空を埋め尽くしました。全ての生き物が驚いてパニックになっているうちに、幾らかの破片は地上に落ちてきました。近くの人が見に行ってみると、山だった所は真っ平らな更地になっていました。この世界に魔法が生まれたのはその時です」
うんうんと頷きながら聞いていたミヤフィだが、最後の言葉には疑問を隠せなかった。
「隕石が落ちたのにどうしてクレーターができなかったんだろう? それに魔法が生まれたって?」
「・・・魔法の黎明期ですからね、分析できないまま語り継がれてもおかしくありませんし、口承ですから、失われたのかも知れません」
「うーん、将来調べたいですねー」
脳内研究したい事リスト(残念ながらステータス画面は無いのでたまに忘れる)にまた一つ二つと項目を付け足した彼女は、続きをお願いします、と頼んだ。
「では、続きを。――魔法が生まれてしばらくして、生き物の身体に異変が起こり始めました。新しく生まれてくる生命が、魔法を操るようになったのです」
「(あれ? 魔法が使えるのは次の世代からなの?)」
「そしてまたしばらくして、また異変が起こりました。新しい種族が生まれ始めたのです。最新の研究によると、このとき人で言えば、人族、獣人族、魔族、森人族、海人族、鳥人族、山人族の七種族、他の動物、植物、果てには土や金属の種類まで増えたそうですよ。そのときより後では、新しい種類の物は変異体しか見つかっていないとか。変異体は生殖能力が低く生き残る事は無いですから、実質生物の進化はそこで止まっています」
生物の進化はそう急激に起こることではないのでスルーして、変異体というのは遺伝子コピーのミスが悪い方向に作用した、DNA式有性生殖の悪面、というか普通に先天性障害の一種だ、と理解した。そういえば人間社会ではともかく、自然界では障害があると生きてはいけない。環境に適応できた物だけが生き残る、と有名なあの人が言っていたが、環境が変わらなければ弱い者から死んでいく。周りの強さも環境だと言ってしまえばお終いだが、本来自然界とはそういうものなのだ。人間社会が特別優しいだけであるが、チスイコウモリのような理想的な分け合い社会でだって、フリーライダーはいずれ排除される。障害者だって健常者だって、何かの『役割』を得なければ生きていけないのだ。と道徳か何かで先生が言っていた気がする。
確かにかの有名な(物理学関係なのでミヤフィは覚えている)ホーキング博士は物理学の発展という大きな『役割』を担っていた。学生の『役割』は将来のために勉強する事で、事故で寝たきりだったちょっと遠い親戚で年下の美空ちゃんなんかは「回復する事」や「生きていて欲しい」という重大な役割を背負って生きながらえている。自分もその役割を押し付けた内の一人である。確かもう呼吸器は必要なく、治るのも時間の問題だったはずで、もう六年になるので治っているだろう。危機感の無い記憶というのはどうも忘れやすく、こんな事でもないと思い出さない。
そう余計な事を考えている内に、続きが始まった。
「それからは大陸も割れて少しづつ離れ、仲の悪かった種族同士はそれに沿って離れて行きました。他の大陸が見えなくなってきた頃、人族に初めての勇者が現界したのです」
「(やっと勇者か)」
「現代に続く魔法は固有魔法も含めて全て歴代の勇者が生み出した物ですので、覚えておいてください。さて。初めて勇者が現れたとき、人族は助けを求めていました。魔物の大量発生が起こっていたのです。言葉が通じない勇者でしたが、襲われる人々を見て勇者は怒り、魔物を退治してくれました。それから勇者は、様々な種族が危難に陥ったとき、その種族と同じ種族として度々助けに来てくれましたとさ。まる。」
「・・・」
いきなり変な言葉遣いになったリタを見て何かがおかしいと思ったミヤフィだが、しばらく待つと続きが話されないと分かって「え、終わり!?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そうですよ、終わりです。因みに最後のも暗唱ですからね、決してふざけたわけじゃありません。それで、人族の勇者が現界した時は常に人族に何らかの危機が迫っているんです。とは言っても、最後のは五百年前ですけど。だから皆、急いで準備やら報告やらをしないと、と慌てていたのです」
「なるほど」
「つまりミヤフィ様は取り敢えず強くならねばなりません、今回の危機が何かはまだ分かりませんからね」
「はあ・・・色々研究してたいのにな・・・」
「それで解決する危機だといいですね」
「・・・ところでそれなら魔王って――」
暗唱が終わって会話が始まった頃には、革靴が石畳を叩く音が聞こえていた。そこに裸足の足音が重なっていく。
「お二人ともー! お待たせしまし・・・あいたっ!?」
「きゃっ!?」
最終的に人と人がぶつかる音がした。
見るとペシュトロミレイアが倒れていて、その上に小さな女の子が倒れているところだった。彼女の衣服はぱっと見で分かるほど汚れていて、靴も履いていない。明らかにホームレスの少女だった。
ペシュトロミレイアは姿勢的に明らかに大丈夫のようなので、捲れたスカートから真っ白のパンツが丸見えだが無視してミヤフィは女の子に声を掛けた。彼女は人生が終わりつつあるような表情をしていた。
「お嬢さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫――え?」
ミヤフィの声に応えながらそちらを見た少女は、ミヤフィの顔を見て目を点にした。
「――っ!」
そして何を思ったのか、顔を赤くして走り去ってしまった。ボロ布が揺れて幽霊みたいだった。
「ペチュトロミ・・・ライアさん、大丈夫?」
「ペシュトロミレイアです! 大丈夫ですよ、全くもう」
「惜しいですね」
「名前が長すぎるんですよ」
「だからペトロでいいって言ってるじゃないですか! それも覚えにくいなら別のでも良いですから!」
「・・・じゃあ、ペティさんで」
「覚えやすそうですね」
「・・・それでいいです・・・それじゃあオススメのお店に案内します! 行きましょー!」
「「おー!」」
ペシュトロミレイアの先導で、ミヤフィ達は歩き始めた。彼女らが広場を出た頃、厳つい革鎧と鉈のような剣を持った集団が広場を通り過ぎていった。
◇
しばらく歩いていると、飲食街のような通りに入った。日本と違って醤油や出汁の揮発した香りは全くしなかったが、何らかのソースが焦げる香ばしい匂いや、コンソメに近いスープの匂いがする。よだれが出てきた。
「どこも美味しそう! それでどこに行ってるんですか、ペティさん?」
「ふっふっふ、実は近くに先代の勇者が作った料理屋があってですね・・・変な料理なんですけど、絶品なんです! なんだか当て擦りの様になって気を悪くするかも知れないんですけどね、とにかく美味しいので、次の非番では絶対に行こうと思っていたんですよ!」
「いいですね! 私もそろそろ日本しょ――」
日本食と口に仕掛けたミヤフィの口をリタが超速で塞いだ。そして耳元で囁く。
「ダメですミヤフィ様、こんなところで『地球』の話題を出したら転生者だって言いふらすようなものですよ! 勇者はともかく、転生者と分かるとトラブルに巻き込まれやすいですから、気をつけてください!」
「・・・了解」
確かに転生者は体は育ってないのに知識や技術を持っているから暴力で無理矢理労働させやすいな、と考えてミヤフィは渋々納得した。リタの料理は世界で二番目に美味しく、シルヴィアの料理は世界で一番美味しかったが、日本食もまた捨てられないのである。例え誰に止められてもその話はしたかった。
「私もしょうゆが大好きなんです! あの香ばしさがいいですよね」
「そうですね――」
右に曲がったところでペシュトロミレイアはすぐ近くの建物を指差した。
「さあ、ここです! 食事処『Cibo italiano』――」
「イタ飯じゃねーか!?」
勇者が日本から来るとは限らなかった。
次回、文章力の足りないお料理コーナー。




