魔力収束領域
ゆっくりと、輝く輪っかを纏った星が公転軌道上を回っている。それはまだ名前のつけられていない地球型惑星、雅が転生した先の星である。太陽が見えないため周りは暗いはずだったが、物は上から太陽光が当たっているかのように明るく見えた。重力もあった。まるで『昼の地面』という概念が突然宇宙に現れたかのような場所だった。
「パパ、ママ・・・んん? ここは、コスモス畑?」
ミヤフィはうずくまって小さく泣きながらその一点に座っていた。何度も擦った瞼が赤くなっている。悲しみが心の大半を占める中、前世から引き継いだ生来の冷静さが、彼女に周囲の変化を気付かせた。尤も、前世でも小さな頃からしっかりしていたと本人は聞いていたが。大切な人を失っても完全に悲しむことが出来ない自分に嫌気がさしながらも、彼女は自分の異変にも気付いていた。今の身長は新しい身体のものであるはずなのだが、なぜか同時に前の身体でいる様な感覚があるのだ。身体の感覚がダブっている。どちらの身体を中心としても問題なく動くことが出来た。
改めて上を見るとやはり宇宙である。地球から見る宇宙とは違うようだが、いや宇宙だからコスモスなのかと思案していると、どこからか声が聞こえてきた。
他に情報もないので耳を傾けたが、すぐに聞くべきではなかったと思うこととなった。
「よくも俺たちを殺してくれやがって! ここは何か良く分からんが、折角だ。死者の最後のあがきって奴を、見せてやるよ!」
「そうですね。人殺しには恐怖を与えてあげましょう」
「・・・・・・」
「せやな! わいもこいつに一泡吹かせたいわ!」
それはオダワラのメンバーの声だったが、姿は見えなかった。喋っていない筈の声まで聞こえたのは幻聴ではないような気もしていた。
突然現れた仇敵にミヤフィは激昂し叫んだ。
「お前たちのせいで、パパとママが死んだ! 絶対許さない! 殺す!」
今まで落ち込んで放心しているようだったのは、両親の死を受け入れられなかったからだけではなかった。ミヤフィは勿論怒りの感情を抱いてはいたのだ。ただ、ぶつける相手がいなかっただけだった。
そこに出てきた彼らである。怒りのやりどころを持たなかったミヤフィの深層心理は本人も分からないほど速く、激しく彼女を怒らせた。
とはいえミヤフィの側も彼らを殺しているのだから、彼らからすれば、自分達の仇なのである。ただ怒りや怨みだけが理由の不毛な闘いが始まった。
「(・・・あれ? そう言えば、こいつら、もう全員死んでるな)」
どう殺そうか考えて、始めに思いついたのがそれなのでミヤフィには何も出来なかった。何処にいるかも分からない相手を攻撃するなど出来ないし、死んでいる者はもう殺せない。もう死んでいるのだからいいや、と彼女は彼らを殺すことを諦めた。
「どうやら威勢だけみたいですね。では私達は・・・ああ、結局、死者は生者に勝てないっぽいですね。それなら、こうです」
メガネの声は何かを悟ったようなものだった。ミヤフィは互いに干渉できないのかと思った。
「殺すのが無理なら、心を折ります。えいっ」
メガネが何かを投げるように言うと、空にあたる方向から何かが降ってきた。
それが地面に当たった瞬間、世界が書き換わった。
「何・・・これ・・・?」
一瞬にして、ミヤフィの眼前にはつい先程まで見ていたような景色が広がっていた。しかしどこか違う。
「あ? 花だあ? こんなの踏んづけちまえば飾る価値も無くなるぜ! 花は嫌いだ、闘いとは正反対だからな!」
さっきオダワラと戦っていた平原・・・がコスモス畑になったような場所になった。正面には口の悪い奴が立っていて、何かを喚いている。そして目の前には、ミヤフィの父と母が、血塗れで転がっていた。
「こいつらは邪属性で身体はほぼ死んで霊体が分離していたとはいえ、実質ただの魔力ダメージだからな! 霊体が邪属性で分離したところを、近くにいた俺たちが傷つけて、殺してやったって訳よ!」
ミヤフィは絶句した。
「死んでなかった・・・!? いや、死んでる・・・?」
訳が分からなかった。死んだと思った両親が実は(ほぼ蘇生不可能だとはいえ)生きていたが霊体を傷つけられて死んだ・・・?
まず霊体というのが信じられなかったし、魔力ダメージでは死なないとは、リタの反応からは察せなかった。
情報量が多すぎだと思った。八割方彼女自身の心の揺れ動きが占めていたが。
分からないが、理解はした。両親は身も心も死んだのだと。だが、どうすればいいか分からなかった。
その時。
「よっこいしょ。おお、ミヤフィ。生きていたか。良かった良かった」
アルテミアが起き上がった。
「ミヤフィちゃん。・・・ああ、そういうことね。最期になでなでしちゃおー」
続いてシルヴィアも起き上がり、ミヤフィの元へ寄ってきて頭を撫でた。
ミヤフィの顔の上でいつの間にか乾いていた涙の通った道が、再び潤い始めた。
「うああああああ! ママ!」
彼らともう話すことが出来ないと思っていた分、ミヤフィは大いに喜んだ。泣いて喜んだ。
「あら? 何であいつらピンピンしてんだ? 切り傷もいっぱいあるし、確かにあいつらの胸には刺し傷が・・・?」
それは大きな誤算であった。
「幽霊が心臓を刺されて死ぬわけがないでしょう?」
シルヴィアはドヤ顔で言い放ったが、お前もう死んでいるだろう! とその場にいる全員が思った。
しばらく間の抜けて、時が止まったかのような空気が流れた。各々が幽霊が死ぬかどうかという問いに答えを見つけた頃、ようやく時間が動き出して、アルテミアはミヤフィの両肩を掴んで、真面目な顔で語りかけた。
「ミヤフィ。おまえならもう分かっているだろう。僕たちはもう死んだ。それは取り返しのつかない事だ。おまえの未来はまだ、あと・・・四五十年はあるんだ。僕たちとの別れをいつまでも引き摺らないで、前を向いて生きていきなさい。いい子だから、できるだろ?」
ミヤフィは話の途中くらいから鼻水を垂らして泣いていた。その目は父の目を真っ直ぐ見つめていた。まるで父親に諭される男の子のように。
「・・・うん」
「おまえと接していると、たまにまるで男の子供が出来たみたいだと思うことがあるんだよな。あ、いや、おまえが女の子っぽくないというわけではなくてだな? ・・・そのまま真っ直ぐ、曲がったことの無いよう生きて欲しい」
「・・・んぅ」
これは前世の事を言うべき状況なのか? とミヤフィは迷ったが、精神の年齢を考えると自分の方が年上である。今更だが、今まで甘えてきた思い出を思い出すと頭に温かいものが上ってきた。
横から割り込んで、シルヴィアも語りかける。
「ミヤフィちゃん。それでも今日くらいは悲しんでくれないとママ悲しいわ。でも、明日からは笑顔で、幸せに生きてね」
幸せなような寂しいような複雑な笑顔だった。
「ここにはリタちゃんは来ていないから、彼女は生きてるのね。良かった。ミヤフィちゃん、お金は多分あるでしょうから、彼女をまだメイドさんで居させてあげて。きっと、辛いと思うから」
あ、生水は飲んじゃだめよ、と急に一言挟んだ。
「あの子も、もう家族なんだから」
「そうだよ」
ミヤフィは、無言で頷いた。そこには先程までの無気力さは無く、生者の活力が見えていた。
それから親子三人で、しばらく抱き合った後、離れた。そろそろ別れの時が近づいていた。本当は一緒にいたかったが、絶対に愛娘を連れて行くわけにはいかなかった。
「じゃあ、私たちは行くわ」
「お前は、まだ来なくていいからな。僕たちはあいつらを連れて、お前の邪魔になるようなものが減るように行く」
見ると、周りには半透明の半球形の壁があって、オダワラを阻んでいた。それが形を変え、彼らを捕まえた。
「ありがとう。ママ、パパ、これをくれてありがとう」
鼓動が三人に広がる。三人は、その瞬間の全てを共有していた。
彼女には、かつて死んだ実感は無い。だが、今感じる暖かさはその世界で貰えなかったものだった。幽霊に温かさは無かったが、暖かさはあった。
空間が、消えていった。
自然とミヤフィの目蓋は閉じていて、再び開いたときには、眼前に迫るリタの顔と共に温かさを感じた。姿勢からすると、どうやら先ほどの世界に精神が入ってコントロールを失った身体が倒れたところをリタが抱いたところだろうか。
「(という事は、あまり時間が経っていないということかな)」
「ミヤフィ様! 大丈夫ですか、お怪我はありませんか!?」
完璧なメイドさんは慌てていた。落ち着かせるのが主人の役目だった。
「いや、違うよ。大丈夫・・・・・・・・・それよりリタさん」
「本当にだいじょ・・・なんでしょうか?」
慌てたリタは、言葉を遮られる形となった。
「雇いますから、また教育係とメイド、やってくれませんか。いまパパママとお別れしてきて、その時、そうしろって言われた」
「さっきの光ですか?」
「たぶんそうです」
「・・・そんな、改めて言わなくても、あなたについていきますよ。私はミヤフィ様の教育係ですから」
リタはダールグリュン家には大恩があると思っている。メイドはこの世界では新しい概念である。古くから貴族など(資金のある)特権階級は料理、掃除、着替え、客人のもてなし、自らの護衛などの家事をそれぞれの道に熟達した者に任せてきていた。しかしそれではコストがかかり過ぎだった。一つの仕事に一人と雇っていると、最終的に何十人と人を雇わなければならなくなる。裕福な貴族、王族は彼らを雇う資金、土地、建造物を持つことが出来るが、資金が無ければそうはいかない。いくらか雇えない役職が出てくるのであった。そういう点で、廊下に美術品を飾ることは豊かさの象徴ではあった。年に何回も入れ替えることのないもののために人を一人余計に雇わなければならないからである。給金は年間を通して出さなければならない。ちなみに美術品専門の者はいつもちまちま美術品を磨いているので、風刺劇でいつも何やってるか分からない穀潰しと呼ばれていた。
そこでメイドを雇うのである。様々な才能に恵まれているがまだどの専門家にもなっていない女性をリクルートして、屋敷で働かせながら何でも出来る者に育てるオンザジョブトレーニングである。小さな屋敷ならそれを十人雇えば事足りる。過剰戦力な程だ。そのため雇用人数が減り、給金を二倍にしても出費を抑えることが出来るのである。
考え出したのはあるミラディアの下級貴族で、民衆の支持もあり流行るかと思われたメイドだが、首都と大きな都市では見られなかった。
ミラディアでは、何事でも如何にお金を掛けることが出来るかが貴族のステータスとされているからであり、それがリタが首都での就職を諦め衛星都市に流れてきた理由の一つでもあった。
「雇って下さった恩はお子さんに返させて頂きます」
夫婦への恩を思い出しながら、メイドは呟いた。
だが勿論それだけではない。ミヤフィを捨てて離れてしまうと、彼女が一人になってしまうということも考慮していた。いくら賢いとはいえ、十歳にも達していない女の子は近くに大人がいないと生活に困るだろう。
「ありがとうございます!」
また一緒にいてくれると分かって、ミヤフィは手を差し出して握手を求めた。
「はい。よろしくお願いします・・・あれ?」
いつの間にか、ミヤフィの手には先程の手袋がはめられていて、気付かぬリタが握手に応じた瞬間、それは再び輝きだした。




