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異世界の運動方程式  作者: 見開き7頁
二章 魔力の奔流の入り口にて
24/66

きっかけ

どうぞお付き合いください。

 その後、リタはミヤフィから受け取った魔力をありったけ使い聖属性魔法『払邪(エクセキュラ)』でアルテミアとシルヴィアの遺体を浄化した。続いて聖属性魔法『非穢(ニービル)』で遺体を保護しようとしたが、魔力が再び足りなくなり、ミヤフィからまた受け取った。

 リタの受けた心の傷もまた計り知れなかった。やっとのことで勝ったかと思えば、次に目覚めた時にはいつの間にか負けていて、第二の家族である恩人達を、知らないうちに二人同時に失ったのだから。

 リタはベストを尽くしていたが、彼女からすれば、自分がもう少しうまくやっていれば助けられた命であった。

「(あそこでああすれば・・・いやこうしておけば・・・いや、ああ・・・)」

 考えていることはどれもその場では思いつきもしなかったことである。彼女には珍しく、くよくよと思い悩んでいるせいでほとんど魔法に集中出来ておらず、魔法の効率が著しく悪くなっていた。それに気が付いて、いつもならこれ位の浄化であれば一回も魔力を使い切る事はないのに、と焦ってさらに集中を欠いた。

 二回もリタの魔力を全回復させられるだけの魔力を渡したのにも関わらずミヤフィは全く息を荒げなかったが、リタには魔力を通して彼女の深い悲しみが伝わって来るようだった。

 それがただの勘だとしても、次の主人(ミヤフィ)が酷い精神状況だということは、彼女には間違いようがなかった。それでも非接触で魔力を受け渡しできたり、リタの魔力切れを本人より鋭く認識していたりというあたり、やはり彼女は天才なのだと思った。

 加えて、自分よりも聡明なのだとも思った。実際、ミヤフィが魔力切れの人間を見たのは、これで二回目である。しかも自分は魔力切れを経験したことが無いのだ。今までもそうではないかと疑っていたが、改めてそう思わされた。そして同時に、その聡明さは両親の死を否応なく理解させたのだとも感じた。

「(聡明なだけに、理解しているんですね・・・私がこの位の時だったら、お星様になった、なんて言われて信じていました。辛いでしょうに)」

 ミヤフィは転生しても地球で得た知識や知力は失わなかったが、小さい身体と幼い脳でいる内に感受性が幼児退行していた。本人ですら気が付いていないが。

 当然リタがそれを知る由は無いが、親を失うのは、何も掴めないような喪失感を伴うものだと思った。それが理不尽な出来事によるものなら尚更だ。彼らがどう殺されたのかは分からないが、ミヤフィの落ち込み様を見るあたり、とても人道的とは言えない、卑劣なやり方だったのだと推測できた。まだ親が恋しい時期なのにミラディア教は酷いことをするものだと憤った。

 この世界のほぼすべての宗教は、遺体は極大の炎で火葬して祀るべしと教えている。土葬や火葬をしても骨がボロボロになっていないと魔物になる恐れがあるからだ。それは死者が持つ怨念で付近の魔力が邪属性に傾く事に起因している。したがって死者に邪属性魔力を故意に浴びさせるのは禁忌となる。

「許せない」

 彼女は、とても前向きとは言えない感情の下、聖属性魔力を扱った。


 すっかり聖属性で浄化された遺体を魔法で保護した後、リタは彼らを綺麗な服装に着替えさせ、短杖や結婚指輪、魔法の腕輪、ペンダントなどの遺品を丁寧に保管しようとしたが、全部は出来なかった。

「何ですと!?」

 リタが手甲の様な手袋に触れようとした瞬間、いきなり、手袋が純粋な大地属性魔力特有の緑色光を帯びてひとりでにシルヴィアの手から離れ、ミヤフィの手の中へ飛び込んだのだ。リタはいつもとは違う口調になる程驚いた。いきなり大声で叫んだリタを反射的に見たミヤフィは、続いて飛んできた手袋を虚ろな目で見ていたが、手に触れた瞬間、目を見開くことになる。

「んっ? ・・・何?」

 彼女の蓄えていた純粋魔力が尋常でない速度で固有魔力に変換されて手袋に吸収され始めた。魔力の変換速度、放出速度がどうしてか自分の限界を超えていて不思議に思ったが、彼女は抵抗しなかった。

「あたたかい?」

 それは急激に魔力を抜かれているのに全く痛くも痒くもなく、むしろ身体が暖かく心地がよかったからだった。

 残り九割程度だった魔力がほとんど無くなった時、不思議な手袋が急に眩く輝き出した。眩しさに瞑った目を次に開いた時、彼女は地球人には到底信じられないものを見た。

 それは、彼女がいつか見つけようと夢見ていた異世界の理の一つだった。





 一晩明けて、戦闘を感知したマシュロ共栄国の兵団が、国境を越えて来たミヤフィとリタを保護しに来た。名目は保護だと言うのに何故か空気がピリピリしていた。リタは、この辺りに強い魔物でもいるのかと勘ぐったり、彼らがミラディア国のさらなる追手ではないかと思ったりしたが、正式に名乗られたのもあり、待遇が良く移動中も何事も無かったのですぐにどうでもよくなり忘れてしまった。

 ミヤフィとリタが乗った馬車は一個小隊に連れられて、襲撃後は何事もなく目的地、マシュロ共栄国の辺境都市、『星降街(スターダストシティ)』に到着した。何でも夜には星が降ってくるという話だが、ミヤフィは眉唾ものだと信用しなかった。だがちょっとだけ、ここなら両親のお墓を作るのにいいかも知れないとセンチメンタルな気分になったが、星が墓に傷を付けるのではないかとやっぱり保留にした。

 街の周囲は魔物や人の襲撃を想定して壁が一周囲っており、その壁は対魔法や対物理など様々な機能を持つ素材を重ねて作られていた。この世界では実に一般的な城壁である。防御力は単純故に強いらしく。ミヤフィの全力でも壊すのは苦労しそうだった。その壁にある四つの口とでも言うべき部分の一つ、東側の関イジェコで身分証明書類を作成するため彼女達は控え室に通された。すんなり行き過ぎだとリタは思ったが、原因は明白だ。

「アルテミア様が何か手配して下さっていたのですね」

「うん」

 ミヤフィは別れた二番目の父親を思いながら、彼はどこまで手配していたのだろうと考えたが、その手配していた人が来るまでは何も分からない。父親にはここに亡命する以外何も知らされなかったからだ。

 二人で待機となった時はお喋りするのが女性という生き物である。誰が来るのだろうかと、つい口が開いた。

「誰が来るんだろうね」

「さあ、分かりませんね。アルテミア様は魔道具屋さんでしたから、この国の魔道具屋さんが来るのかも知れませんね」

「うーん、お父さんは多分凄いから、王様とか来たりして」

「まさか!」

 彼女はここ数日で更にお茶目になったとリタは思った。明らかに以前よりお喋りが増えて、言葉遣いが成長していた。あの戦闘より前はこんなに言葉は回っていなかったように思う。大人びていたが、どちらかと言えば天真爛漫な女の子だったはずだ。

 ()()()があったとはいえ、無理をしているのは間違いない。それで立ち直れたかどうかは分からないが、今はもう元気にも見える。だがそれが約束でもある。人の心は分からない。リタは童話に出てくる叡智の魔王、シャーベット=ハウシズの様に他人の心が筒抜けだったらと思った。

 見たところ自然に笑っているので今のところは大丈夫だろうと判断したリタはツッコミを入れる事を決定した。

「ミヤフィ様、ここは王様のいない国なんですよ」

「あ、そうなの?」

「王様みたいな人はいますが、ほとんど国のマスコットみたいな物で、政治には関わらず選挙で選ばれた人々が統治をしているらしいですよ。そんなもの王様じゃありません。王様はやっぱり代々国を治めないと」

「日本みたい・・・」

「『ニッポン』? ああ、『ニホン』国の事ですか」

 そうそう、とミヤフィは続けた。それから日本の事を話そうとしていた頃、部屋に入ってから半刻くらい経っていたことに気づいた。待ち人はまだ来ないのか、と思ったが、この世界には電話も無ければ飛脚もいない。人を呼んだってすぐに来る訳がない。

「そうそう、日本。いい国だよーー」

 話しかけた時、丁度ドアがノックされた。かと思えば、返事を待たずにドアが開かれた。

 入ってきたのは髪が白み掛けている壮年の男性だった。その声も渋いものだった。リタの目もまた大きく見開かれた。なんか凄そうな人が来たぞと。

「私はマシュロ共栄国の絶対皇帝です。皇帝陛下と呼んで頂ければこの国では当たり障りがないと思います。マシュロ共栄国はあなた方を歓迎します。ミヤフィさん、御両親のことは本当に残念ですが、よくぞ、あなた方だけでも生きていらっしゃいました。両親を失う哀しみは私も分かります。ですが私とあなたでは亡くなり方が違う。感じ方も全く同じものではないでしょう。それでも敢えて言わせて頂きます。お辛かったでしょう」

 リタは本当に王様にあたる方が来たと驚きすぎて途中放心していたが、ミヤフィといると何が起きるか分からないと、皇帝が話し終わった頃には元に戻っていた。

 ミヤフィはかつてテレビで見ていたようなあの方々を思い出していた。思い出しつつもしっかりと対応する。

「お心遣い、感謝致します。それだけでなく、私達の亡命を受け入れて下さって有難うございます。私達は、一家でこの国に亡命することしか知らされていません」

 皇帝はミヤフィの年齢を感じさせない立派な応対に感心した。リタもびっくりしている。

「お若いのにしっかりとされていますね。やはり勇者召喚が関係あるのでしょうか・・・無粋な話ですね。単純に、ミヤフィさんは賢いのでしょう」

 皇帝の心遣いは細やかなものだったが、ミヤフィはそれを一瞬でぶち壊した。

「関係ありますよ」

「おお、そこまで自覚しているとは!」

 リタは頭を抱えたが、皇帝は心底面白そうに笑った。そして、それでは、とこれからのミヤフィ達の処遇を話し始めた。

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