vs.オダワラ(6)
戦闘終了。
土煙で暗くなっていた地面が明るさを取り戻した。メガネが何かを言っている。
「まったくあなたには甲斐性というものが、微塵もないようだ。ミスター・ダールグリュン。まさか自身の子供を盾に――!」
わざわざ大きな声で何かを言っているが、途中から聞こえなくなった。あいつは妙に低い真面目な声で何を言っているのだろうか?
「私はまだ生きているんだけどなあ」
その声は三人には届いていないだろう。何故なら、私は今三人の上空にいるからだ。
「いやあ、あの判断が無かったら危なかったよなあ」
数秒前、私はあの無駄に魔力量の篭った効率の悪い魔法に魔力の剣を突き刺した。同時に刺さった部分から剣を構成する魔力を流し込んで、魔力があの魔法に満遍なく行き渡ったところで魔力を操作して横に斬り払った風にしようかと考えていたのだが、うまく行かなかった。
「まさか魔法の魔力に構造があるなんて思いもしなかったよ」
結局動きの向きを変えることは出来なかったので、咄嗟に魔力の壁を作って防御したのだが、魔法が地面に落ちて爆発した爆風、爆・・・魔力? によって真上に吹き飛んでしまった。
「あの障壁はやっぱり魔法だったんだな、魔力遮断と衝撃吸収か」
魔法を受けると障壁は少し移動していたような気がする。魔力のバネ板?
私が作った魔力の壁は、私に対して位置を固定していたから、それ越しに私に爆発力が伝わって上に飛ばされたと見るべきだろう。身体は痛くない。大丈夫だ。
「着地は・・・同じ事をすればいいか」
爆発で痛くなかったから大丈夫なはずだ。
ところでもう十五秒くらいは上昇しているんだけど、空気抵抗もあるのに飛び過ぎじゃ・・・あ、落ち始めた。
「んう、せっかくだし、位置エネルギーを使おう」
私の。
お、重くはないよ? 重くはないけど、ね、ほら、高いし、あ、ほら、一キロ無いくらいの鉢植えでも二階から落とせば人殺せるし!
何を動揺しているのだろう。これも身体に引っ張られているに違いない。まあ、仕方のないことだ。今はフィメールなのだから。
「取り敢えず足の下位に中華包丁のように刀身が広い長剣を出して、姿勢制御は魔力で」
矢みたいになった。
下を見るとパパがまた防戦一方になっていた。また大きな魔法の気配がする。今度は関西弁っぽいイントネーションの方が撃つらしい。なるほど、ローテーションとは魔力の消耗的に理にかなっている。悪いけど、狙うのはそっちだ。大きいのを撃った後は油断する。「やったか?」って言いたくなる。空気抵抗を使って横向き速度をつけ、少し斜めに刺さりそうだ。
彼は炎の大きな魔法を撃つみたいで、大きな宝石を付けた杖を持って、両手を前に出していた。
このまま行けば、彼には悪いけど二の腕から腰くらいは切れるはずだ。人殺しになってしまうけど、現にママとリタさんの魔圧が弱くなっているし、早く倒して助けに行かなくちゃ。
パパは、もう防御しかしていない。娘が死ぬって、やっぱりショックなんだね。ごめんなさい。雰囲気ぶち壊します。悲しんでくれてるっぽいけど、私、生きてます。
ん? ・・・パパは今ショックを受けている? つまり、集中できていない?
「なら魔法の精度が落ちて、あれは耐えられない!? くそ、間に合え!」
私はまだ後五秒くらいの高さにいる。それに引き換え魔法はもう撃たれそうだ。
「『豪炎抱擁』!」
詠唱が終わった! 勝利を確信しているのか、妙に高い声で言いやがった! 後二秒、間に合わない!
「やめろおおおおおお!」
つい、叫んでしまった。彼は、一秒弱遅れて反応したが、その間に魔法は撃たれてしまっていた。
「何!?」
彼は私を見上げ、驚きでか、思考でか、一瞬の硬直。そうなれば、避けられる攻撃も避けられる道理はない。
私の魔力は、一人の人間を殺した。
「こんのクソガキ・・・生き、て、やがっ、の」
私に分断された半身を踏みつけられた彼は、恨みの篭った目線で最後は言葉にならなかった言葉を発し、息絶えた。彼が蓄えていた魔力が、周囲に霧散した。怨念が詰まっているのか、どことなく、邪悪な色合いだった。すぐそばにいた私は、もろにそれを浴びた。
「うっ、嫌ぁ」
悪意と死者の怨念に当てられて、胸が痛い。言葉にできないような恐怖で吐き気がする。身震いしてしまいそうになるけど、このままじゃパパがやられる!
必死に振り向くと、炎の魔法は風の魔法よりは遅く進んでいたが、追いつけない、間に合わない!
「パパ!」
私、死んでないよ!
「ミヤフィ! 大丈夫だ、これ位、僕に掛かれば!」
言葉と共にパパの障壁が強くなったのが分かった。範囲も広がっている。うわ、愛娘の力ってすげー。
炎はパパの障壁に接触して、爆発した後、炎上した。爆発で土煙だけでなく、何と本物の炎のように黒煙が上がった。中でまだ炎が燃えていて、黒い煙を明るくしていた。爆弾みたいだ。しかしパパは障壁で平気だろう。
「ふう・・・」
まったく冷や冷やさせられる。平気だろうけど、もう魔力が切れているかもしれない。だったら、もう嫌だけど私がやらないと。そういえば、メガネはすぐ近くにいる筈だ。敵の目の前で余所見をするなど何たる不覚、と周りを見るが、誰もいない。
「不利と見て逃げたのかな?」
もう二対一だ。幾ら強い軍人だと言っても魔力量で敵わない相手なら逃げる発想へはたどり着くか。言動は悪いけど流石だと言うべきなのか。だが、何だろうか、まだ心は緊張して息が詰まっている。
「パパ、やったね!」
まだ炎上しているが、火力は弱まっているので喋るくらいは余裕だろう。
だが、返事が無い。
「・・・パパ?」
それとも、魔力切れでしんどいのだろうか。その気持ちも分からなくは、分からないけど、親を案じる子の気持ちにもなってほしいものだね。
ジュッ、という音を立てて、火が消える。ちょうど吹いた風に流されて、煙が晴れた。
そこには、倒れたパパ、ママ、リタさんと、その後ろで満面のニタニタとした笑みを披露する、オダワラのメガネがいた。
「なっ、貴様! 何をした!」
「何、気絶している彼女等を転移魔法で拾ってきただけですよ。ミスター・ダールグリュンだって殺しちゃあいません。後ろから当て身で気絶させただけです。すぐにでも殺せますけど。いやはや、しかしまさか僕らがこうも簡単に一人になってしまうとは、思いもしませんでしたがね!」
彼は高らかに笑った。
「何で仲間が死んで笑っていられるんだ! それに、魔力量的に勝ち目も薄いだろ!」
「そうかもしれませんね、では動いたら・・・この三人を殺します。おっと、魔法も厳禁ですよ? さっきまでのが何の魔法か知りませんが、着弾まで時間がありますから、私の邪属性『超自爆』の方が速いです」
「卑劣な」
「それに、仲間なんて思ってはいません。僕たちオダワラは、ただの異常者の寄せ集めです。戦闘狂、切断狂、人形狂、極め付けは僕、絶望狂ですよ。僕は他人が絶望していく姿に快楽を覚える異常者です。異常だって分かっているところがより異常でしょ? 合法的に殺せる、この部隊は最高ですね。罪人はどんな時でもいるのですから。先程あなたを不意打ちするのは容易かった。ですが」
彼の魔圧が高まる。
「動いてないだろ、止めろ!」
「今動きました、いいですね、その顔」
こいつ、最初から自爆する気だった!
咄嗟に私は、魔力を『収束』させて彼とパパの間に割り込もうとする。割り込みは間に合った。だけど、『領域』で壁にするのが間に合わない! 魔力密度が薄い!
「それでは、さようなら。若き勇者さん。『崩壊』」
魔圧が急激に高まった。同時に邪悪な魔力が爆発していく。やめろ、パパを死なせるな。何のための魔力だ。魔力の壁が吹き飛ばされた。三人が、邪悪な魔力に侵されていく。
「抑えろ! 魔力をぶつけろ! 何で押し負けてる!? 止まれ!」
私は持てる魔力を全開で放出している。最早その勢いは爆発に近いとも言えて、継臓が悲鳴を上げている。三人を保護しようとするが、量では勝っているのに、押し負けている。
「魔法なら、人を救ってみせろおおおお!」
不快な黒い魔力の中で、二つの光が見えた気がした。
◇
彼は空を飛んでいた。獲物を探すために、空から小さな動物を探していた。彼がその平原を上空から見下ろした時、二体の死体がその鳥としては視野の狭い二つの目の奥に写った。
彼はすぐさまそれをついばもうと降下を始めたが、そのちょうど真ん中に異常な空間を感じて、一目散に上昇し、逃げていった。
何だこれは。あそこ、邪悪な魔力が満ちている。近づくべきではない。彼はそう思った。
彼は本能的に、邪属性魔力は自分を害することを知っていたのである。邪属性は生物を害する属性、聖属性は生物の持つ力を強める属性。エントロピーの増大を早めるか遅めるか、などと言い換えることも出来るかもしれない。
だが、邪属性が支配する領域、その中心に、一点だけ聖属性魔力が優勢な部分があった。
「ミヤフィ様! シルヴィア様! アルテミア様! 返事をして下さい!」
そこにいた生者で唯一聖属性に長けていた、ダールグリュン家のメイド、リタ=クァルテットが、聖属性魔力を放出していた。その中には、その当主、アルテミア=ダールグリュン、妻シルヴィア=ダールグリュン両名の遺体と、彼らの愛娘、ミヤフィ=ダールグリュンの姿があった。
呼びかけてすぐ、リタは異常に気付く。当主と妻の顔色がおかしい。どう見ても、青い。
「ぐ、『屍人』になっている・・・もう、亡くなっているというの」
ならば、弔う前に、倒さなければならない。彼らの娘が目覚めて悲しい思いをする前に屠ってしまおうと考えた矢先、その娘は目覚めた。
「ううん・・・はっ! パパ、ママ!」
彼女は、もう悟っている。リタは悲しみで振り切れてしまった心で感じた。
「うああああ、嘘だ、嘘だああああ」
両親の亡骸を見て、抱きつき号泣する彼女。抱きついた事で体の冷たさを感じ、改めて親の死を実感した彼女を、しばらくそっとしておきたかったが、リタの魔力は限界に近づきつつあった。自分の魔力が無ければ、必然的に魔力の余る彼女はに親の死体を破壊させてしまう事になる。彼女はまだ聖属性が使えないからだ。
「ミヤフィ様、アルテミア様とシルヴィア様を連れてここから出ましょう」
返事は無かった。痛む足を顧みずリタは二人分の遺体、今はモンスターと化しているが、を担いで邪属性魔力の領域を出た。
だが、魔力密度が思ったより高く、移動する部分の魔力を打ち消すために魔力は殆どすっからかんになってしまった。これでは浄化が出来ない、折角早めに脱出したのに、と先を想像して涙が出て来たが、ミヤフィの行動がそれを変える。
彼女はリタに純粋魔力を供給した。リタは驚きを隠せなかった。彼女はまだモンスターの知識など知らないはずである。屍人と化した生物を死体に戻すには聖属性魔法か聖属性魔力の嵐の中で浄化しなければならない事など知るはずもないし、何よりこの状態を屍人だと気付いた事にだ。
この様な状況でも冷静な判断力を失わない彼女に畏れを抱いた。彼女の心は、魔法金属オリハルコンで出来ているのかと感じた。
「私には、出来ないから・・・」
その言葉が真に意味することを気付く事は、リタには出来なかった。彼女は、自分の魔法に絶望したのだ。
彼女の心は、ガラスよりも脆い砂糖菓子で出来ていた。